11:キミのように
「はぁ~怖かったね~お兄ちゃん!」
「そうだね」
無事にお化け屋敷から脱出した俺達は、園内に設置されてあるベンチで休む。
目玉のアトラクションも売店も無いこの辺りは、人もほとんどいないため、休憩するにはもってこいのスペースだ。
「おねぇーちゃん、大丈夫?」
「...なんとか」
やはりお化け屋敷が怖かったのか、魂が抜けた様子の蓮音は2つ並んでいるベンチの片方を自らの体で占領している。
「何か飲み物買ってこようか?」
「うん...お願い...」
「何がいい?」
「ん~...さっきの売店に合ったオレンジジュース美味しそうだったから、それがいい」
「さっきの?結構遠いじゃねぇか...」
今俺達が居る場所は、園内の奥の方にある路地のような部分。
それに対し蓮音が言っている売店は、入り口付近にある。
「別にいいでしょ?桃ちゃんもそれがいいもんね~?」
「うん!」
「わかったよ...ここに居ておけよ?」
「分かってるって」
そう言って、俺は売店へと向かう。
私たちの注文を聞き、歩き出す彼の背中を見送った。
彼が完全に見えなくなったことを確認すると、仰向きにしていた体をうつぶせの形にする。
「ねぇ、桃ちゃんは好きな男子とかいないの?幼稚園で」
「え~?いないかなぁ...」
「好きな男子の1人ぐらい居るでしょ?幼稚園ぐらいで初恋はするものだよ?
どんな子が好きとかはあるの?」
「お兄ちゃんみたいなカッコいい人かな!」
「あ~...」
桃ちゃんが提示した彼の姿を思い浮かべる。
(あいつ、結構ハイスペックなのよねぇ...)
悔しいけれど、あのレベルの人はなかなか見つけられないと思ってしまう。
「あんまりすごい人を好きになると疲れるわよ?」
「そうなの?」
「そうそう、すごい人だったら他の人からもモテモテだからね~」
「じゃあ、お姉ちゃんも疲れてるって事?」
「へ?なんで?」
「だって、お兄ちゃんの事好きでしょ?」
どうやら、私と叶羽が夫婦だとまだ勘違いしているようだ。
「あはは、そんなことないよ。 夫婦って言うのも冗談だし。」
「そうなの?」
「そうそう。 好きっていうか尊敬?みたいな?」
「そんけー?」
「すごいって思ってるって事」
(桃ちゃんに「幼稚園ぐらいで初恋~」なんて語っておいて、自分は恋なんてしたことも無くて、恋が何なのかも分からないなんて、ダサいな)
そんなことを考えていると、人の気配を感じた。
「お帰り~早かった......」
気配のした方へ視線を向けると、ガラの悪そうな男2人。
私は思わず体を起こし、桃ちゃんと手を繋ぐ。
「すみません、人違いでした...」
静かな空間に緊張が走り、男が噛んでいるガムの音さえ耳に届く。
見た目だけでどんな人なのか予想し、警戒している。
それはとても失礼なことだと自覚する。
しかし、男たちの少し上がった口角を見て、私は警戒せざるを得なかった。
「おねーさん、何してんの?こんなところで」
こちらに距離を詰めながら話しかけてくる。
「人を......待ってました」
「へぇ~......俺らも待ってていい?さっきまで他の人いたんだけど、いろいろあって別れちゃってさ。 ちょっと話そうよ」
「すみません、すこし急いで移動しないといけないってなったので。 失礼します」
明らかにここに居るべきではないと判断し、人通りのある場所へ移動しようとする。
「行こう、桃ちゃん」
「う、うん」
桃ちゃんの手をしっかり握り、2人組の横を軽く会釈しながら通り過ぎようとする。
男たちのニヤついた顔が、視界の左から後ろにながれた時。
「ちょっと待ってよ~」
そんな言葉と共に、小さい悲鳴のようなものが桃ちゃんから上がる。
「......離してあげてくれませんか」
男たちに腕を掴まれた桃ちゃんが、不安そうに見上げてくる。
「え~?君もお兄さんたちとお話ししたいよね?ももちゃん?だっけ?」
「は...はなしてください...」
桃ちゃんが居れば、私をこの場に留まらせることが出来ると思ったのか、桃ちゃんの細い腕を男達が無理やり引っ張る。
桃ちゃんが苦悶の表情を浮かべる。
(このまま叶羽が来るまで待とうかな......)
いつの間にか、彼に頼ることを考えてしまう。
以前と同じように。
少し前から、常に叶羽に頼りっきりの自分が嫌いだった。
中学2年の時、如何に自分が彼に頼り切ってたのか思い知らされた。
勉強も教えてもらい、暇つぶし相手にもなってくれ、ピンチの時は必ず助けてくれる。
彼が話してくれなくなったのも、こんな自分に愛想を尽かされたのだと考えた。
「自分を変えよう。」そう考えるのに時間は掛からなかった。
彼と同じ風になりたい一心で彼を追いかけた。
自分を強く見せるために努力した。
彼の母親の勧めで、彼と住むことになった。
久しぶりに出会った彼は自分の存在を小さくしていた。
実力を隠し、生活する彼に最初は少し戸惑った。
しかし、これはチャンスだとも思った。
彼に頼らないチャンス。
彼に頼らない様に、完璧な存在を装った。
以前の彼の様に、皆と仲良くなれて、勉強も出来て、頼りがいのある存在。
しかし、完璧な彼を演じたらすぐにボロが出た。
熱で意識が朦朧とする中、夢の中で彼に助けてもらった。
目が覚めると、保健室のベッドの上で彼に見守られていた。
もしかしたら、また彼が守ってくれたのかも...なんて考えた。
つい先日、不真面目な彼を私が引っ張っていくって決めたばかりなのに......
(これくらい、自分一人で何とかしないと!)
そう考えていたら、桃ちゃんの腕を掴む男の手を、
「離してください」
そう言い放ち、桃ちゃんを体で隠す。
「お~お姉さん強気だね」
「すみません、嫌がっていたので」
じりじりと後ろに下がる。
この狭い通路から出れば、少なくとも人は居るはずだ。
この男達も、人目があるところで目立つことはしたくないだろう。
「ちょ~っと遊ぼうってだけじゃ~ん」
「ですから、色々忙しいので」
ちゃんと話せているだろうか。
声は、震えてないだろうか。
手が、震えているような気がする。
見透かすような男の視線が、私の全身の神経を逆撫でしてくる。
「お姉さんって、派手な髪してんのに、結構真面目?」
「ちょっと遊ぶだけじゃん」
そういって、私に触れようと手を伸ばしてくる。
「あっ...」
その手をかわそうとして足がもつれ、後ろにバランスを崩してしまう。
水平だった世界が、垂直に揺れる。
少し、涙が出そうになる。
目を瞑ってしまう。
私は、彼の様にはなれないんだ。
視覚を取り除くと、それ以外の五感の情報が流れ込んでくる。
遠くの方から聞こえてくる子供の声。
片手から伝わってくる桃ちゃんの体温と、小さな震え。
そして後ろから鳴る足音と、今の沈んだ気分には甘すぎるような柑橘系の香りが、鼻腔をくすぐっていた。
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