12:好きだから


蓮音達から頼まれたオレンジジュースは、手に持っているだけでも甘い香りを漂わせてくる。


俺が元居た場所に戻った時には、そんな甘い香りとは真逆の雰囲気が漂っていた。


「え~っと?知り合い?」


自分の胸の中に後頭部から転ぶように倒れこんできた蓮音に問う。


「ち、ちがう」


絞りだしたような小さな声で、その事実を否定する。


「だよな。 これ、持っててくれ」


俺の両手を塞いでいたオレンジジュースを、体勢を整えた蓮音に手渡し、蓮音と男たちの間に入る。


「すみません。 俺の連れに何か用でしたか?」


相手の神経を逆撫でしないよう、優しい声で問いかける。


「いや、そのねぇちゃんに話そうっていったら何か拒否られちゃってさ。 それもこっちの事見下してたっぽいし」

「っ!そんな事!」


反論しようとした蓮音を、手で制止する。


「本人も悪気があったわけではないようですので、今回は許していただけませんか?」

「ん~俺らも傷ついたしな~......あ、じゃあお詫びにさ、そのねぇちゃんを今日一日貸してよ。 それなら兄ちゃん達には何もしないからさ」


優しそうな声の裏には、明らかにこちらを見下している意思が見え透いている。


こちらが下手に出ている事を、自分達に恐れているからとでも思っているのだろうか。


男達に聞こえない様に、蓮音が耳打ちしてくる。

「......ごめん」

「何で謝る」

「私が...うまくやれなかったから」

「関係ないだろ?善悪は既に明確だ」


俺は、もう一度男達に向き直る。


「すみません。 それはできません。」


蓮音と話したい男達。


その意思を明確に拒否する発言。


このまま押し切れると思っていたのだろう、少し意外そうな表情を浮かべた。


「兄ちゃん、ヒーロー気取りもいいけど……よっ!」


大股で距離を詰め、向き合ったあと、肩を強めに押してくる。


威嚇のつもりだろうか。


「......?」


もう一度、先程より力を込めて肩を押してくる。


俺の肩を押している方の男は、違和感に気づいたようだ。


俺が全く動かないのだから。


「おい......こいつなんか変だぜ...」

「何言ってんだ?」


俺の目の前にいた男をどけ、さらに大柄の男が変わるように俺の前に出てくる。


「兄ちゃん、時間は有限だから、さ?」


まるで小さな子供を相手にするように、肩に手をポンッと置いてくる。


「離してもらえませんか?」

「...あ?」


男の手首に手を添え、持ち上げる。


「オイ、何してんの?兄ちゃん」


俺は表情を変えずに、一気に男の手首を握っていた右手に力を入れる。


「痛っ!!」


男の表情が苦痛に耐えるものに変わる。


「はなっ......!離せっ......!」


男があまりの痛みに膝を崩したところで手を放す。


「今日のところは、許していただけませんか?」

「.......クソッ!」


バツが悪くなったのか、男たちは足早にその場を立ち去る。


「ふぅ~......なんとかなった......かな?」

「お兄ちゃん......こわかったぁ~」


事が解決した安心感からだろうか、桃ちゃんはダムが決壊したように涙を始めた。


俺の足元にくっつき、両腕を広げてきたので、脇の下に腕をいれ、持ち上げる。


そんな桃ちゃんの背中を撫でながら、蓮音に視線を動かす。


「なんか殴られたりとかはしてない......よな?流石に」

「......うん」


そう返事をした蓮音は、深く俯いている。


「どうかしたのか?」

「......別に。 遅いのよ、あんた」

「遅いって......あのなぁ、蓮音がオレンジジュースが良いって言うから......」


そう言葉を紡ごうとして、止める。


蓮音のバッグを持つ腕が、少し、震えている。


「せっかく買って来たし、飲むか」

「......うん」


先程のベンチに向かってゆっくりと歩を進める。


静かな空間に、木々が風に揺られる音が響く。


俺達は何も言わないまま、ベンチに座る。


安心感からだろうか、気が付けば桃ちゃんは眠ってしまっていた。


残しておくのも勿体ないので、俺が桃ちゃんの分のジュースも飲む。


口の中に、甘い感覚が広がっていく。


蓮音の言葉を急かさず、蓮音も俺の言葉を急かさない。


そんな居心地のいい空間だった。


ふいに、蓮音の震えている手に、俺の手を重ねる。


お化け屋敷のことから、避けられるとも思った。


しかし、蓮音が俺の手を握り返すと同時に、震えが止まる。


「私、もう頼らないって......決めてたのに」

「俺は頼られたとか思ってないけどな」

「ううん......頼ってる。 頼りすぎてる。 さっきも、私1人じゃどうなってたか分からない」

「頼ってて、蓮音は何か不都合があるのか?」

「無い......私は、無いよ......でも叶羽は違うじゃん、叶羽は私にずっと時間を割いちゃってるじゃん......わたしは、私は......どれだけ叶羽から時間を奪えばいいの?」

「時間を奪う.......か」


その言葉の全てが嘘な訳ではない。


確かに俺が蓮音に時間を使っている事実は存在する。


しかし、奪われているかとなると、またそうではないのだ。


「時間を奪われているなんて感じたことは無い。 俺がやりたいからやってるんだ」

「でも......なんで色んなことしてくれたの?ピンチの時は助けてくれてケガしたこともあったし、昔は勉強も教えてくれて......明らかに叶羽の負担じゃん!」


蓮音は俺が小さい時に、少なからず好意を持っていたことに気が付いていない。


だから話の整合性が取れてないのだろう。


ただ、幼馴染ということで、情のようなもので助けてくれている。 とでも思っているのだろうか。


いまさら好意を伝えても、蓮音を混乱させてしまうだろう。


今はもう、過去に捨ててきた感情なのだから......。


蓮音にのしかかった重い空気を振り払うように、蓮音の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「わっ......!何すんの?」

「負担じゃないぞ」

「だから......!なんで!」

「好きだからだ」

「......え?」

「好きだからだ」

「え?え?い、いつから?」

「小さい時、蓮音を助けていた時から......かな?」

「きゅ、急に言われても......///」

「まぁ、そうか。 いきなりだもんな」

「う、うん...//」

「とにかく、安心していいぞ。 俺は好きだから。」

「う、うん......//もういいから......///」

「蓮音を助けるのが」


桃ちゃんを抱きながら、ゆっくりと立ち上がる。


「さて、桃ちゃんも寝ちゃったし、予定より少し早いけど帰るか!」

「えぇ......そうね」


出口の方向を眺めていると、蓮音の方からプラスチック容器を潰すような音が聞こえる。


振り向くと、先ほどまで蓮音が飲んでいたオレンジジュースの容器が、見る影もなくつぶれてしまっている。


「あれ?どうした?なんかあった?」

「別に......これからも頼る......いや、こき使わせてもらうから」


蓮音は俺から容器を奪い、それも潰してゴミ箱に勢いよく放り込む。


「さ、いこっか!」

「お、おう......」


不自然なほどに輝いた笑みが、俺の背筋を震えさせる。


どうやら、俺は蓮音を怒らせてしまったらしい......












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