10:感じる体温

一通りのアトラクションを回った後、俺達は少し遅めの朝食をとっていた。


園内の中心に配置されている売店へと向かった俺達は、屋外に設置されてある3人掛けの席に座った。


売店の周辺は開けていて、先ほど乗ったアトラクションや、今も落下の直前の状態にあるジェットコースター、観覧車までもを眺める事が出来た。


「桃ちゃん、何食べたい?」

「ポテト!」

「それだけでいいの?」

「うん!あんまりお腹空いてない!」

「じゃあ、蓮音は?」

「私もお腹空いてないしチュロスだけでいいわ。 ここのチュロス、最近話題になってたし」

「あ~ニュースのやつか」

「そうそう」


この遊園地のチュロスは、少し前に人気YouTuberに紹介されたらしく、他では見れないほど出来立てのチュロスを、世界一のチュロスと絶賛していたほどだ。


他の2人の注文を脳内に留め、カウンターへと向かう。


ただでさえ人が少ないのに、昼時を避けたカウンターには誰も並んではいなかった。


桃ちゃんのポテトと蓮音のチュロスを注文し、俺は自分用のバーガーと、から揚げを注文する。


レジには3人の店員さんがいたのだが、作業の量が少なすぎて、俺に渡す番号札を1人目から2人目。 


2人目から3人目へと渡ってようやく俺に手渡された。


(なんの意味があるんだよ...)


もし他のお客さんが並んだ時に迷惑にならないように少し横にずれる。


店外にいる蓮音と桃ちゃんは、座っている場所から見えるアトラクションを指さして、楽しそうに談笑している。


(午後はジェットコースターだな...)


最後に乗ったのは5年以上前だったが、その時の恐怖の感情から思わず少し身構えてしまう。


蓮音たちを眺めながら時間を潰していると、1番しかない番号札の番号が呼ばれる。


店員さんに1礼しながら商品を受け取って、屋外の蓮音たちの元へ向かう。


「お待たせ」

「お、ありがと~」

「お兄ちゃんありがとう!」


感謝の言葉を述べた2人は、各々の商品を受け取って食べ始める。


ポテトもチュロスも作りたてなのだろう。


サクッ、と食欲をそそられる音が聞こえてくる。


チュロスは評判通りの味なのだろう、蓮音が目を細めながら頬を抑えるような仕草を取る。


俺の視線に気づいたのか、蓮音は咀嚼していたものを飲み込み、口を開く。


「ん?一口あげようか?」

「いいのか?」

「いいわよ、から揚げ1つ貰うけど」

「じゃあ...」


蓮音から差し出されたものを食べようと、椅子から立ち上がって前のめりになる。


「はい。 あーん」

「...なんだよそれ」

「あーんよ。 これってそういう事でしょ?」

「らぶらぶだ!」


横から期待の眼差しを向けられている気がする。


気を取り直して、口を開け、チュロスを迎えに行く。


「あーん」


サクッ


「...!!」

「どう?」

「tasty...」


思わず口から素直な感想が漏れてしまった。


有名なYouTuberが世界一のチュロスと評するだけの事はある、と納得した。


「お兄ちゃん、どういう意味?」

「美味しいってことだよ」

「へぇ~」

「じゃ、から揚げ貰うわね」


蓮音は皿の上に付属していた爪楊枝を持ち、から揚げを食べようとする。


「あれ?お姉ちゃんはあーんしてもらわなくていいの?」

「えっ!?私はいいわよ!」

「そうなの?」


桃ちゃんの表情が少し残念そうなものに変わる。


その表情を見た蓮音は、少し悩んで、悔しそうな表情を浮かべながら爪楊枝を手渡してくる。


「あ、あーんしてよ!」

「お、おう」


目を瞑った蓮音は、少し頬を紅潮させていた。


「じゃあいくぞ?あーん...」


慎重に蓮音の口の中へとから揚げをを運び入れる。


口の中に入り切ったことを感じ取った蓮音は、目を瞑ったまま咀嚼し、飲み込む。


「どうだった?お姉ちゃん!」

「て、ていすてぃー...」

「よかったね!」


不服そうな表情な蓮音は、チュロスの残りを食べ始める。


(味なんてほとんど分かんなかったわよ...//)






朝食を済ませた後、予め行くところを決めていた様子の蓮音たちについていく。


「あれ、乗るわよ」

「あれって...」


俺達の目前にあったのは、トロッコ型の乗り物に乗って、レールの上を進んでいく形式のものだった。


外から見える高低差と、乗客の叫び声がそれを絶叫系だということを示していた。


(覚悟はできてる...)


俺が意を決したような表情で一歩を踏み出すと、蓮音に袖を引っ張られる。


「そっちじゃない、あっちよ」


蓮音が指さしたのはその隣にある、ジェットコースターの縮小版のようなもの。


ジェットコースタージャンキーである蓮音が、到底満足できそうなものではなかった。


「...いいのか?あれで」

「いいっていうか...桃ちゃんあんなの乗れないわよ?身長的に」

「あ~...」


この遊園地に来る時から絶叫系を覚悟していたのだが、そもそも桃ちゃんがいる時点で蓮音にその気は無かったらしい。


ビビッて損した。


特に並ぶ必要もなく、3人直ぐに乗り物に乗る事が出来た。


並んで座る事が出来たので、桃ちゃんを真ん中に置いて座る。


「それじゃあ、いってらっしゃーい」


アトラクションを管理している従業員のお姉さんの明るい声と共に送り出される。


開始のベルの音と共に発車してすぐに少し上り坂を登り始める。


大きなジェットコースターにもある、加速の前の焦らすタイミング。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おててにぎってて?」


上目遣いの桃ちゃんがお願いしてくる。


外から見ていた時も、子供向けにしてはそこそこのスピードが出ていたので、桃ちゃんにとっては充分な恐怖になるのだろう。


俺は左手を差し出し、蓮音は右手を差し出す。


(小さい子っていいなぁ...)


単純に庇護欲がそそられただけなのだが、口に出していたら即通報ものの様な言葉になってしまった。


桃ちゃんを挟んで向こう側にいる蓮音も、俺と同様の事を考えていたのか、見たことのない優しい笑みを浮かべていた。


「3人でおててつなご?」

「「え」」


予想外の提案に、意見を発する間もなく手と手が触れ合う。


(柔らか!)


同年代の女性の手に触れることなど、ここ数年の記憶を辿っても見つける事が出来なかった。


蓮音以外の女性と関わることは無かったし、蓮音に対して奥手なことが俺の耐性を低下させていたのだろう。


自分でも体温が上昇していくのを感じる。


(絶対いじられる...)


蓮音と手が触れただけで照れるなど、一生いじられることが確定するようなものだ。


俺は蓮音にばれない様に逆側に顔を向けてやり過ごす。




(なんか...///)


ジェットコースターが加速する寸前になっても、どうしても右手に意識が集中してしまう。


久方ぶりに触れた幼馴染の手は、自身の記憶よりも少し大きくなっていた。


女性である自分の手と比べると、少し骨が出ている。


自身の心臓が妙に鼓動を増やし、全身に血潮を巡らせている事を感じる。


(絶対いじられる...)


叶羽と手が触れただけで照れるなど、一生いじられることが確定するようなものだ。


私は叶羽にばれない様に逆側に顔を向けてやり過ごす。




「こわかった~!」


アトラクションが終了した後、満足した様子の桃ちゃんが満面の笑みで感想を告げる。


「案外早かったわね~...」

「そ、そうだな」


蓮音の反応を見るに、どうやら俺の動揺は見抜かれていないらしい。


「ねぇ!あれ行きたい!」


次に桃ちゃんが指を差したのはお化け屋敷。


「え...」


蓮音が衝撃を受けたような声を上げる。


「桃ちゃん?あれ怖いやつだよ~?」

「お姉ちゃん達がいるから大丈夫!」


今日1日で得た信頼がこんなところに響いてきたらしい。


「お姉ちゃん、ちょっとやめとこうかな~...?」

「え~!なんで?」


悲しげな声を上げる桃ちゃんの頭に手を置き、優しく語り掛ける。


「桃ちゃん。 お兄ちゃんと2人で行こうか」

「どうして~?もしかして、お姉ちゃんも怖いの?」

「チガウヨ~コンナノコワクナイヨ~」


少し考えた桃ちゃんは手をポンッっと叩く。


「お兄ちゃんをお姉ちゃんにも貸してあげる!」

「「え?」」


桃ちゃんを俺の右、蓮音を左に置いてお化け屋敷に入る。


「お姉ちゃん、おててつながなくていーの?」

「いいの!」


怖いくせに妙なプライドを見せた蓮音は強がって先陣を切って暗闇の中を進んでいく。


(心の準備してたのに...)


そんなことを考えながら、俺の右手にしがみつく桃ちゃんと中に進む。


「~~~!!」


少し進んだ時点で直ぐに声にならない叫びをあげた蓮音がダッシュで戻ってくる。


意気揚々と進んで行った蓮音の滑稽な姿に思わず笑いそうになる。


「...なに?」

「...っ...別に?」

「...先行って!」

「はいはい」


先に進んで行くと桃ちゃんも「キャー」と可愛らしい声で叫びだす。


一方の蓮音は...


「~~~!!」


子供向け遊園地のお化け屋敷でガチビビりしていた。


「手、握るか?」

「...!!//いい!」

「そうか」


怖がり過ぎる蓮音を見ていられなかったので、提案してみるが直ぐに断られた。


その直後にもう一度声にならない叫びが聞こえる。


そして同時に左腕が柔らかな感触に包まれる。


「いっ!今顔に何か!」


最早涙目の蓮音が俺の腕に抱き着いていた。


「おい...せめて手にしてくれ...//」

「そ、それは...いい」


そう言って蓮音は俺から離れる。


(そこまで手握るの嫌なのか...?)


その後も驚き続けた蓮音が、俺の手を握ることは無かった。














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