第45話 side酒井陽毬
北原さんがこの中学校を離れてから、一ヶ月の月日が過ぎようとしていた。
北原さんはエリア1に長い間留まった後、驚異的なスピードで他のエリアを解放していった。
既に金沢市は全てのエリアが解放され、今は南下して福井県のエリアに入ろうとしている。
会長曰く、エリアボスを探し出せる探知系のアイテムを手に入れたんじゃないかとのことだった。
そして私たちはと言うと、北原さんが解放したエリアに赴いて、生存者たちをこの安全地帯へと誘導していった。
そのお陰でレギオンメンバーは凄い勢いで増え続け、色々と忙しい日々が続いていた。
そんな中で今日は久しぶりに余裕ができ、会長と渚ちゃんの三人で夜の女子会を開いていた。
「久しぶりにゆっくりできるね」
「そうだね。最近忙しかったから、こうやってゆっくり話すのも久しぶりな気がするよ」
「ええ、渚さんも陽毬さんも、いつもレギオンのために頑張っていますからね。お二人には本当に感謝しています」
そう言ってぺこりと頭を下げる会長。
「いやいや、頑張ってるのは会長の方だよ! これだけレギオンメンバーが増えたのに、大きな問題が一つも起こってないし!」
「そうです、そうです。これも会長の指揮があってこそです」
渚ちゃんの言葉に私は全力で頷いた。
会長は、北原さんと出会ってからリーダーとしての自覚が芽生えたみたいに、人を引っ張っていくカリスマ性を遺憾無く発揮していった。
それまではどこか一人で抱え込む傾向があったけど、最近は周りに頼ることも増え、的確な仕切りでみんなを纏めている。
「いえいえ、私なんてまだまだです」
と謙遜する会長。
レギオンメンバーは増えれば増えるほど、それだけ安全地帯の面積が広がる。
今はエリア6のほぼ全域が安全地帯になってて、中学校の周辺から、少しづつではあるけど、順調に復興が進んでいた。
けれどメンバーが増えればそれだけ色んな問題が出てくる。
会長はそう言った問題に対して的確に指示を出し、解決に導いていた。
特にレギオンガチャからゲットしたスキルがとても役に立ってるらしい。
スキル『真眼』。
このスキルは物事の本質や構造を見抜くもので、相手の嘘を見抜く事も出来るらしい。
更には、レギオン内で輪を乱す人物に無理やりミッションを与えて、ペナルティを押し付けるという制裁も使っていた。
「そう言えば、お兄ちゃんは今日もレギオンクエストを達成しなかったの?」
「はい、弓弦さんはアイテムのお陰でペナルティの影響は受けないとおっしゃっているのですが……」
会長は心配そうな表情をよぎらした。
北原さんは、会長との約束でレギオンの高難易度ミッションを一人で全部請け負っている。
けれど、たまにミッションをクリアしない日があるらしい。
そんな日の会長はずっとソワソワして落ち着かない様子だった。
「順調にエリアを開放しているとは言え、無理をしていないか心配です」
「そんなに心配なら、お兄ちゃんに一度戻ってきてもらうように言おっか?」
「い、いえ、その、私の勝手な判断で呼び戻すのは……それに、毎日のメールで連絡は受けているので」
そう言って会長は前髪をいじり始めた。
最近知ったけど、会長のこの癖は何かを誤魔化したい時によく出るものだ。
思えばペナルティの件を隠している時も、会長は頻繁にこの癖を見せていた。
「そう言えば会長、北原さんと良くメールしますよね。一体どんなメールのやり取りをしてるんですか?」
「それは、現状報告とか、モンスターの情報とか……そんな感じです。大体は定期連絡です」
「えー、その割には会長ってばお兄ちゃんからメールの返信が来ると嬉しそうだよねー」
「そ、それは、気のせいですよ」
そう言って会長はまた前髪をいじり始める。
うーん、怪しい……なんだか妙な予感がする。
「会長、ちょっと会長のフレンド一覧見せてください」
「い、嫌です……」
私の要求に対して、ノーを示す会長。
きっと会長は、好感度のところを見られるのが嫌なんだ。
確かに、あまり他人に見せるようなものじゃないけど……
でも会長、前まではすんなり見せてくれてたのに……!
「ま、まさか会長……お兄ちゃんのこと……」
「ち、違います。確かに弓弦さんのことはお慕いしていますが……そ、その恋慕とかそういうのじゃなく……」
会長は顔を真っ赤にして、前髪を激しくいじり始めた。
ほんと、会長は普段は凛々しいのに恋愛話になると凄く弱い。
まぁ私も人のこと言えないけど……。
そんな風に盛り上がっていると、不意に部屋の扉が開いた。
「あ、渚ちゃんここにいた。やっぱり会長も一緒だ。それに陽毬ちゃんも」
部屋に入ってきたのは、野中さんだった。
野中さんは、この避難所に避難している人の一人で、渚ちゃんの幼馴染の女性だった。
野中さんが避難所に来たのは、二週間前。
どうやらトラウマを抱えた野中さんは、長い間北原さんの家に避難していたらしい。
そしてようやく外に出る決心が付いてこっちに来た。
野中さんが来た時の渚ちゃんの喜びようは、それはもう凄かった。
そして野中さんが来た事により、レギオンは大きな転換点を迎えていた。
「あれ、詩織お姉ちゃんどうしたの?」
「明日の食料の準備ができたから会長に言いに来たの。あと、ノアから報告があるんだって」
野中さんがそう言うと、背後から背の高いコック姿の男性が現れた。
レギオンの転換点となったのは、この人の登場だった。
ノアと呼ばれたこの男性は野中さんの使い魔で、今はレギオン内で料理全般を担当している。
ノアさんはどうやら別の世界の人らしく、元の世界では伝説のシェフだったのだとか。
確かに、ノアさんの作る料理はどれもこれも信じられないくらい美味しかった。
レギオンのメンバー全員が、毎日の食事を異常なほど楽しみにしていた。
子供からお年寄りまで、限られた食料の中で色々な料理を作ってくれて、最高の食事を振る舞ってくれる。
レギオンの雰囲気は、明らかに良い方向に変わっていっていた。
「実は、レギオンにある調味料の備蓄が切れそうなんだ。それで、私はまた明日から救助隊に加わることにする。それを伝えに来た」
ノアさんの報告を受けた会長は、瞬時にリーダーの雰囲気に切り替わった。
「そうなのですね、分かりました。では明日、救助隊の再編を行いましょう」
「ああ、よろしく頼む」
「ノアさんの料理の技術とモンスターの知識は、最早レギオンに欠かせないものになっています。今後もよろしくお願いします」
「言われるまでもないさ。私の望みのためにも、この世界が早く復旧するに越したことはないからな」
そう言って、ノアさんは部屋から出て行った。
野中さんもノアさんに続いて部屋から出て行こうとする。
「あ、そうだ。詩織お姉ちゃんも今日はもう暇なんだよね。一緒に女子会しよ!」
「なになに? 三人で女子会してたの?」
「そう! 今、お兄ちゃんの話で盛り上がってたんだよ!」
「へー、じゃあ夢と唄葉も一緒に連れて来て良い?」
「うん、いいよー」
そう言って。野中さんはいつも一緒に行動している二人を呼びに行った。
「で、会長。さっきの続きだけど、お兄ちゃんの事どう思ってるの?」
「ま、まだこの話を続けるのですか……?」
そうして、私たちの長い夜は始まった。
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