第3話 ショタコンと新たな出会い
初めの街を出発してから2日目。ルイレン様のお陰でしっかりと休息が取れたからなのか、思ったよりも早く目当ての街、アルシーナへとたどり着いた。のどかな畑とささやかな商店街があり、道を歩けば通りかかる人が挨拶をしてくれる。
「いい街だね、ルイレン様。」
「人が多いのは落ち着かんが……まぁ、そうだな。ショタコン、今から何をするんだ?」
「ルイレン様の旅の道具を買わないと。折角だからいいものを揃えたいよね……お金、足りるかな。」
「僕のために貴重な金を使うな。買うのであれば最低限でいい。」
く、クールだぁ、可愛い……。腕なんか組んじゃって、すました顔しちゃって!
「やっぱりルイレン様はかわい……うわっ!」
言いかけたところで物凄い風に襲われた。
いけない、ちっちゃくて可愛いルイレン様が飛んでいってしまう!
つい焦って、ルイレン様の全身に絡みつくようにして抑え込む。やがて風がおさまり、ほっと一息ついていると、頭上から鉄拳が飛んできた。
「ぃでっ!」
「触るな、離れろ。この変態野郎…………あ。」
「てへ、ごめーん……お?」
頭上……ルイレン様よりも遥かに上から、声が降ってきた。いや、正しくは声の発生源、人間が降ってきたのだ。
これが……親方!空から女の子が!というやつか!
「……って、危ない!」
「ショタコン?まさか……っ!」
落ちてきた人間……どうやらルイレン様と同じくらいの子供を全身で受け止める。めちゃくちゃ痛いけど、思ったより衝撃は無いから多分大丈夫。
この身体はそこまでガッチリしてはいないし、少しでもクッションになれば……とは思うけど。
「いたた……大丈夫!?」
「ショタコン、無事か?怪我はないか?」
「俺のこと心配してくれるの?優しいいい子だなぁ、ルイレン様は!可愛い〜!」
「……心配した僕が馬鹿だったな。」
え〜?とへらへら笑っていると、腕の中にいた子供が動いた。どうやら傷も無く怪我も無く、無事だったようだ。
「……あれ、いたくない?わたし、死んじゃったのかな……。」
「死んでないよ。無傷で良かった!」
「あなたは……?」
「俺は冒険者の金田勝己。こっちはルイレン様。」
「かねだかつき……さん、ルイレン……さま?」
ルイレン様の様付けに疑問を持っているのが見て取れる。
ふと改めて見たその顔は、何とも可憐で可愛らしく、愛らしい。
「わたしはニーアホップ・ティルギスと言います。ニアって呼んでください。」
「ニアね。よろしく!」
「助けていただいてありがとうございました。お礼がしたいので、うちの店に来ていただけませんか?」
立ち上がったニアは周囲を見渡し、どうやら一緒に落ちてきたらしい分厚い本を拾った。
小さくて可愛らしい……とっても可愛らしいのだが……。
短い金髪に、実に女の子らしい大きなリボンのついたピンクの衣装。
「……ロリか……。」
おっと、思わず本音が。いや、まぁ可愛いよ?だけどさ、そうじゃなくてさ……。
「ショタコン、ニアの家は道具屋をやっているらしい。今回の礼ということでサービスして貰えるそうだが、行くか?」
「うん……。」
「元気でも鬱陶しいが、露骨な元気の無さはさらに鬱陶しいな。」
「ルイレン様……撫でてもいい?」
「くたばれ。」
俺を置いてさっさとニアの後を着いていくルイレン様を追いかけようと、俺も立ち上がった。
ふと、茂みに何かが落ちていることに気が付き、拾い上げるとそれは。
「栞……?あ、もしかしてニアが持ってた本の……。」
落ちてきた時に本から飛び出してしまったのか。
ショタじゃないからといって落とし物を届けてあげない程、俺は心の狭い男じゃない。
拾い上げてルイレン様の姿を追った。
「ニア、アンタまた監視台に登ってたでしょ!!しかも落ちたって聞いたわよ?」
道具屋に着いた瞬間、ニアのお母さんと思しき女性の怒号が響く。少し肩をビクッと震わせたが、ニアはえへへ、と笑った。
ルイレン様はどう反応しているかな、と気になって視線を向けてみると、何故かいない。
「ルイレン様……?」
「う、うるさい。何でもないからな。」
ボソッと呼んでみると俺の後ろからささやかな声が。どうやら怒号に驚いて俺の後ろに隠れたらしい。まずい、ニマニマが止まらない。
「全く……店番抜け出して監視塔に登って……しかもそこから落ちるなんて!顔に傷がついたらどうするんだい?」
「………ごめんなさい。」
「ま、お客さん連れてきたみたいだから客寄せ成功、ということにするわ。次は無いからね。」
お母さんが去り、ルイレン様はほっとしたようだが、ニアはどこか浮かない顔をしていた。
それにしても道具屋か。所持金は大してないけど、どれだけ買えるかな……。
「あ、えっと、旅の道具でしたらこちらで……。」
「ニア、先程の者は母親か。」
「そうですけど……。」
ルイレン様が俺の横からニアに呼びかける。
いつもと変わらないような、少し低いような、そんな感じの声だった。
「その割には我が子が監視塔から落ちたというのに、奴はニアに怪我が無いかを心配していなかったな。」
「えへへ、そうなんですよ。お母さんはきっと、わたしの顔しか大切じゃないんです、多分……。」
「確かに可愛い顔してるけど……。」
ルイレン様にキッと睨まれたので口を噤む。
どうやら余計な口を出してはいけない雰囲気だったようだ。
「あと、その服。それはニア自身の趣味か?」
「これは……その、お客さんが。くれたのに着ないのは申し訳ないかなって。」
「ニアは将来何になりたいんだ?」
「わたしはこの道具屋を継ぐんだって、お母さんが。」
「その一人称や仕草はニアが好きでしているものなのか?」
「いえ、お母さんがこっちの方がお客さんが喜ぶからって。」
「そうか。最後にひとついいか?」
ルイレン様の目つきが少し鋭くなったのが見て分かった。いつもの事なはずだけど、腕を組んで仁王立ちしているその姿から覇気を感じる。
もしかしてルイレン様、怒ってる……?
「ニア、母親のことは好きか?」
この質問がどういう意図のものかは分からない。ただニアが固まったという事実だけが、俺の理解出来たことだった。
少し俯いて、ニアは答える。
「……さぁ、どうでしょうね。わたしは……どういう服が着たくて、何になりたくて、何が好きで生きてるんでしょう。」
「意思の無い奴だな。人に答えを委ねず、少しは自分で考えろ。」
「……ルイレンさまには分からないでしょう。見たところお坊ちゃんですもんね。産まれたときから立場という価値のある人間ですから。奇跡的に、顔だけに価値が生まれた貧民の気持ちなんて分からないでしょう。」
「ちょっと、ニア……!」
「……すみません。旅の道具はこちらです。さっさと買っていってください。」
わぁ……雰囲気最悪だ……。
全く、ルイレン様も何がしたかったのか、俺のオツムでは分からない。ニアも何を考えているんだか分からないし、居心地が悪すぎる。
「余計な話が過ぎたな。おいショタコン、さっさと買って店を出るぞ。」
「えっ……あ、うん……。」
ルイレン様はすっかりいつもの感じに戻っていた。といってもそこまで変わってはいないのだが。
気にしないようにしながら旅の道具を一つ、二つと手に取る。画面が教えてくれるので、何が必要なのかはすぐに分かった。
「ショタコン、悪いが僕は先に外に出ている。」
「あ、うん……。」
ルイレン様は居心地が悪かったのか、踵を返して出ていってしまった。
俺としては、この雰囲気の中ニアと2人で取り残されるこちらの気持ちも考えて欲しいものだけど。
「……ごめんね、ルイレン様が。」
「お兄さんが謝るようなことでは無いですよ。わたしも言い過ぎました。普通のお坊ちゃんがこんな所へ来る訳が無い……少し考えれば分かることなのに。」
「……あ、そうだ。この栞、ニアの?」
ふと栞のことを思い出してニアに見せる。ニアは一瞬驚いたような顔をして、俺から栞を受け取った。
「ニアので合ってたみたいで良かったよ。」
「……えぇ、届けてくれてありがとうございました。」
「ど、どうしたの?」
ニアのつぶらな瞳が揺らいで、大粒の涙が溢れ出した。俺が何かしてしまったのかと多大に焦り、子供が泣いてしまった時の対処法を頭を捻りまくって思い出す。
「に、ニア……!」
「………っ。」
俺には……これくらいしか思いつかなかった。
全身でニアを抱きしめ、背中をさする。ニアのまだ子供な体温と共に震えが伝わってきて、心が締め付けられた。
「……お、お兄、さん………冒険者、なんですよね。ひとつ……依頼、いいですか?」
「俺に出来ることなら。」
「……わたしに、魔法を教えてください。」
ニアは俺を押し返して頭を下げた。まずい、俺は魔法なんて使ったことがない。でも子供の依頼を断るなんて心の狭い奴だと思われそうで嫌だな……。
「えっ……と……。」
「……やっぱりなんでもありません。忘れてください。」
「おい。」
店の入り口から声がする。ルイレン様がこちら……ニアのことを睨んで立っていた。つかつかとニアの前までやって来ると、手のひらを差し出した。
見ると、砕けた小さいガラス細工みたいなものが乗っている。
「……これ……壊れちゃったんだ……。」
「見たところ、これは魔法石のようだが。ニアは魔導師になりたいのではないのか?その本から、並々ならぬ魔力を感じる。」
「この本から……ですか。有り得ません、だってこれは、8年前からただの落書き帳ですから。」
ニアは落書き帳、と称した重たそうな本をルイレン様に渡した。ルイレン様はただ静かにページをめくって、中身を吟味している。
「……ニア、これに何を書いたのか、自分で分かっているのか?」
「えっと……昔、お客さんが置いていったっていう魔導書が何冊かあるんですけど、いいなって思った魔法のページを写して……それで……。」
「そうか。ニアは魔力が高いのかも知れないな。」
ルイレン様は本を閉じてニアに返した。
魔力が高い……?気になるな、ちょっと気は引けるけど、ニアのステータスを覗き見させてもらおう。
名前 : ニーアホップ・ティルギス
性別 : 男
職業 : 道具屋
な……っ!せ、性別……が……!?
いやいや、待て。ニアが幼い男の子だと仮定して、でも、どうだ?これはショタと言うより男の娘ではないか?ちょっと違うよな、そうだ。うん、俺はルイレン様一筋でやっていこう。ショタ万歳。
あー、じゃなくて、ステータス、ステータス……。
攻撃 : C-
防御 : B
体力 : A
魔法 : SSS+
幸運 : E+
ステータスって数字じゃなくてアルファベットで表されるんだな。自分の時は見えなかったから……って、魔法 : SSS+……?
「魔力の高い者が書いたものには、自然と魔力が宿るんだ。魔法的な意味合いのあるものなら尚更。」
「えっ、じゃあ、これは……。」
「お前が落書き帳と言ったそれは、城の中のどの魔導書をも超越した、世界に一つだけの魔導書になったんだ。他の誰でもない、ニアの手によってな。」
「わたしが……。」
ニアが本を開く。1ページずつ、思い出しながらめくっていく。半分を過ぎたところで白紙のページが見え、ニアは本を閉じた。
「でも、魔法石が壊れてしまいました……。魔法を使うには、魔導書と魔法石が必要ですよね。わたしはこれしか持っていませんから……。」
「えっ?でもルイレ……。」
「ならば僕達が用意しよう。魔法石は、一部の高位モンスターからのみ採取できるものだ。そうだな、一日でいい、時間をくれ。明日のこの時間までに必ず用意しよう。」
あれ、今……ルイレン様、誤魔化した……?
ルイレン様は魔導書も魔法石も使わずに魔法を使っていた。理屈的に不可能なら一体どうやって……。
「そ、そこまでしてもらう訳にはいきませんよ!」
「遠慮をするな。それほどの才能を放っておく訳にもいかないし、それに……その……。」
「それに……?」
「その、質問攻めにして悪かった。聞かれたくないことだって人にはあると分かっていながら……。」
そっぽを向いているが、耳が少し赤いのが見て分かる。今気がついたが、ルイレン様の白い膝が土で少し汚れている。砕けた魔法石を拾うために地べたを這っていたのだろう。
こういうところがあるからルイレン様は可愛いんだよな、全く……堪んないね!
「と、とにかく謝罪は形にする主義だ。行くぞ、ショタコン!」
雑に腕を掴まれて店から引きずられるように出る。聞きたいことはある。でも、もし聞かれたくないことだったら……そう思えて仕方がない。
ルイレン様に嫌われたら、この世界でも生きていけないから。
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