第44話 クリア報酬

 ハリケーンの直撃を受けた影の巫女は、そのまま液体に戻って地面へと消えた。

 どうやら竜巻は有効打となったらしい。


「ふう……これで終わりか?」


 ほっとしたのも束の間、隣でドサリと音がした。

 振り返ると、シズクは地面に倒れ、気を失っていた。


「シズク!?」


 ××××××××××


「あ、起きた」


 シズクが目を覚ましたのは、戦いから1時間後だった。

 彼女にとって影の巫女との戦闘は、精神的にキツい戦闘だったのだろう。

 休める場所まで移動した俺は、シズクが目を覚ますのを側でずっと待っていた。

 その間、新たな敵が出現しなかったのは幸運だった。


「マスター……ごめんなさい」


「別に気にしなくていいよ。それより体調の方は大丈夫?」


「……はい、大分良くなりました」


 そう言うシズクの顔には、まだ少し疲労の色が残っていた。


「本殿に入るのはもう少し後にしようか」


「はい……」


 俺がそう提案すると、シズクは素直に頷く。


「マスター……少し、いいですか?」


「ん?」


「……その、ありがとうございます」


 そう言って、頭を下げるシズク。

 お礼を言われる様な事をした覚えはないけど……。


「……正直に言うと、怖かったんです」


「怖かった?」


「……はい」


 シズクは自分の両手見つめながら、伏し目がちにポツポツと話し始めた。


「あの御方は、この大神院の祭主様です。マスターも知っての通り、私は罪を犯しました。祭主様は、ずっと私を恨んでいるのでしょう……」


 そう言って、再び悲しみに打ちひしがれた表情を見せる。

 するとシズクは、以前は回答を拒んでいた自身の願いについて、そっと打ち明けてくれた。


「私の望みは、罪を償うことです……」


「……うん」


「死して償う。祭神を殺めてしまった私に、大神院が提示した唯一の贖罪です。そうして私は処刑されました」


 そうか。シズクが死んだ理由は、処刑されたからだったのか……


「私は罪深く、呪われています。本来であれば私はその場で死ぬべきでした。けれど私は望んでしまった。誰かに赦される事を」


 シズクはそう言って、苦しそうに目を閉じる。

 だからこそ運営と契約してでも、別の世界で罪を償うことを望んだと。


「処刑が決まった時も、大神院が私を赦す事はありませんでした。私は死んで償うより、生きて罪を償いたかった。誰かから赦され、誰かに愛されたかった」


 まるで懺悔の様に、自らの心情を吐露するシズク。

 その姿は、どこまでも痛ましく見えた。

 彼女と同じ世界で生きてこなかった俺が、彼女の苦しみを和らげるのは簡単な事じゃないだろう。

 俺が何を言っても気休めにしかならないし、無責任だと思われてしまうかもしれない。けど、何かを言わなければと思った。


「シズク」


「はい?」


 俺は無意識にシズクの頭を撫でていた。

 少しでも安心させる様に、優しくゆっくりと。


「俺には、シズクの罪を赦す事は出来ないかもしれないけれど、シズクの側にいてあげる事は出来る。もし誰もシズクを赦さなくても、必ず側にいるよ」


「……マスター?」


「それに俺はシズクのマスターなんだから、俺はもう共犯者みたいなものだよ。だから、もう独りで罪を背負おうとしなくてもいい」


 我ながら臭いセリフだと思ったけど、それは紛れもなく俺の本心だった。


「ありがとう……ございます」


 シズクはそう呟いて、少し嬉しそうに顔をほころばせた。

 それは、初めて見る笑顔だった。


 ××××××××××


「さて……そろそろ本殿に行こうか」


「……はい」


 シズクの具合が回復したタイミングで、俺たちは本殿に入ることにした。

 大扉の取っ手に手をかけて、ゆっくりと開ける。

 ギギッという音と共に、扉は簡単に開いた。


 本殿の扉を開けた瞬間、また新たな敵が出現するかと警戒したが……どうやら、そんな仕掛けはないらしい。


「とりあえず中に入って確認しようか」


 本殿の中は薄暗く、神聖な雰囲気が漂っていた。

 左右に分かれた太い列柱と、高い天井で出来た静謐な空間。

 その最奥には立派な祭壇が設けられており、左右には均等な間隔で、神様を模ったと思しき像が並んでいる。

 ここが大神院の中心であり、最も神聖な場所である事は疑いようもなかった。


 そして祭壇の中央には、神具の様な物が置かれていた。


「これは、勾玉……?」


 サイズはビー玉より少し大きいぐらいだろうか。

 深い闇の中に、星々が瞬く様に小さな光が絶え間なく色を変えている。

 そして同時に感じるのは、途方も無いプレッシャー。

 その勾玉を見ているだけで、心がざわつき落ち着かなくなる。

 意を決して手に取ってみると、CWが勝手に開いた。


────────────────────

「神罰の勾玉」<道具>

 ☆☆☆☆☆

大罪人の拷問に使用される刑罰具。

『神殺しの巫女』のパッシブスキル『闇堕ち』が解放されます。

⚠︎『神殺しの巫女』の絆が0になります。

────────────────────


「これは……クエストのクリア報酬か?」


 アイテムの説明文の下には、『使用しますか?』との問いが表示されている。


 なるほど、これを使えばシズクの新しいパッシブスキルが解放されると。

 言うなれば、これはシズク専用のアイテムだ。やはりこのアイテムは、絆イベントのクリア報酬で間違いないだろう。


「だったら、迷わず使用すべきなんだろうけど……」


 けれど、最後に書いてある警告文は流石に無視できなかった。

 絆が0になると言う事は、シズクはまた以前の心を閉ざした状態に戻ってしまうと言うことだ。

 折角ここまで絆を上げたのに、それを無かった事にするのはかなり躊躇われた。

 だが逆に言えば、パッシブスキル『闇堕ち』にはそれだけの価値があるとも言える。


 俺が勾玉を手にして考えていると、それを横から覗いたシズクは、


「ど、どうしてそれがここに……!?」


 驚愕に目を見開いて、わなわなと唇を震わせた。

 顔を真っ青にしてよろめき、必死な形相で俺に掴みかかってくる。


「ま、マスターお願いします! それは使わないでください! 私何でもしますから、それだけはやめて下さい!」


「え? いや、そんなつもりじゃ──」


「お願いします! それは、それだけは嫌なんです……!」


 あまりの気迫にたじろいでしまう。

 取り乱したその様子を見て、俺は勾玉を祭壇に戻した。


「ごめん。使うつもりはなかったけど、とりあえずこれは元の場所に置いておくから、落ち着いて」


 俺が勾玉から手を離したのを見届けると、シズクはようやく落ち着きを取り戻した。


「あ、ありがとうございます……」


 それだけ言うと、塞ぎ込むように黙ってしまった。


 大罪人の拷問に使用される刑罰具か……

 パッシブスキル「闇落ち」にどんな能力が秘められているか分からないが、シズクの様子からして、このアイテムを使うのはやめた方がいいな。

 きっと元の世界でもロクな使われ方はされていなかったのだろう。


 そのまま俺は本殿の中を一通り調べたが、その他に変わった物は見当たらなかった。

 俺は神罰の勾玉を祭壇に置いたまま、何の躊躇いもなく本殿を後にする。

 すると、鳥居の近くにゲートが現れていた。

 どうやら絆イベントはこれで終わり。

 ゲートを潜ると、金沢市エリア1の山の中に戻っていた。


 ××××××××××


「ふぅ、なんか長かったな……」


 時刻はすっかり夜になっており、月光が山の中を照らしている。


 軽い気持ちで受けた絆クエストだったが、終わってみれば、シズクの願いも聞くことができたし、上々の結果だろう。

 CWでシズクの絆を確認したところ、絆は一気に45%まで上がっていた。

 クエストのクリア報酬が無駄になったのは残念だが、これはこれで結果オーライだ。


「シズクも疲れたでしょ? 今日はゆっくり休んでまた明日からよろしく」


 シズクに労いの言葉をかけて、野営の準備を始める。


 明日からはまた地味なエリアボス探しが始まるのだ。

 しっかりと休んで、英気を養っておかないと。


 それにしても、俺はこのエリアにあと何日留まる事になるのだろう?

 もしエリアボスがルーラーケイビーの様な小型のモンスターなら、見つけ出すのに何日掛かるか分からない。

 それを思うと、かなり気が滅入った。

 それに、こう何日も野営が続くと、いざエリアボスとの戦闘になった際、疲れで身体が思うように動かない可能性だってある。


「マスター、一つお伝えしなければいけない事が……」


「ん? どうしたの?」


 すると、シズクが何やらバツの悪そうな表情を浮かべて、俺に話しかけてきた。


「その……エリアボスは向こうの方角に居ます」


「え!? 分かるの!?」


「はい、私の神通力で感じ取れるんです」


 シズクからの突然のカミングアウトに、俺は驚きを隠せなかった。


「その、今まで隠していた訳ではないんです。聞かれなかったから……あの、怒っていますか?」


 不安そうに俺の顔をうかがうシズク。

 絆イベントに挑戦する直前、俺に何か言いかけてたのはこの事だったのか。

 でも、こうして自分から言い出してくれたのは、それだけ絆が深まったという事だろう。


「いや、怒っていないよ。教えてくれてありがとう」


 俺がお礼を言うと、シズクはほっと胸を撫で下ろしていた。


「よし、それなら今日はしっかり休んで、明日からはエリアボスとの戦闘に入ろう」


 こうして俺は、このエリアでの最後の夜を迎えた。

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