14:なんかヤダ

テスト最終日の金曜日。


残りのテストを終わらせた俺達は、午前中に解放される。


テストが終わって肩の荷が下りた生徒たちは、歓喜の声を上げながら午後の予定について会議を行っている。


俺はいつもより早く帰ることが出来るテスト期間は嫌いではない、むしろ好きと言ってもいいぐらいなのだが......


教室の様子を見るに、多くの生徒にとってはつらいものなのだろう。


「あ~~や~~っと終わった~~」


俺の後ろの席の住人、田中たなか ひろしは体中の力を抜き、机に突っ伏している。


この反応を見るに、どうやら田中も例外ではないらしい。


「お疲れ、田中」

「終わったよ......2つの意味で」

「点数で何か賭けるか?」

「......勝つ気しかないのにその勝負挑むのは卑怯だと思う」


軽い冗談のつもりで言ったのだが、田中は真に受けてしまったらしい。


まぁ、勝負を受けてくれたら儲けものだとは思っていたのだが。


そんな事を思っているとスマホが小さく振動する。


ポケットからスマホを取り出し、画面を確認すると、メッセージが1件届いていた。


『今日友達と遊んでから帰るから、お昼適当にしといて』


今も教室の中心で友達と話している蓮音はすねからだった。


蓮音達が楽しそうに話している内容は、察するにテストの打ち上げについてらしい。


「しかし......」


昼ご飯をどうするか。


(食べに行くのもアリだな......)


スマホを片手にたずさえたまま、思考を巡らせる。


「とわちん、どうかした?」


はたから見ると、スマホを見て硬直した人間だったのか、田中が心配そうに声をかけてくる。


俺は説明するのも手間だったので、田中にスマホの画面をそのまま見せる。


田中は、俺と蓮音の関係も、同居も知っているので問題ないと判断しての事だ。


「あ~~......じゃあさ、俺と一緒に外で食わない?」

「いいのか?それなら俺も助かるんだが......佐藤と約束とかはしてないのか?」

「だいじょ~ぶ!今日は川崎かわさきさん達と過ごすらしいし」

「そうか、なら良かった。 ところで、行く場所の当てはあるのか?」

「とわちんがどこでも良いなら、モールのフードコートに新しく入ったラーメン屋さんに行きたいんだけど......」

「構わないぞ。 俺としても決めてくれた方が助かる」

「じゃあ決定!行こうぜ!」


先程まで机に預けていた体を起こし、教室を出る準備を整える。


昇降口から外に出ると、まだ5月中旬だというのに夏を感じさせるほどの日差しに照らされる。


空には雲もなく、日光が絶え間なく俺達に注がれる。


時折吹く風が、木々を揺らし、俺達の体温を下げてくれる。


(テスト終わりに友達とラーメンか......)


今まで経験したことのない出来事に、胸を躍らさせずにはいられなかった。




「さーって、どうする?もうラーメン行く?お昼には少し早いけど......どっかで時間潰す?」

「あ、ちょっと買い物していいか?忘れないうちに買っておきたい」

「全然いいよ~」


田中から許可をもらい、スーパーに向かう。


「とわちん、何買うの?」

「ちょっと洗剤をな......」

「洗剤?また何で急に」

「昨日風呂掃除と食器洗いをしてたら、両方とも切らしてることに気が付いてな......」


天井から吊るされている看板の情報を元に、生活用品のコーナーを探す。


「へぇ~、家事とわちんがやってるんだ」

「いや、大まかな掃除と料理、洗濯は蓮音がやってる。 俺もやろうかって言ったんだが、どうやら家事が好きらしい。 食器洗いとかも当番制だしな......」


ようやく見つけた生活用品の商品棚の列を見渡し、目的のモノを探す。


食器用洗剤類が並んでいるエリアの前で止まり、目線を動かして目的の物を探す。


「......あれ」

「ん?どったの」

「スタンダードなヤツが無いんだよ......どうしようかな......」


商品棚をいくら見渡しても、あるのは香りが付いている物のみ。


「まー何でもいいんじゃない?蓮音さんが好きそうなヤツにしときなよ。 どうせ一緒に使うんでしょ?」

「好きそうって......そんなん知らねぇよ」


(好きそう.......オレンジとかか?)


浴槽用の洗剤も同じ事態が起きたため、オレンジの香りがする洗剤を選ぶ。


セルフレジを通し、商品を袋に入れる。


「さあ、そろそろ行くか?」


時間もいい感じに過ぎたため、田中にそう提案するが、返事がない。


「田中?」


振り返って様子を見ると、スマホの画面を見て、周囲を見渡している。


「田中?どうしたんだ?ラーメン行かないのか?」

「あ、あぁ。行こっか!」


スマホをしまって、フードコートがある上の階を目指してエスカレーターに足をかけた。





フードコートに到着した俺達は、辺りをグルっと見渡す。


「流石に平日って感じだな......」


フードコート内は、お昼時だというのにもかかわらず、学生らしき団体が数組、それと何か意味ありげな雰囲気をかもし出しているサラリーマン風の男性のみだ。


壁にもたれかかったサラリーマンは、悲壮感を漂わせながらファストフード店で付いてくる子供用のおもちゃを眺めていた。


(何か......あったんだろうなぁ......)


「とわちん!こっちこっち!」


そんな思考を断ち切るように、田中が声をかけてくる。


「うるさい、一応他のお客さんいるんだから......」

「ゴメンゴメン。それで、ここの席座らない?人全然いないし良いっしょ!」


田中が”ここ”と指を差したのは6人掛けの大きなテーブル。


遠目から見ても2人で使うには広いと分かる。


「広すぎないか......?」

「いいじゃん!なんか贅沢使いしたいし!」


もう一度周りを見渡す。


(大人数の団体も居ない様だし......)


「まぁ、いいか」


木製の椅子とソファー。 2つに分かれている座る部分のソファー側を俺は選択し、荷物を置く。


「じゃあ買いに行くか」

「あ、とわちんここで待ってて」

「はぁ?」

「席取られるかもしんないじゃん!」

「取られるわけないだろ......」

「まぁまぁ。 スタンダードなヤツでいいよね?」

「あ、あぁ......」

「それじゃ!行ってくる!」


半ば無理やり席に座らされ、駆け足でラーメン屋へと向かう田中を止める暇もなく行ってしまう。


(取られるわけないだろ......)


そんな事を思いながらスマホをいじって田中の帰りを待つ。


それからほんの数分すると、耳に4人程の足音が聞こえてくる。


(団体か......?どいた方がいいか......?)


田中が置いていった荷物を持ち、立ち上がろうとすると


「......なんであんたがここに居んのよ......」


足音が聞こえた方向から、聞きなれた声がする。


そこには佐藤さんと蓮音を含んだ4人組の女子が居た。


他の2人はクラスの中で見たことがある。


蓮音と喋っているところをよく見かける。


困惑した様子の蓮音の後ろでは、ニヤついた顔の佐藤とクラスメイトが楽しそうに耳打ちしている。


その様子を見れば、俺と蓮音がめられたということは容易に理解できる。


蓮音は、後ろの3人に半ば強制的に俺が座っているソファー側の席に追いやられる。


少し抵抗を見せた蓮音だったが、やがて観念したのか、ため息をつきながら「もうちょっと向こう行って」と注文してくる。


注文通りに奥に移動すると、机とソファーの間に体を入れて俺の隣に座ってくる。


「これ、持ってて」


そういって蓮音が1つのレジ袋を手渡してくる。


「なんだ?これ」

「見たら分かる」


中身を見る許可が出たので、中を見る。


「蓮音、これ」


中身を見た後、俺は先ほど田中と共にスーパーで購入した商品をレジ袋に入れた状態で渡す。


「...?何よこれ」

「見たら分かる」


俺から中身を見る催促をされ、レジ袋を開ける。


「ちょ!.....これ!」


どうやら蓮音は驚いているようだ。


まぁそれもそうだろう。


俺と蓮音の手の中には、全く同じ内容のレジ袋があるのだから。


「どうしたの?」


いきなり大きな声を出した蓮音を、佐藤さん達が心配して声をかけてくる。


「な、なんでもない」


声を抑え、2人にしか聞こえない音量で話し始める。


「なんであんたも同じの買ってんのよ!」

「昨日の当番で、切れてたのに気づいたからだ」

「まぁ......それは良いとして、なんで全く同じ種類なの?」

「普通の奴が無くて、蓮音が好きそうなヤツを選んだんだ。 これを見るに......当たったみたいだな」

「変に私の事知ってるんだから......」


大袈裟おおげさに肩を落とす仕草を見せた蓮音だったが、その表情は決して固くない。


なんなら少し嬉しそうにも見える。


(そんなにオレンジが好きだったのか......?)


とにかく、蓮音が怒ってる事も無さそうで安心した時、面倒事を引き起こした張本人がラーメンを2つトレイにのせて運んでくる。


「おっ、合流したか~」

「合流したか~じゃねぇよ。 ハメやがったな?」

「いや、佐藤から連絡来て面白そうだったからやってみた」


あの時、スマホを見て周りを見渡していたのはどうやらそういう事だったらしい。


俺達がスーパーに居たのを佐藤が発見し、田中に連絡を送ったのだろう。


当の佐藤は少し舌を出し、お茶目なポーズをとっている。


(コイツ......)


俺の前にラーメンが置かれ、田中も席に着き、手を合わせている。


「私たち、お昼買ってくるから!」


佐藤がそんな事を言って席を立つ。


「あ、行こっか」


蓮音もその後に続いて席を立つ。


「あ、蓮音ちゃんは待っといて。 いつものヤツでしょ?」

「え?そ、そうだけど......」

「他の2人は来て!あ、田中もね」

「え!?俺も!?」


既に何回か割り箸でラーメンを自分の口へ運んでいた田中が食事を中断させられる。


「私、やっぱり行くよ?」

「いいーの!ひいらぎ君が1人だと可哀想でしょ?」

「いや、俺がとわちんと一緒に......」

「いーから!来る!」


田中は腕を引っ張られ、拒否権のないまま連行される。


そんな田中達を見送ったあと、俺は割り箸を割り、浮かんでいる油を目で追いながら、ずっと持っていた疑問を投げかける。


「なんか、変に気回されてないか?」


今の場面も、2人っきりにさせたがっていたように見えた。


「皆私たちがそういう感じって思ってるみたい」


そういう感じとは恐らくだが、付き合ってるとか、そういう話をしているのだろう。


「何でそういう事になる.......」

「......あんたのせいよ」

「下の名前で呼びあっているだけでそういう関係って、少し話が飛び過ぎてないか?」

「それもある......けど」


そこまで言って、蓮音の言葉は止まってしまう。


「けど、なんだ?」

「けど......あんたが......助けたから」

「いつの事だ?」

「......歓迎会の時......」

「聞いたのか?」

「薄々気づいてたけど......けど......お姫様抱っこなんて聞いてない!」


机を叩きつけ、勢いよく立ち上がる。


その顔は赤く染まり切っている。


「皆に言われた時すっごく恥ずかしかったんだから!!」

「俺の肩に乗れないぐらい辛そうに見えたんだから、仕方ないだろ?」


そう反論すると、不機嫌な様子で席に座る。


表情を見ると、納得していないことは明らかだ。


「悪かったって......次からは気を付けるから」

「そうじゃない......お姫様抱っこはもう許す......けど」


そこで言葉が止まると同時に、田中達が帰ってくる。


田中の両手には、4人分の昼食らしき物がのったトレイが掴まれている。


「ねぇねぇ、柊君さ......」


俺の正面に座ったクラスメイトが、商品の袋を開けながら話しかけてくる。


その声に、俺は視線で軽く反応を示す。


「川崎さんの事、どう思ってるの?」

「は?」

「あ!それ私も気になってた!どうなの!?」


話したこともないクラスメイトの女子二人が、俺に詰め寄ってくる。


今まで蓮音にぶつけていた質問の標的が、俺に変わったらしい。


視線で蓮音に助けを求めても、何か考え事をしているようで俺の視線に気が付かない。


「お姫様抱っこされたの覚えてないのが......なんかヤダ.....//」


俺が気が付くかどうかに賭けたその一言に、質問攻めを受けている俺が気が付くことは無かった。














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