第2話 ショタコンと初めての旅

そんなこんなで共に旅に出ることになったルイレン様と俺は、仲良く……とは言い難いが、隣の街へと歩を進めていた。

出発時から何も変わっていない俺だが、いつの間にやらステータス画面の仲間欄にはルイレン様の名前が追加されていた。



「さっきの街がこっちだから、次の街は……この方角で……うん、合ってるな。」


「おい、ショタコン。」


「何かな、ルイレン様!」


「次の街、とはなんという名前の街だ?城の外のことはあまり知らんのだ。」



地図に目を戻すと、次の街の名前が出てきた。えっと、なになに……?



「アルシーナっていうらしいよ。農業が盛んな田舎町で、人口が多いんだって。」


「そうか、解説ご苦労だったな。褒めてやろう。」


「えへ、えへへ、ありがと〜!」



デレデレし過ぎて若干引かれたが、まぁいいや。俺自身がルイレン様をどうこうというよりは、この子が幸せになれるように全力を尽くしたいだけだから。



「ルイレン様は、どうしてそんなに大人びてるの?喋り方とか、威厳あってかっこいいよね。」


「敬語の使い方を学ぶ機会がなかっただけだ。学が無いだけで、褒められるようなことではない。」


「そうなの?俺も頭あんまり良くないからお揃いだね、嬉しいな〜!」


「それは……いや、ショタコンと一括りにするな。」



朝あの街を出てから日が傾き始めるまで歩いたが、まだ隣の街は見えてこない。この分だとあと2、3日はかかりそうだ。

異世界系の諸々で夜道は危ないと聞くから、ここらで野営でもしようかな。



「ルイレン様、今日はここで休もうか。」


「野宿か、分かった。」


「あれ、嫌がるかと思ったんだけどな。」


「城の中より幾分かマシだ。」



お城の中で育った子のハズなのに……ルイレン様、たくましい子!いいね、その潔さ、逆に可愛い!



「えっと……とりあえず、暗くなる前に火を起こさないと。まずは枝を集めてこようかな。」


「ショタコン、ついでにこのボロ布を燃やしてもいいか?」


「いいけど……いいの?」


「城のものは証拠になるから早めに処分しろとじいやに言われているんだ。」



なるほど……というかあの爺さん何者なんだろう、執事っぽい感じだったけど。

……あ、忘れてた。2人分の食料も用意しないと。ルイレン様のお腹を空かせるわけにはいかないからね。



「あとは食料を調達してこないとだね。」


「……僕が火を起こす。ショタコンは食料調達をしてこい。好き嫌いせず、文句は言わないと約束しよう。」


「あらまぁ好き嫌いしないで何でも食べるなんて、偉いねぇ、ルイレン様!」


「こ、子供扱いをするな。……不愉快だ。」



ムスッとしたお顔にニコッと返して、周辺を探索してみる。

暗くなる前に戻らないとルイレン様が心配だし、何より道が分からなくなりそうだ。



「あ……この木の実、食べられるのかな。」



独り言のように呟くと、それに応えるかのように目の前に画面が現れた。


【始まりの実】

主に食用として栽培されている。花は白く、実は甘酸っぱくて美味しい。栄養価は高くないが、デザートとしての人気がある。


ヘイ、とかオッケー、とかで答えてくれるのは見たことがあるけど、考えただけで答えてくれるなんて凄いよな。さすが異世界。



「食えるみたいだしこれ持っていくか。……あ、地図によると近くに川があるな。メイン食材で魚があったらルイレン様、喜んでくれるかな。」



引き寄せられるように川の方へと向かう。

釣りの道具は持ってないけど、上手いこと素手で捕まえられるかもしれないし。



「あれ?こんなところに魚が置いてある……。」



川縁に魚が数匹、打ち捨てられたように転がっている。そのうちの何匹かには、巨大な爪で引っ掻かれたかのような傷がついていた。



「これはもしや……熊か!?」



急いで周りを見渡してみると、背後に影が忍び寄って来ていることに気がついた。ズシン、ズシンと身体の底から寒気のする足音に恐る恐る振り返ると、そこには。



「うわぁぁぁああっ!!」



一も二もなく走り出す。

そこにいたのは3メートルはあろうかという大きさの熊のような生き物だったのだ。さっきの狼よりも断然大きい。

怒り狂っているようで、刃物のように鋭い爪を振り回し、木をなぎ倒しながら追ってくる。



「……はぁ、はぁっ、……しまった、こっちはまずい……ルイレン様がいる!」



着々とルイレン様の方向に走っていることに気が付き、急いで進路変更をする。

あんなに可愛いショタをこんなに野蛮な熊に遭わせる訳には行かない!



「おー……タコ……!どこ………った……?」



不意に透き通ったガラスのような声が響き渡る。どうやら熊の後方から聞こえているらしいそれは、どう聞いてもルイレン様の声だった。

ゆっくりとその方向へと視線を移す熊。途端に嫌な予感が走る。



「ルイレン様!こっちに来たらダメ!」


「………コ……?お……、…こだー……。」


「………っ!」



意思の疎通が出来ない距離。走って熊には追いつけない。でも熊は速度を上げてルイレン様の方向へと走っていく。

いかにも冒険者らしい、腰からぶら下げた剣に手が当たる。手をかけてみるが、もちろん使ったことなんて無い。

それでも、ルイレン様に怪我をさせる訳にも、ましてやそう易々と殺させる訳にもいかない。



「……行かせない!!」



剣を抜き、全力で熊に向かって投げる。視界の隅で画面が現れ、状態異常のショタコンという文字が淡く光るのが見えた。



「……えっ?」



指先から剣が離れる瞬間に衝撃波が発生し、剣が目に捉えられない程の速度で熊へと飛んでいき、その頭へと突き刺さる。

バランスを崩した熊は走った勢いのまま転がり、周囲の木をメキメキと倒しながら、やがて停止した。



「……はぁ、はぁ…………はぁ〜……。」


「ショタコン?どうし……うゎ……。」


「ルイレン様……無事で良かった……。」


「こいつは……ビルドベアか。手練の冒険者でも苦戦することがある、とじいやが言っていたのだが。」



ビルドベア……って言うのか、この熊。そういえば必死すぎて情報を見ていなかった。


【ビルドベア】

ムッキムキの熊。身体が大きく、力も強い。強さはBランク程度で、森林などに多く生息している。皮は高値で取引され、調理された肉は非常に美味い。


おっ、美味いということは食えるのか!

よし、ちょっと当初の予定とはズレたけど、2人分食べても余りある食材をゲット、ということで!



「しょ、食材ゲットぉ……。」


「なかなか戻って来ないから見に来てみれば……。全く、傷だらけではないか。治すから動くな。」



逃げている最中に枝や葉に引っかけたのか、ルイレン様の言う通り、あちこちに傷が出来ていた。

ルイレン様は呆れたように歩み寄り、そっと俺に小さい手を当てた。

はうぁっ!と心の中で声を上げてしまったが、ギリギリ外には出さなかったはずだ。



回復ヒール。」


「傷が治っていく……!凄いね、ルイレン様!」


「じいやに習ったんだ。この程度造作もない。その……状況から推察するに、助けてくれたのだろう?礼だと思ってくれて構わん。」


「お礼なんて!旅に癒しがあって、俺の方が助かってるから!」


「やはり気持ち悪いやつだな……勝己は。」



ボソッと呟いたルイレン様は俺から離れ、拠点へと戻っていく。後ろ姿も可愛らしいショタそのものだが、心なしか少し耳が赤いようにも見える。



「ルイレン様、今、俺のこと……。」


「ええい、黙れショタコン!」



ルイレン様を追いかける前に、と倒したビルドベアに触れる。どうやって解体しようかとか思っていたのだが、どうやらその必要は無いらしい。



「あ、収納に熊の肉と熊の毛皮が増えてる。」



俺の手が触れた瞬間に熊は消え、画面を確認すると収納に移動していた。

ガサガサと茂みを掻き分けてルイレン様の元へ戻ると、ものの見事なかまどがそこにはあった。



「遅かったな、ショタコン。」


「すご……。」



言葉を失う、とはこの事か。一体どこからこんな物が出てきたのだろう。それとツッコみたいことはまだある。どこから持ち出してきたのか、机と椅子が用意されていたのだ。



「一体どこから……?」


「何も持たずに出てきてしまったからな。面倒をかける詫びに、魔法で作ったのだ。」



えぇ……この子すごい……。

でも、そもそも物を作る魔法をなぜ覚えているのだろう。旅をする前提で覚えたとしか思えない。



「じいやに習った魔法がここまで役に立つとは。」


「やっぱりじいやさんか……一体何者なんだ、あの爺さん。」


「なんだ、じいやのことが気になるのか?僕も詳しくは知らないが、じいやは元冒険者らしいぞ。」


「へぇ……後で教えて。」



お喋りもいいが、それは腹を膨らませてからだ。正直朝から何も食べていないのに動き回っていたからか、最早腹が減ったとかそういう次元じゃない。



「ショタコン、料理したことはあるのか?制作工程は?」


「えーっと、このフライパンでビルドベアの肉を焼いて……。」


「流石だな、バカタレ。ビルドベアの肉は臭みが強いうえに硬い。臭みを消すには……いや、説明が面倒だ、僕がやる。」



ルイレン様は俺からフライパンと材料の肉をひったくるとかまどへ向かった。

なるほど、上に置いて調理するんだな。そのまま火に入れるのかと思ってた。



「ショタコン、ボサっとしてないで食器でも準備していろ。作っておいたから、並べて待て。」


「はーいルイレンママ〜。」


「誰がママだ。」



机の上にいくつか重ねてある食器類を椅子の位置に合わせて配膳する。何から出来ているのかは分からないけど、触った感じはプラスチック皿みたいだ。



「出来たぞ、ほら。」



早っ、というかなにその高級レストランで出てきそうなステーキ……。しかも量が多い。

いや、一部だとはいえ、3メートル級のでかい熊からとれた肉だ。当たり前か。



「い、いただきます……。」


「どうぞ。」



ルイレン様お手製のナイフとフォークを使って、恐る恐る肉を切ると、信じられないくらい柔らかくて、サッと切れた。

そっと口へ運んで噛み締めると、今までに食べたことの無い程ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がり、香草だと思われる香りが脳天を駆け巡った。



「……美味ーっ!!」


「うるさいぞ。」


「本当に美味しいんだって!」


「お前、今まで何を食べて生きてきたんだ?」



呆れ顔のルイレン様を見ながらする食事は美味しいなぁ!!

気がつくと皿が空になっていた。美味しすぎて忘れていたが、流石の油の量で満足感が凄い。というか胃が重い。



「お腹いっぱいだー……。」


「ショタコン、じいやの話の続きなんだが。」



あぁ……確か元冒険者なんだっけ?

それで旅の知識とかよく知ってて、ルイレン様に教え込んだのかな……とは何となく思っていたけど。



「じいやはその昔、仲間と共に魔王を討伐した高名な冒険者で、勇者と呼ばれたそうだ。なのに不思議と、ある時期から前の記録がない。それに変なことをよく言っていたそうだ。」


「変なこと?じいやさんが?」


「じいやは昔から座右の銘があるそうでな。『空前絶後のロリコン』なのだそうだ。どうだ、ショタコンと何だか響きが似て……どうした?」


「……え………は…………?」



その座右の銘は聞いたことがある、というか昔よく聞いていた。

ロリコンという言葉自体ここには無いものだから、そいつも転生者であることは確実だけど、まさか。



「じいやさんって……なんて名前なの?」


「浜松翔太郎、と言っていた気がするが……。」



間違いない、俺の幼馴染と同じ名前だ。

じいやさんって翔太郎だったのか!しかしアイツがロリ以外を匿ってるなんて意外だな……。社会人になって以来会ってなかったけど、こんなことになっていようとは。



「ショタコン?」


「……なんでもないよ。そろそろ寝ようか。俺が周りの警戒しとくから……。」


「周囲に防護結界を張った。安心して眠ってくれていい。」



俺、何もやることないじゃん……。互いに初めての冒険なのに、何だこの差。この子出来すぎだろ、でも可愛い。



「寝袋ひとつしかないから一緒に寝よ!あ、もしかして寝袋作れる?」


「……僕は固いものしか……。」


「じゃあ決定!寝よう!」


「くっつくな!離せ!僕は許可していないぞ!あ、この状態で寝るなー!せめて寝袋まで移動……あーもー……!」



なんか色々あったけど、とりあえず今は眠ろう。焦っても何も答えは出ないから、時が来るまで頭の片隅に置いて眠らせておこう。

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