09:まるで夫婦


「ほら、早く起きなさい」


そんな声と共に、俺を優しく包んでくれていた布団が剝がされる。


「なんだ...?」

「なんだじゃないわよ!ゴールデンウィークだからって寝すぎ!」


俺と布団の仲を無理やり引き裂いたのは、どうやら蓮音らしい。


俺は枕元にあったスマホを持ち上げ、時刻を確認する。


(まだ7時過ぎ...)



地元には遊ぶ場所も無く、退屈なので昼前まで寝ようと思っていたのだが...


「で、なんか用?」


俺の睡眠を妨害したのだ、蓮音にもよほどの要件があるのだろう。


「8時ごろに桃ちゃん来るから」

「桃ちゃん...?」


桃とは、幼いころから俺達が世話になっている東さんの娘で、今は5歳の女の子だ。


「なんで?」

「南さんに旦那さんと出かけてきたら?って言ったの。 やっぱり夫婦2人の時間も必要じゃない?」

「なんで俺を起こすんだよ...」


桃ちゃんの面倒をみるだけなら、確実に蓮音のみで十分なはずだ。


そう考えていると、3枚の紙切れが目前に突き出される。


「これ、南さんにもらった!」


嬉しそうに見せてきたものは遊園地のチケット。


「あ~...これは桃ちゃんの分、これは蓮音の、そしてこれが...母さんかな」

「あんたのよ!」


(面倒臭い...)


「連休中で人も多いんじゃないか?人混みは苦手なんだよ」

「そんなわけないじゃない、覚えてないの?昔行った時も人全然いなかったじゃん!」

「あー...」


確かそんなこともあった気がする...


その時も人が多いのが嫌だって言ってた気がする...それで...


「叶羽!行きなさい!女の子だけで行かせるの?!そんな子に育てた覚えは無いわよ!」

「...はいはい」


そうだ。


その時もこんな風に母さんに尻を叩かれたのだった。






蓮音の自宅の前に午前9時集合。


早く準備を済ませようと洗面所へ向かう。


「ん、起こされたかお兄」

「まぁな」


歯を磨いていた藍に遭遇する。


「そっちも早いな、どっか行くのか?」

「別に...お兄みたいな自堕落な生活送りたくないだけ。 そっちは?」

「どうやら遊園地に連れていかれるらしい」

「へぇ~いいなぁ」

「受験生は勉強でもしとけ」

「お母さんと同じこと言う...」


藍は不服そうに文句を呟いた。


「お兄、髪セットしなよ」

「え、面倒じゃん」


思わず本音が漏れる。


俺らが行こうとしている遊園地に、高校の人がいる訳もないし、このままの恰好でも特に問題はない。


ただ時間が掛かるか掛からないかの違いだ。


「はぁ...」


藍が大きなため息をつく。


「女の子と出かけるのに、そんな恰好で行かないで!それにそんなんだとナメられるよ?陰キャだって」

「別にいいだろそれで...」

「いいから座って!」


藍に言われるがまま、床に腰を下ろす。


藍が整髪料を手に付け、長い前髪を上にあげて、普段は前髪で隠れている目を出す。


「うん、いい感じ。 学校でも髪上げたら?」

「面倒臭い」

「言うと思ったよ」


少し前の俺の姿。


地元に残っている昔の友人に見られたら面倒だ。


俺はそんなことを考えていたが、鏡に映る藍の顔はどこか嬉しそうだった。





時刻は9時前、蓮音の家の間に着いた俺はインターホンを鳴らす。


家の中から足音がしてすぐに、玄関の扉が開かれる。


「お待たせ」


桃ちゃんと手を繋いだ蓮音が出てくる。


扉から出てきた蓮音は、紺色に主張の少なめのロゴが印刷されたトップスを茶色いボトムスの中に少し入れている。


全体的にオーバーサイズのものを採用しているため、乙女というよりかはボーイッシュな印象を受ける。


「忍者のお兄ちゃん、カッコよくなってる!」


目をキラキラさせて桃ちゃんが近寄ってくる。


「ありがとう、桃ちゃんも可愛いね」

「えへへ、ありがとう!」


幼子の純粋な笑顔に心が洗われる。


「何ニヤついてんのよ」


横からジトっとした目でこちらを見ている蓮音に気が付く。


そうとう変な顔をしていたらしい。


「ねぇ、お兄ちゃん。 蓮音ちゃんは?」

「ん?蓮音がどうしたの?」

「蓮音ちゃんは可愛い?」

「え」


思わず声に漏れる。


今まで、心には思っていても可愛いと直接的に伝えたことは無かった。


(まぁ、蓮音も軽く受け止めるだろ...)


「可愛いよ」


桃ちゃんの前で嘘をつくわけにもいかず、その言葉を口にする。


「あ、ありがと...///」


蓮音はわざとらしく視線を逸らす。


「じゃあ行くか」


俺達は目的の遊園地へと向かいだす。







「遠いね~」


遊園地へ向かうための直通バスに乗って、退屈そうな桃ちゃんが蓮音の膝の上で揺られている。


俺達が向かう遊園地が人が少ない原因の1つ、あまりにも交通の便が悪いのである。


地元から電車に乗って行ける、少し大きめの駅から直通バスが出ているのだが、そのバスに乗っても45分ほどかかる。


県内の俺達でさえこれぐらい時間が掛かるのだから、わざわざ県外からやってくる人も少ないのだ。


窓側に蓮音を座らせ、危ないのでその膝の上に桃ちゃんを座らせる。


流れゆく景色を眺める2人の表情はとても絵になる。


「ねぇ...見過ぎなんだけど」


流石にずっと見られていることが気になったのか、蓮音が不満を訴えてくる。


「悪い、見惚れてた」


「見惚れて...!?/// ま、まぁいいけど」


年の離れた姉妹のような2人の仲睦まじい様子は、どこか日々の生活の中にある幸せを感じさせた。


(これが’エモい’というやつか...)


そんなことを考えていると、目的地に近づいた知らせでもある、その遊園地の園内で流れているテーマソングのようなものが流れ出す。


桃ちゃんのテンションのボルテージが上がっているのはもちろんの事、思い出を振り返って懐かしくなっているのだろうか、蓮音のテンションも同様に上昇していた。


目的地に到着し、バスから降りて園内に入る。


「おぉ...」


確かに見覚えがあった。


だらだらと歩く俺の手を、蓮音が無理やり引っ張って園内を連れまわされた事を思い出す。


しかも絶叫系が苦手な俺を連続でジェットコースターに乗せたことも...


「ねぇねぇ、桃あれ乗りたい!」


そう言って桃ちゃんが指さしたのは、かわいらしいライド型のアトラクションだ。


「じゃあ行きましょ」


桃ちゃんとはぐれないように、しっかりと手を繋いだ蓮音が楽しそうに話しながら歩き出す。


俺はその数歩後ろをついていく。


「お兄ちゃんもおてて繋ごう?」


桃ちゃんは蓮音と反対側の手を俺に差し出してくる。


「おう」


桃ちゃんの負担にならない様、少し低めの位置で手を繋ぐ。


「お兄ちゃんは、この乗り物に乗ったことある?」

「ん~どうだったかな~」

「あるわよ、昔2人で乗ったもん」

「え~!仲良しだ!」

「そうよ~お姉ちゃん達はとっても仲良しなの」


記憶には無いが、このアトラクションに乗ったのなんて1回ぐらいだろう。


俺の記憶に残っているのは、悪魔のような笑みを浮かべて同じジェットコースターの列に並びまくる蓮音の顔だけだ。


人が少ないせいもあって、ほぼノータイムで何回でも乗れてしまった。


「やっぱ人少ないわね~」


蓮音の言った通り、ゴールデンウィーク真っ只中だというのに、子供向けであるアトラクションでさえ家族連れが数組という順番待ち状況だった。


カップラーメンが出来上がる前にアトラクションに乗れて、間に桃ちゃんを挟んで3人で乗り物に乗る。


「かわいい~!」


桃ちゃんが登場人物に対して素直な感想を述べる。


それに対して相槌を打つ蓮音は、まるで母親のようだった。


(それにしても...)


たった数分のアトラクションなのに起承転結があって、見せ場もある。


キャラクターたちのピンチに、思わずハラハラして応援してしまう。


子供の頃には出来なかったであろう楽しみ方を発見し、少し大人になったことを実感した。


「楽しかった!」

「よかったね~!」


アトラクションを終えた2人は満足気だ。


「次は~...あれ!」


桃ちゃんは先程と同じ様なアトラクションを指さしている。


「いこっか!」

「うん!」


元気な返事をする桃ちゃんを見て、俺は来てよかったと感じる。


「ねぇ、私たち、カップルに見られてるんじゃない?」


少しからかってやろうと思ったのだろうか、小悪魔的な笑みを浮かべた蓮音が耳元で囁いてくる。


「どっちかっていうと夫婦じゃないか?」


男女2人に、幼稚園ぐらいの女の子。


客観的に見れば夫婦に映ってもおかしくはない。


「夫婦...!!//そんなわけないでしょ!」


少し調子に乗ったことを言い過ぎたのか、蓮音が小突いてくる。


「ねぇ、何のおはなしをしてるの~?」

「お兄ちゃんたちが夫婦に見えるって話だよ~」

「え!お兄ちゃん達けっこんしてるの!」


桃ちゃんが驚いた表情で見上げてくる。


蓮音が怒ったように耳打ちしてくる。


「ちょっと!」

「桃ちゃんもそのうち冗談って気が付くだろ、高校じゃないんだし勘違いされても別に困んないじゃん」

「そうだけど...///!!」


「行こ!お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


桃ちゃんに勘違いをさせたまま、俺達は腕を引っ張られながら、次のアトラクションへ向かった。













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