01:新学期
新学期。
それは始まりの季節。
この日入学式の俺、
「ずいぶん眠そうね。 ただでさえ暗いのに機嫌も悪そうで最悪よ?」
「いつも通りだ」
寝室を出ると実家から送られてきた幼馴染、
俺と蓮音は中学の頃ある事件から疎遠になり、今現在の仲は最悪だ。
蓮音が家に来た時が実に一年以上ぶりの会話だった。
「これ、朝ご飯ね。 あとお弁当もあるから。」
そう言って蓮音は健康的な和の朝食をテーブルの上に置く。
どうやら、蓮音は俺が起きる前に朝食を済ませたらしい。
(わざわざお弁当まで......手間だろうに......)
「悪いな......」
「別にいいわよ。 トモちゃんの頼みだし。 それとあんた、学校では絶対に話しかけてこないでよね。 あんたが何をしようが、私に一切関係ないから。」
「学校......?」
そう言われて、蓮音の来ている制服に目を通す。
「お前......俺と同じ学校か......?」
「そうよ、トモちゃんから聞いてないの?」
「聞いてない......」
「はぁ......まぁいいわ。 とにかく、話しかけてこない事! 私もう行くから!」
そういってそそくさと蓮音は行ってしまう。
(ずいぶん早いな......)
時刻は7時30分前。
始業時間まであと1時間ほどある。
まぁ、入学式ということもあって気合が入っているのだろう。
「うまそうだな......」
机の上の朝食を見て、思わずそう零れた。
入学式。
知りもしない校歌を斉唱と言われ、体育館にCDの大きな声が鳴り響く。
かろうじて口を開いている教職員たちの声は、完全に音源に飲まれている。
「春の陽気が~......」
最早定型文とも言える校長の挨拶が終わった段階で限界だった俺の眠気を一気に覚まさせた声があった。
「新入生代表。 川崎 蓮音」
もちろん新入生代表に知人、しかも同居人の名前が聞こえてきたことに驚いたのは当然だが、俺が通うこの学校は東京、いや、全国でも上位に位置するほどの進学校だ。
(あいつ、そんなに賢かったのか。)
この学校に入学できる時点でそれなりだが、新入生代表とは......
「川崎さん、賢いんだね~!」
「いやいや、頑張って勉強してただけだよ~」
運命とは数奇なもので、俺は蓮音と同じクラスへと振り分けられた。
見た目もよく、頭もよく、その上愛想もいいとなればすぐにクラスの中心人物だ。
話しかけるなとかそういう問題ではなく、今の俺では話しかけようとすることもないだろう。
「なんだ?お前も川崎さん狙いか?」
突然、後ろから声を掛けられ、声の方に振り向く。
「いや、あんな人気者と関わることもないだろうし、関わろうともしてない。」
「おお......あんな完璧少女を見て興味がないと申すか......お前面白い奴だな」
「そりゃお眼鏡にかなったようで何より。 で、あんたは誰だ?」
「おぉわりぃ。 俺は
「ずいぶん古風な名前だな.......」
「や・め・ろ。これでも気にしてんだ」
「じゃあ......田中は蓮音に興味はないのか?」
「蓮音......?」
まずい。 いつもの癖で下の名前で呼んでしまった。
「いや、川崎さんだ。間違えた」
「そうか......? まぁ俺は川崎さんみたいなおしとやかなタイプより元気ハツラツ!みたいな方が好きだな」
「確かに、田中に合いそうだな」
田中の髪色は明るく、いかにもオシャレな東京の高校生という感じだ。
少し焼けた肌と足についた筋肉を見るに陸上競技でもやっているのだろうか。
「で、お前の名前は?」
「柊 叶羽。 呼び方は自由でいい。」
「おっけ~とわちん」
「とわちん......」
流石に少し幼い気がするが......
「ダメ?」
「まぁ......いいけど......」
「じゃあこれからよろしく!とわちん」
時間は4限終わり。 流石は進学校と言ったところだろうか。
新学期恒例、各授業のオリエンテーションを4限で終わらせてしまった。
「とわちん。お昼食べよ~」
田中が声をかけてくる
「いいのか?俺みたいな暗い奴と」
「いいって、俺達もう友達だし、なんかとわちんとは気が合いそうな気がすんだよね~」
机を向かい合わせ、田中はコンビニエンスストアで購入したであろうものを。俺は蓮音に作ってもらったお弁当を広げた。
「とわちんお弁当なんだ~自分で作ってんの?」
「ん~まぁ知り合いに」
「ふ~ん.......彼女?」
からかうように聞いてくる。
「違う。 ただの知り合いだ」
「ふ~ん。 あ、そうだ。 とわちん、新入生の歓迎会みたいなのどうするの?」
「あ~......」
そういえば朝のホームルームの時、担任が歓迎会があると言っていた。
まぁ、歓迎会という名の体育祭の縮小版のようなものだが......
「楽そうなやつかな。 玉入れとか」
「え~地味だなぁ。 リレー出ようよ!俺と!」
「嫌だ。 目立つだろうが」
「いいじゃ~ん!」
「嫌だ。 応援はしといてやるよ。博」
「とわちん......俺の事好きなの?」
「なわけあるか!」
5限のホームルームで新入生歓迎会の内容について話された。
田中はもちろんリレーの代表となり、その他も陸上部の男女が順調に立候補していった。
「あと二人か......」
担任がそんなことを口に出す。
「誰かほかにやりたい奴はいないか?出来れば陸上未経験で。 アンカーを陸上経験者が担当することは出来ないんだ。」
(そんなアホな......アンカーが可哀そうだな......)
「川崎さんがいいんじゃない?」
クラスメイトの一人がそんなことを言い出した。
「え?私?」
「川崎さんか......運動は苦手か?」
「いえ......苦手では......」
「じゃあすまないが頼めるか?」
「ん~まぁ、アンカーじゃなければ......」
「助かる。」
担任に頼まれ、蓮音はリレー選手を渋々受け入れる。
「あと一人はアンカーということになるが......やりたい奴は......いないよな。」
一応教室内を見渡すも、手を挙げる奴がいるはずもなかった。
「じゃあ悪いが、くじ引きで決めさせてもらうぞ」
どこから取り出したのか分からない丸い筒から、一本の割りばしを取り出す。
「アンカーは......柊!頼んだぞ!」
一斉にこちらに向いた視線で教室内は一気に絶望の雰囲気が漂いだす。 勝てないと感じたからだろう。
(失礼な奴らだ......俺も嫌だぞ......)
5限が終わった後、帰ろうとしていると田中が声をかけてきた。
「やったなとわちん!一緒に走れるぜ!まぁ、俺陸上部だったからアンカーが出来なかったのは残念だが......」
「最悪だよ......ついてね~」
「まぁまぁ!俺ら陸上経験者が未経験の二人にすっげえリード作るっていう作戦になったから!俺らに任せろ!」
「......まぁ、頼んだ」
(なら俺はそれなりでいいか。)
家に帰ると、蓮音はすでに帰っていたようだった。
俺はまっすぐに自分の部屋に入り、趣味である読書に没頭する。
時間が来るとリビングへ行き、蓮音と無言の食事を済ます。
「片付けは俺がやっておく」
「......そ。」
そっけない態度の蓮音はそのまま何も言わず自分の部屋へと戻ってしまう。
学校の姿からは想像もできない、俺が知らない蓮音。
(俺、全然蓮音の事知らなかったんだな)
洗い物が終わり、ソファーでくつろいでいると蓮音が部屋から出てくる。
「私、お風呂入るから。 覗かないでよ」
「言われなくても覗かねーよ」
「......ふんっ」
そういってせっせと風呂場へ向かう。
(キツイな.....)
一時期恋心を抱いていた相手に冷たくあしらわれるのは少し悲しいものがあった。
俺も蓮音の後に風呂に入り、寝る準備を済ませたら時刻はもう12時前を指していた。
それにも関わらず、蓮音はリビングのテレビに見入っているようだった。
「......寝ないのか? 明日、リレーだろ?」
「あとで寝る。 このドラマ、友達に勧められたし...見なきゃ......」
「......そうか。 早めに寝ろよ。」
(クラスの人気者も大変だな......)
そう思いながら、俺は自室に戻り、床に就いた。
俺は昨日と同じように健康的な春の日差しに起こされた。
昨日と同じようにキッチンに立っている蓮音に声をかけられる。
「おはよう。 朝食今日も作っておいたから。 今日は歓迎会で4限で終わりだからお弁当は無しね。 お昼は適当に食べて。 じゃ、私行くから。」
今日も健康的な朝食を取りながら朝のニュースを見る。
テレビは星座占いのコーナーだった。
(12位.....山羊座......蓮音、確か山羊座だったよな?)
そんなことを考えていると時刻が8時になったことを告げる画面に変わる。
「やば、遅刻する」
俺は朝食を食べるスピードを上げた。
「ようとわちん!俺らの出番までどうする?他クラスに可愛い女の子がいるか探しに行くか?」
「悪いがパスだ。 リレーまで体力を温存する。 よって女の子探しはお前に託した。お前にしか出来ない仕事だ。」
一人で本を読みたかったので田中には一人で女の子探しに行ってもらおう。
「任せろ!とわちんの分まで探してきてやるからな!」
やる気に満ち溢れた表情の田中は猛スピードでグラウンドへと向って行く。
(さて......)
昨日覚えた校内の地図を思い浮かべながら図書室へと向かう。
(ん?)
ガコッ
途中で自動販売機から飲み物を取り出す蓮音と遭遇する。
「何見てるの?」
鋭い目つきで睨んでくる。
「いや、珍しいなって。」
「え?」
「スポーツドリンクを飲むお前なんか見たことないぞ?」
「私の勝手でしょ? もうあなたが知ってる私じゃないの。 もう中学生のわたしじゃ...」
そこまでいって、言葉が止まる。
「......何でもない。」
そう言ってそそくさと行ってしまう。
「..........図書室行こ...」
そうして俺達は反対方向へと歩き出す。
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