06:もう逃げない


「とりあえずお昼でも食べるか」


その後も、特に田中達のデートにトラブルは無いまま時間は12時前になっていた。


お昼が終わって映画館に行くまで尾行はいらないという提言があり、俺達は昼食を済ますためにフードコートに来ていた。


休日のお昼ということもあって、モール内のフードコートは家族連れでごった返していた。


幸運なことに空いた2人用の席にすぐさま腰掛ける。


「俺が買いに行ってくる。 蓮音は何が食べたい? あのおもちゃ付きのファストフードか?」

「いつまで子供だと思ってんのよ! 別に何でもいいからあんたが買いに行く店で適当に買ってきて」

「俺はうどんにするが、それでいいか?」

「私あったかいやつでよろしく」

「はいよ」


俺は席を立ち、混雑しているフードコート内を目的の店に向かって歩く。




「ほれ」


俺は買って来た品を蓮音の前に置く。


「ありがと。 いくらだった?」


そう言って蓮音は財布を取り出す。


「あ、俺の奢りだから金は要らない」

「は?そういうわけにもいかないでしょ?」

「最近ご飯は蓮音に作って貰ってるしな。 感謝の印だと思って素直に受け取ってくれ」

「トモちゃんからも食費とか貰ってるし、そんなの関係ないわよ。 払うから」


無理やりお金を渡そうとしてきた蓮音を俺は手で制止する。


「こういうところでしっかり感謝を行動に移しとかないと後々母さんがうるさいんだよ...昨日も、うまくやってるか?とか聞かれてさ」

「あ~......確かに。 トモちゃんまた様子見に来るって言ってたもんね~」

「え何それ知らない」


どうやら重要事項が息子より先に幼馴染に伝わってるらしい。 どうなってんだうちの親。 蓮音の事好きすぎだろ...


「まぁいつかは決まってないって言ってたけど......1学期が終わるまでには来るんじゃない?トモちゃんはなんやかんやあんたの事心配してるし。」

「蓮音に会うための口実だろ」

「ははっ、そうかも」






昼食を済ませた俺達は、この後の予定について話し合っていた。


「田中が言ってた映画の時間まで40分ぐらいあるが、何か行きたいところとかあるか?」

「文具店かな?思ったより提出物でノートとか足りなさそうだから」

「提出物なんてあったか?」


記憶をたどるが各担当の教師から提出物などという単語が発せられた記憶が見当たらない。


「ゴールデンウィーク明けにテストがあるでしょ。 先にテキスト系だけでも終わらせておこうと思ってね」

「あー......」


確かにテストがあると言われた記憶はある。


「あんたテストの対策しなくて大丈夫なの? 一応私たちの学校のテストの難易度かなり高いわよ?」

「ん~...まぁ大丈夫だろ。」


「...あのさ、前から思ってたんだけど...なんで私が入試トップなの?」

「そんなの...蓮音が努力したからじゃないのか? 誰にも負けないぐらい」


俺は蓮音と疎遠になってから順位に固執する事をやめた為、蓮音がどのくらい学力を伸ばしたのかは知らないが、入試トップはそれなりの努力だけで取れるものではないだろう。


「それはそうなんだけど...!私、あんたに......いや、叶羽に勝てるはずないって思ってた...ううん、今も思ってる。」

「なんだ? 俺は蓮音の中で神か何かなのか?」

「そこまでは言わないけど......」


そんな会話をしている間に文具店に到着する。


「俺も悪い成績取りたくないし、テスト勉強一緒にするか。 勉強教えてくれよ、主席さん。」

「なんだか気に入らない呼び方ね......本当に教えて欲しいなら教えるけど、手加減しないから。」

「それなりでお願いします...」





文具店で買い物を済ませた後、俺達は映画館へと向かう。


「人多いな......」


俺が下調べをしていた段階ではここまで人が多くなるとは思っていなかった。


とりあえず映画館に入場するためにチケット売り場へと向かい、空席状況を確認する。


「佐藤さん達、チケットとれたのかしら...」


蓮音が不安がるのも無理はない。


受付の店員さんに提示された現時点での空席は映画館全体にぽつぽつと散らばっているものしか残っていなかった。


「それは問題ないと思う、予約するように事前に言っておいた」

「それならよかった...私たちはどうする?映画見る? 買い物で時間潰してもいいけど...なんか行きたいところある?」

「無い」

「じゃあ...これ見ない?」


そういって蓮音が指した人差し指の先は怖すぎるで評判のホラー映画を向いていた。


「...お前怖いの苦手だろ...」

「興味はあるの!興味は!多分誰かが居たらいけると思うの!」

「まぁ...いいけど」

「席はこのペアシートにしましょう!両隣に知らない人来ても嫌だし!」


端の席を取って俺がその横に座れば良いだけなのだが、それは口に出さない方がいいのだろうか...




席に移動した俺と蓮音は流れる広告を眺めながら上映開始を待つ。


そうしていると袖を引っ張られる感覚があった。


「...ん」


俺に向かって右手を差し出してくる。


「あー......」


そういえば小学生の頃、ホラー映画を見る時は手を握るルールみたいなものがあったな...


俺は蓮音の手を握る。


「...もっと強く」

「......はいよ」


久しぶりに握った蓮音の手は小さく、温もりがあった。




「ひっ...!」


映画のクライマックスとも言える大見せ場。


既に蓮音の恐怖心は羞恥心に大差で勝っているのだろう。 


昔でも手を繋ぐ以上の事は恥ずかしがっていた蓮音は俺の腕にしがみつき、少しでも恐怖から逃れようとしていた。


そのまま映画が終わり、シアター内に灯りが戻ってくる。


「どうだった?」

「......よゆーだったし」

「...そりゃよかった。 じゃあ腕離してくれるか? 立てない。」

「あんたが怖くないようにやってあげたんだからね!?」

「はいはい」


そこでようやく俺の腕が解放される。


「じゃあ行くか。」


俺は荷物を持って席を立ちあがろうとする。


「まって」


蓮音が手をもう一度握ってくる。


「もうちょっとだけ...にぎっててよ...」


その後田中達は無事にデート終えたが、蓮音は家に帰るまでずっと手を握ったままだった。





ガチャ


「......起きてる?」


午前1時ごろ。


蓮音は俺の部屋を訪ねてくる。


俺はベッドで横になりながら読んでいた本を机に置き、起き上がる。


「なんだ? 何かあったのか?」

「別に...話したいことがあっただけ」


蓮音は部屋の中に入り、俺のベッドに横たわる。


「年頃の女の子が夜中に男の部屋に来るのはどうなんだ?」

「いいの。 私気にしてないし」

「ハア... で、何の話をしに来たんだ?」


さっさと本題に入らせる。


「勉強の話よ。 やっぱ全力というか...あんたがやりたい様にできてないんじゃないかって」

「俺はやりたいことをやってるよ」


その言葉に嘘はなかった。


友達ともいえる存在と話し、放課後は自由に読書...悠々自適な生活で、特に不満があるわけでもなかった。


「...私がケガしたから?」

「それは違う」


俺が全面的に悪いだけ。


「じゃあ何で急に私と話してくれなくなったの?」

「それは...」


俺が、弱かったから。


「私ちょっと前に言ってたよね...?あんたが何をしても私に一切関係ないって。

私に構ってたら意味ないって。」


確かに記憶の片隅に残っている。 


妙な言い回しだとは感じていた。



「もう気にしなくてもいいよ?私の事」


蓮音は蓮音なりに責任を感じたから、わざわざ東京まで来たのだろうか。


俺はどちらにせよ、自分を1番に見せることに意義を感じなくなっていた。


蓮音の為にやっていた事が、蓮音を傷つけたのだから。


「別に蓮音がいるから本気でやってないわけじゃない。 わざわざ昔みたいに1番を取ることに意味を感じなくなっただけだ。」

「......やっぱり全力じゃなかったんだ」


そういう蓮音はどこか嬉しそうだった。


「私、叶羽に全力を出させる。 それで皆に叶羽のこと知ってもらうの...ホントはすごくかっこいいんだって...」


そう呟いて蓮音はゆっくり目を閉じる。


「......おい」

「なに...?」

「お前1人で寝るの怖いから寝に来たんだろ」

「チガウヨ」

「最初からおかしいと思ったんだ。 話に来た奴が枕持ってるか?」


起床を確認しにきた段階で蓮音の腕にはしっかり枕が抱かれていた。


「私、旅行先にマイ枕持ってくタイプだから」

「それとこれは話が別だろ」

「いいじゃん!別に!」

「一緒に寝るのはダメだろ普通に」

「.............トモちゃんに言おうかな、叶羽君が意地悪してきますって」

「あぁぁぁ!もう早く寝ろ!」


そう言って俺は勢いよく電気を消す。


息子より幼馴染に入れ込んでる母親を持っている以上、俺に勝ち目はないだろう。


暗い部屋の中、狭いベッドの中に静寂が訪れる。


「...ねぇ、私本気さっきのこと思ってるよ」

「全力みたいな話か」

「うん...叶羽が全力を出さないといけないみたいな状況に私がしたら怒る?」

「......蓮音が学校でどんなことをしようと俺には関係ないだろ。 

その行動にケチなんてつけないよ」

「...そっか」


しばらくして蓮音がスースーと寝息を立て始める。


どんなことをされても本気で取り組むつもりは毛頭ない。


(でも...)


もし...仮に本気を出したとして、それがどんな結果を招いたとしても。


(俺は...)


もうその結果から逃げたくない。







































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