07:無自覚
日曜日の朝、アラームを仕掛けた覚えは無いのにも関わらず、電子音によって起こされる。
俺はうるさいスマホを手に取り、画面を確認する。
「......母さん...?」
アラームかと思った電子音は、実際には着信音だった。
母の権力が絶対的な柊家で、この人からの電話を無視できるものはいない。
「......もしもし?」
「あ!叶羽~?まだ寝てたの?」
「いいだろ?休日だし...それで、要件は何だ?あと声のボリューム下げてくれ、寝起きだ」
大きなあくびをしながら要件を聞き出す。
「ゴールデンウィーク! うちに帰ってきなさい!」
「...は?」
「最初は遊びに行こうと思ってたけどね?よく考えたら、そっちに行くの面倒だし」
(本当にこの人は......)
柊家において、母の提案は絶対だ。
「わかったよ.....」
(さようなら、俺のゴールデンウィーク...)
「あ、蓮音ちゃんも連れてきてね~」
「蓮音も?」
思わず聞き返す。
蓮音はゴールデンウィーク明けのテストを意識しているだろうし、難しいと思うのだが...
「...ン、んぅ~......?よんだぁ...?」
忘れていた。
昨夜、怖くて眠れない蓮音が、俺の部屋に眠りに来たのだった。
「今のっ!蓮音ちゃんの声?!一緒に寝てたのね~?叶羽も男なのねぇ...」
「違う!今日は偶然......!」
「いいの。 私たち両家は2人を認めているし......あぁ~!蓮音ちゃん頑張ってたものね...!蓮音ちゃん家にも報告しなくちゃ!」
「おいっ!だから!」
俺が弁明をする前に電話が切られてしまった。
「ったく...」
「んぅ~...?でんわ...?だれ......?」
目覚めた直後で理解が追い付いていない蓮音が、俺に訪ねてくる。
「母さんだよ。 ゴールデンウィークに帰って来いってさ」
「ふ~ん......行ってらっしゃい」
「蓮音も連れて来いってさ」
「え~...ゴールデンウィークってテスト2週間前でしょ?勉強したい...」
(だよなぁ......)
予想どうりの反応を示す蓮音に、俺は頭を悩ませる。
母の機嫌を損ねると、何があるか分からない。
(使えるものはすべて使おう...)
「地元にいる間、俺が勉強教えてやる。 お前が好きな本気でだ」
「...マジ?」
「マジ。」
「行くっ!」
(即決かよ......)
「ついた~!」
あれからすこし経ち、約束のゴールデンウィークがやってくる。
俺の地元は、東京から公共交通機関を使って、約3時間ほど。
電車がないとか田舎すぎる訳ではないが、家から最寄り駅まで車で15分ほどで、そこに1時間に1回電車が来る。
それぐらいの場所だ。
「空気が美味しいわね...」
「そうだな......」
都会から遊びに来た親戚が、来るたび来るたび空気が美味いと言っていた意味が、
ようやく理解できた。
駅からバスを使い、近所のバス停で降りる。
そこからは家まで歩きだ。
遠くの方に見える山の間にあるダムに、何故か感慨を覚えた。
(少し離れていただけなのにな......)
辺りを見渡しながら家に向かって歩いていると、懐かしの公園に困った様子の子供がいる。
「すまん、ちょっと見といてくれ。」
そう言って蓮音に荷物を押し付ける。
「おい、どうしたんだ?」
5歳ぐらいの女の子が、おどおどした様子で木の上を眺めている。
「あ、あのね、家の猫が木の上に登っちゃって......」
「あ~......」
女の子の視線の先に目をやると、確かに首輪のついた黒猫が木の上でくつろいでいる。
「お母さんは?」
「おやつで呼ぼうって言って、おやつを家に取りに行っちゃった......おやつでダメなら、私もうラクと遊べない?」
ラクという猫なのだろう。
今にも泣きそうな表情でこちらを見つめている。
「大丈夫。 お兄ちゃんに任せろ。」
(昔から動物には何故か好かれるからな...)
そんなことを考えながら、俺は猫を驚かせないように、静かに木を登る。
「よっと......ほら、ラク?おいで」
「ニャ~ン」
ラクと同じ高さまで登った俺は名前を呼んで、膝の上と誘導する。
「よしよし、いい子だ...」
黒猫を少し撫で、抱いたまま木から降りる。
「はい。 賢い猫ちゃんだね」
俺は保護した黒猫を、女の子の腕の中へと返す。
「...お兄ちゃんすごい!どうやったの?!風みたいに、木を、びゅーーん!って!」
「はは、実はお兄ちゃん、忍者なんだ」
「すごーい!」
小さい女の子から、羨望のまなざしを受ける。
なるほど。 悪くない。
「なにニヤついてるのよ」
後ろから蓮音に荷物の入ったバッグで叩かれる。
「いて」
そんなに顔に出てたのか?俺
「お~い!
そんな時、公園の入り口の方から猫用のおやつを持った女の人が走ってくる。
その人には見覚えがあった。
「ううん!この忍者のお兄ちゃんが助けてくれた!」
「え?」
困惑した表情で俺と蓮音に目を向ける。
「蓮音ちゃんってことは......叶羽くん!?」
「お久しぶりです......
「そっか~柊さんのとこから聞いてるわよ?2人一緒に暮らしてるんだよね?
「そうですけど...うちの親はすぐ言うなぁ...ほんと」
東
俺と蓮音が小学校の時に結婚と同時に引っ越してきて以来、面倒見のいい地域のお姉さんみたいな人だ。
「桃ちゃんも、大きくなったわね!」
「蓮音お姉ちゃんも綺麗になった!」
俺は蓮音と疎遠になってから、あまり東さん宅にお邪魔することは無かったが、どうやら蓮音は通い続けていたらしい。
まるで年の離れた姉妹だ。
「叶羽君は覚えてないみたいね」
「まぁ、いろいろ変わりましたからね」
「まぁそれは置いといて....」
桃ちゃんと会話を続ける蓮音に聞こえないように、俺に耳打ちをしてくる。
「結局、蓮音ちゃんとは仲直りできたの?」
「んー......まぁぼちぼち...ですかね?」
「2人が会話出来てて安心したわ。 蓮音ちゃん、ずっと不安そうだったもの」
「?」
「私のせいで~ってずっと言ってたわよ? なぜか家事も教えてほしいってお願いしに来るし...おかげで桃の世話もしてくれて助かったけどね?」
東さんは優しい人だ。
本当にずっと心配していてくれたのだろう。
「そうですか......とりあえず、俺達家に帰ります。 母さんも待ってるし」
「うん! 帰省中暇なら桃と遊んでやって!」
「分かりました」
公園で東さんと別れた後、もう一度家に向かって歩き出す。
「そういえば良かったの?本気出して。 嫌なんじゃないの?本気出すの」
「地元だし、気にすることもないだろ。 大方の人が俺の事知ってるし」
本気を出して目立つのが嫌ではなく、蓮音に迷惑が掛かることが嫌だったしな...
「まぁ、このゴールデンウィーク中は自由ってわけだ!」
「ふ~ん...あんたがいいならいいけどね」
「お帰り~!蓮音ちゃん!それと叶羽」
「ただいま~トモちゃん!」
今夜は蓮音家も俺の家に集まり、食事会を行うようだ。
(母親なのに幼馴染の女の子優先かよ...)
母親に呆れながらリビングへと向かう。
「おお~!叶羽君お帰り~!ささ、座って」
「どもっす」
陽気な蓮音の父、川崎
「うちの蓮音と上手くやれてる?」
「ぼちぼちです」
「一緒に寝てたらしいじゃない?」
「......」
蓮音の母、川崎
「偶然ですって......」
「あら、偶然で高校生の男女が一緒のベッドで寝るのかしら?」
「もう...やめてあげてお母さん。 私が学校のこと話に行って、寝ちゃっただけだから」
俺の隣に座った蓮音が、自身の母の暴走を止める。
「あら? 蓮音から行ったのね~!」
「違うから...」
「ごめんね、蓮花さん。 うちの叶羽が甲斐性なしで」
俺達の飲み物を取りに行っていた母さんが、俺の事をディスりながらやってくる。
「甲斐性無しってなんだよ......」
「あら、本当の事じゃない」
「はぁ...父さんと
藍とは、今年中学生になったばかりの俺の妹だ。
「父さんはお寿司予約しに行ったわ、今夜はお寿司なの」
「ネットで予約すればいいだろ?」
「ん~久しぶりに会うから緊張したんじゃない?」
「なんだそれ...」
「藍はちょっと前に出掛けたわ」
「...そっか」
藍は昔、お兄ちゃん子だった。
俺が暗くなった頃、蓮音と疎遠になった頃だろうか。
藍にとって兄がどんどん憧れる対象から外れていくのが気に入らなかったのだろうか、俺が家を出る前にはほとんど口をきかなくなってしまった。
「まぁ、ゆっくりしていきなさい!」
......そうは言ってもここは田舎。
特に遊びに行くでもなく、親同士の会話をバックに、俺達はテレビで動画をだらだらと眺めていた。
「...蓮音? 勉強はいいのか?」
「ん~...夜する~」
蓮音もぽかぽか陽気にやる気が出ないのか、俺の隣で見たい動画の再生を促すだけだ。
「あ~...そういえばあんた、今日の晩御飯なにがいい~?」
「...今日はいらないぞ?」
「......あ」
気が抜けすぎて何も考えていなかったのだろう、後ろから面倒臭そうな視線を感じる。
「あんたたち本当に夫婦みたいね~、ね?蓮花さん」
「本当ね~!」
言葉狩り、とでもいうべきか。
1つの言葉に異常に反応してくる。
「もう、お母さん面倒臭い!トモちゃんも!」
「え~いいじゃん!自分の娘の生活は気になるものよ?」
「大丈夫!」
「叶羽がなんかやらかしてない?」
「......それはちょっとあるかも...乙女の気持ちが理解できてない...みたいな?」
「やっぱり...ごめんね?蓮音ちゃん」
「いや、別に気にしては無いんだけど!」
既に蓮音に対処を任せることを決めた俺は、テレビの画面に集中していた。
「叶羽君、蓮音は迷惑かけてない? 家事出来なかったしね、この子」
「え?いや別に......俺は蓮音がする料理も、掃除も好きですよ」
昔の蓮音を知っていると、努力を感じられる。
料理も美味しいし、部屋は常に綺麗。
不満はなかった。
「んぅ......//そういうとこだから!あんた!」
そう言った蓮音が強めに叩いてくる。
「はぁ?なんだよ」
「......なんにもない!」
「...?」
困惑していると、母さんの手が俺の肩に置かれる。
「あんた...やるね」
「なにが?」
理解が及ばないまま、その話は流れる。
(どういう事だ...?)
面倒なゴールデンウィークになる予感を、既に俺は感じていた。
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