02:私のヒーロー
「そろそろか......」
図書室で読書に耽っていると、いつの間にかリレーの出番の20分前にまで時間が迫っていた。
俺は遅れる訳にもいかないため、校舎の中を通らず中庭から出ることにする。
中庭はあまり頻繁に手入れされることは無く、直射日光があたらず、自然に包まれ、ベンチもあるしで俺がひそか目をつけているぼっち専用スポットだ。
(...ん?)
今回のフィナーレともいえるリレー対抗戦を前に俺以外の生徒など全員グラウンドに向かっていると考えていたが、俺以外にもそんな隠れ家的な場所に、それに意外な人物が残っていた。
(蓮音......?)
ベンチに座り、静かに寝息を立てている。
木々の隙間から差し込む光と、蓮音の肩に止まっている蝶のせいだろうか。
蓮音は可憐な花のように見え、その周りに踏み込むと深い水の中に沈んでしまいそうな神秘性があった。
(っていうかこんなとこで寝てたら間に合わないぞ!)
俺はそんな考えを振り払い、眠りから覚ませさせるために近づく。
(顔が赤い......それに呼吸もすこし荒いか?...)
新生活が始まってすぐ夜更かしだ。 体が疲れに対してギブアップしてもおかしくはないだろう。
「おい。 蓮音。 起きろ。」
「ぬぅ~...」
「起きろ。」
少し蓮音の体を揺らしてみる
「ん~? 叶羽......くん?」
(叶羽君なんて久しぶりに呼ばれたな......)
地元にいたころ、蓮音はいつも俺をそう呼んでいた。
薄く目を開けた蓮音は、徐々に状況を理解する。
「な、なんであんたがここにいるの!? 学校では話しかけないでって言ったでしょ!?」
勢いよく起き上がった蓮音が勢いよく叱ってくる。
「仕方がないだろ......周りには俺しかいないし、リレーまであと10分ぐらいだぞ?」
「え?うそっ!行かなきゃ!」
立ち上がり、昇降口に向かおうとする蓮音の腕を掴む。
「きゃ......な、なに? 急いでるんだけど!」
「......大丈夫なのか?」
「な、なにがよ」
「調子、悪いんだろ?大事を取って......」
「うるさいっ! 私が引き受けたんだから今更やめるなんて出来ないでしょ! 周りになんて思われるか分かんないし......っていうか、あんたが何しようと私には関係ないけど、私に構ってたら意味ないでしょ!?」
そういって、強引に腕を振り払われる。
急激に体温を上げた反動か、一瞬ふらついたようにも見えた蓮音は急ぎ足で昇降口へと向かう。
(そこまで嫌われてたのか......俺。)
これから蓮音と関わることは家での事務的な作業のみだろう....そんな予感がしていた。
「お~いとわちん!こっちだ!」
田中に呼ばれ、駆け足でリレーの列に並ぶ。
「遅いぞ~?とわちん。ギリギリだぞ?」
「すまん。少し時間計算を見誤った。」
「まぁ、間に合ったからいいけどさ」
俺が到着したのは本当にギリギリだったようで、田中との会話を終えた後、すぐにグラウンドに響くスタータピストルの音と共に第一走者が走り出す。
このリレーは1人当たり200メートルを10人分走るといる単純なルールで、俺はアンカー。 第9走者の蓮音にバトンを渡すのが田中だ。
新入生歓迎会という名目で、ほとんどお遊びと考えていたのだが......
(ガチだな、あいつら。)
走者は殆どが運動部。 アンカーも陸上経験がなければだれでも良いので、他のクラスは当然のように運動部の奴を入れているだろう。
しかし、俺のクラス1年A組はほかのクラスより陸上競技の経験者が多く、それなりのリードをつけながら第8走者までバトンを渡す。
(田中って足早いのか?)
バトンを受け取った田中はすごい勢いで加速し、どんどん2着を突き放していく。
蓮音に渡す直前で50メートル近くの差があった。
蓮音は運動神経が悪い方ではない。 陸上部の奴らが差を縮められたとしても差は
30メートルが限界と言ったところだろうか。
蓮音が本調子なら。
圧倒的なリードを保ったままバトンは蓮音に渡る。
走る蓮音は一見健康体で一生懸命走っているように見えるだろう。
(やっぱ辛そうだな)
この場で幼少期の頃から蓮音を知っている俺だけが唯一蓮音の苦悶の表情を感じとれた。
(差は......20メートルぐらいになりそうか......)
それぐらいの差があれば1着をとってもおかしくないだろうと考えながら俺は1レーンへと入る。
普通の走者より倍辛いであろう蓮音は力を振り絞り最後のコーナーへと差し掛かる。
勝てる希望が見え始め、クラスメイトの応援も、観客の熱量も最高潮に達した時。
無常にも手からバトンが離れてしまう。
クラスメイトからは小さい悲鳴も上がっていた。
(そこそこのタイムロスだな......)
時間にして約3秒ほど。
しかし加速しきった走者達は容赦なく蓮音を抜いていく。
蓮音が再び走り出した頃にはすでに順位は4位まで転落していた。
(まぁ、仕方ないだろう。)
俺が忠告をしても無視し、このリードなら蓮音以外の人でもそれなりの距離は離せていたはずだ。
蓮音の責任感が人一倍強いことは知っている。
誰よりも優しいのも知っている。
(でも...)
でも、他人を頼れない。
今回の事はそれが災いした結果だろう。
(まぁ、いい薬になっただろう。 俺も順位を気にしなくて済むしな......)
適当に走って4、5着で終わらせよう......そう思いながらバトンを受け取るしぐさをしながら少しだけ助走を始める。
バトンを渡すため、蓮音は俯いていた顔を上げる。
涙がこぼれていた。
幼い頃、泣かせないと誓った蓮音が。
バトンを渡し、俺にしか聞こえない声量で話す。
「ごめん」
自責の念からの謝罪だろうか。 忠告を受けなかったことについての謝罪だろうか。
俺は分からないまま、全力で駆けていた。
一着でレースを終えた後、真っ先に蓮音に駆け寄る。
俺にバトンを渡した後、少し歩いてそのまま倒れてしまったのだろうか、クラスメイトが輪になるように心配の声をかけている。
「ごめん、先生に頼まれたから蓮音さん保健室に連れていくね。」
「え、う、うん」
クラスメイトも衝撃の連続でうまく状況を呑み込めていないようだった。
すんなり輪の中に入り、蓮音を抱き上げることに成功する。
「田中、また全部話すからとりあえずいろいろ頼んだ。できるだけ穏便に。」
唯一信頼のおける友人の田中にこの後の事態の収拾を図るように耳打ちして、俺は保健室へと向かう。
「な...なんでお姫様抱っこなの...?」
朦朧としてるであろう意識の中、蓮音が語り掛けてくる。
「緊急事態だ、許せ。」
「おろし...て...」
そういって眠ってしまう。
「それじゃあ、私少し空けるからね?なにかあったら職員室に来るのよ?」
「ありがとうございます。先生。」
ガララ...
一通りの応急処置が終わった後、蓮音は保健室のベッドに寝かせてもらっていた。
呼吸も安定してきたので、保健室の先生は会議の予定で保健室を抜けた。
「......叶羽君...?」
薄っすらと目を開けた蓮音は疲れと熱のせいで過去と意識が混濁しているようだった。
「...なんだ?」
「...ごめんね...あたしのせいで...自由にできなくなったんだよね...」
恐らく、俺が何もかも真面目に取り組まなくなったことについてだろう。
「...違う。俺がやりたくてやったんだ。」
「...そっかぁ...叶羽くん。 あたしね、夢、見たんだ......叶羽くんが運動会であたしのために一番取ってくれるの...。」
「...そうなんだ。」
「あたしね...かっこいい叶羽くん...すき...だったよ...いつも...ひーろーみたいで.......」
そう言ってもう一度寝息を立て始める。
「...好きなんて言われたことない...」
自分でも頬が紅潮している事を自覚しながら、すやすやと眠る蓮音を愛おしく感じていた。
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