15:詰み

テストが終わり、学生たちが待ち望んでいた休日。


息抜きを終えた生徒が、翌日から頑張ろうと意気込む日曜日。


俺はその日曜日をどこかに行くでもなく殆どを家で過ごし、1日を終えようとしていた。


唯一外に出たのは、蓮音はすねと共に近所のスーパーに買い物に行った程度。


(普通の生徒は、もっと有意義な休日を過ごしてるんだろうな......)


別に有意義な休日を過ごしたいという願望があるわけではない。


ただ、近頃俺、ひいらぎ 叶羽とわは『高校生徒とは』という疑問に頭を抱えている。


必死にテスト勉強をするのでもない。


部活や恋愛なんて、俺には無縁のものだと思えてしまう。


(まぁ、どうでもいいか)


今考えていても仕方がないと、自分の思考に区切りをつけ、俺は手に持っていたリモコンで、テレビの画面を操作し始める。


興味を惹く番組がなかったので、適当に夕方の情報番組にチャンネルを切り替える。


よくみる顔の女性アナウンサーが、動物たちの愛くるしい表情を見て、頬を緩めている。


そんな風に過ごしていると、キッチンから機嫌のよさそうな鼻歌が聞こえてくる。


俺達が住むマンションは、リビングのソファーの位置から、キッチンに立つ人の顔が見える構造になっている。


俺が見た蓮音の表情は、テレビのアナウンサーと同じく頬を緩めた、「私はご機嫌です」という声が聞こえてきそうな表情だった。


「何でそんなご機嫌なんだ?」

「ん~?別にご機嫌じゃないけど~?」


嘘だ。


明らかに機嫌がいい。


ここまできて隠されると、もはや怖い。


「何か良い事でもあったのか?」

「ん~”まだ”ないかなぁ~」

「まだ?」

「明日、テストの結果が発表されるでしょ?それの事よ」

「あ~......そんなに自信があるのか?」

「それもあるけど......私が楽しみにしてるのはまた別の事」

「なんだ?楽しみにしてる事って」

「それは明日のお楽しみ、かな?」


そう言ってキッチンペーパーを引いた皿の上に、完成した唐揚げをのせていく。


何が起こるか分からないが、何故かとても嫌な予感がした。




翌日、朝学校へと登校すると教室の前に人だかりができていた。


無数に並ぶ人の頭の先に見えるのは連絡用のボードに張り付けられた、名前が大量に書かれた紙。


その大きな紙の右側には、大きく”中間試験結果”と書かれている。


人だかりの中に入るかも迷ったが、辛うじて見える1位の川崎かわさき 蓮音はすねの文字と、その下2位、3位の欄に自分の名前が無いことを確認し、教室へ入る。


教室に入ると、中には殆ど人がおらず、残っている人数は全員俺に好奇の目を向けてくる。


その理由は、すぐに田中から告げられる事となる。


「お~い!とわちん!!!」


先程まで廊下に居たであろう田中が、勢いよく教室に駆け込んでくる。


「どうした?」

「どうしたじゃないよ!!めっちゃ賢いじゃん!!この学校のあのレベルで学年4位って......」

「あ~......まぁ偶然だ」

「そんなんで取れる順位じゃないよ!!」


俺としては8~7位辺りを狙ったはずだったが、少し上に行き過ぎたらしい。


トップ3に入っていないだけましだが......


しかし思っていたより田中の反応が大きい。


教室に残っている数人から向けられている目も、おそらくテストの結果が原因だろう。


そんな事を考えていると、蓮音が教室に入ってくる。


「4位おめでと」


小さくそう呟いた蓮音は、怪しげな笑みを浮かべていた。





何かが起こる、そう予感していたものの、時間はあっけなく昼休み。


他の生徒も、俺に興味はあったようだが、俺が放つ地味なオーラに近づきがたい印象を持っているようで、特に面倒ごとに巻き込まれることは無かった。


田中と共に、教室でいつもと変わらぬ昼休みを過ごす。


いや、過ごしていた。


突然、正面の入り口から透き通った声が聞こえる。


「柊くんという生徒は居ますか~?」


その一言に教室中の意識が持っていかれる。


そしてすぐ後に、教室中の視線が俺に向けられる。


訪問者の顔を見て、何とか避けようと思ったが、こうも大人数に見られるとそれも難しそうだ。


俺仕方なく腰を上げ、訪問者の方へと向かう。


「......俺が柊ですが、何の用ですか?」

「あなたが柊くんですね!」


目標を見つけた人物は、少し声色を上げ、可愛らしい大きな動作をする。


その一挙手一投足に目を奪われる、とても魅力的な人だ。


俺を訪ねてきたのは生徒会副会長。


入学式と蓮音を訪ねた時の2回しか見たことが無いが、頭に強烈な印象を植え付けている。


「お昼休み中にすみません!単刀直入にお伝えしますが、柊くんは生徒会に興味はないですか?」

「......生徒会、ですか?」


部活紹介の欄で、確かに”生徒会執行部”という部活があるのは目にしたことがある。


しかし「何故?」という疑問を抱えずにはいられなかった。


「......反論するようで申し訳ありませんが、部活に入るかどうかは自由なのでは?決められた時間帯以外の勧誘は規定違反だと、説明会の時に紙媒体で拝見しております」

「わ~!あんな隅っこに書いたものも見てくれて、尚且なおかつしっかり覚えていてくれてるんですね~!やっぱり川崎さんの仰った通りです!これなら大丈夫そうですね!」

「......川崎?」

「はい!生徒会メンバーの川崎 蓮音さんです!」


一瞬思考整理に時間を使っていると、後ろから声がかけられる。


「先輩が勧誘に来たのは私の推薦って事」


自慢げな表情を浮かべる蓮音が語り始める。


「あんたの疑問に答えてあげるから、場所を変えましょうか」


そう言って副会長と蓮音が先導し、俺がその後ろをついていく。


俺の頭には疑問がいくつかある。


まず、なぜ俺ごときの勧誘に副会長が来るのか。


ただの部活ではないのか......?


次に、なぜ今なのか。


部活の勧誘は入学直後に行われていたはずだ。


しかしなぜ今になって......?


何故、わざわざテスト終わりに......?


テスト、順位、蓮音との約束。


色々な出来事がつながり始める。


「さぁ、ついたわよ」


蓮音達に連れてこられたのは生徒会室と書かれた部屋。


「今は昼休みなので誰もいないようなので、集中してお話しできますね」


副会長が持ってきてくれたローラー付きの椅子に座る。


「大方あんたの疑問は予想できるわ、と言っても、もう分かってることも多いでしょうけど......分からないことを聞いてくれた方が早いわ」

「じゃあ......部活は強制加入では無い筈だが?」

「あぁ......そこね、確かに強制加入では無いわ。 でもこれは部活じゃないの。部活なのは執行部で、私たちが所属する生徒会の一段階下の組織よ」

「”本部”と私たちは呼んでいますが......好きに呼んでいただいて構いませんよ~」

「結構名誉なことなのよ?本部は成績上位10位以内が前提条件、それに副会長か生徒会長のどちらかに認められなくちゃいけないし......まぁ、あんたは勝手にクリアしてくれたようだけど?」


蓮音が俺に変な約束を取り付けた意味が理解できた。


最初は俺に少しでも実力を出させるため、と思っていたが、だいぶ前から俺は嵌められていたらしい。


「因みに、辞退をしてはならないなんてルールは無いけど前例は無いし、そもそもあんな大人数の前でスカウト受けて、それを蹴るなんて調子に乗った人みたいなこと、叶羽に出来るのかしら?」

「本来なら放課後に生徒会室に呼んでお話をするのですが、川崎さんが教室に来てくださいと言うものですから~」


教室では、今現在もそれについての話で盛り上がっている事が推測される。


その中に、断ってきたなどの話を持っていくと面倒なことになるのは考えなくてもわかる。


(あの時から詰んでたって事か......笑えねー)


「分かりました......生徒会に入らせていただきます......」

「わぁ!仲間が増えて嬉しいです!では、放課後もう一度ここにきて詳しい事をお話しましょう!」


椅子を片付け、解散の流れになる。


依然として、蓮音は勝ち誇った表情のままだった。











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