第43話 暴風

 シズクと共に鳥居をくぐると、本殿のすぐ側で奇妙な変化が起こった。

 賽銭箱の置かれた手前の石畳。その隙間から黒い液体が大量に溢れ出し、みるみるうちに広がっていった。

 更に液体は空中に浮かび上がると、蠢きながら人の形に変わっていく。


「……み、巫女?」


 黒い液体が変化したのは、巫女服姿の熟年の女性だった。

 髪を後ろで編んだポニーテイルで、白い袴と赤の巫女服。歳は40代ぐらいだろうか?


 正確に言えば、コイツは人ではないのだろう。

 姿こそ人間の女性だが、その全身は影の様に黒くぼやけ、目は虚ろで光がない。

 まるで意志を感じない死人のような目だ。


「そんな……祭主様……ッ!」


 シズクは突如現れたその女性を見て、悲壮な声を上げた。

 度を失った様に取り乱し、激しい動揺を露わにする。

 その狼狽え方は、さっきとは比べ物にならないほど強烈なものだった。


 突如影の巫女が両手を振りあおぐ。


「シズク! 危ないっ!」


 俺は咄嗟にシズクを突き飛ばして、その場から遠ざけた。

 直後、透明な何かが俺の腕を切り裂いた。


「ぐっ!」


 右腕に鋭い痛みが走り、血が噴き出す。


 これは……透明な斬撃か?

 綺麗な切り口で切り裂かれた右腕を見て、俺は即座に攻撃のあたりを付ける。

 幸い骨まで達する程の威力はないようだが……かなり厄介な攻撃だ。

 しかもこの攻撃、明らかにシズクを狙っていた。


「あ……ああ……」


 標的にされたシズクは、地面にへたり込んだまま呆然自失としていた。


 くそっ……かなりまずい状況だ。

 早く正気に戻してやらないと、このままじゃ確実に殺される。

 影の巫女はそんなシズクの様子を意に介さず、再び両手を掲げていた。


「まずいっ!」


 土の盾は間に合わないと判断し、シズクに庇うように覆いかぶさる。

 次の瞬間、背中が切り裂かれ激痛が走った。

 背中から感じる傷の痛みに呻く暇もなく、次々と斬撃が飛んでくる。


「くそっ、容赦なく斬りつけやがって!」


 俺は痛みに耐えながら、シズクを抱えて横に転がった。

 狙いを外した斬撃が、俺たちの数メートル横を掠めていく。

 俺は再びシズクを守るように覆いかぶさると、痛みに耐えながら彼女の頭を優しく撫でた。


「シズク、落ち着いて。アレは多分、シズクの知ってる人じゃない。運営が創り出したニセモノだ」


 祭主様と呼んだ影の巫女は、きっとシズクの過去に深く関わっている人物なのだろう。

 だが、いま目の前に居る敵は明らかにニセモノだ。

 多分、この絆クエストの為に創られたNPCの様な存在だ。


 俺はシズクに寄り添う様に、優しく語りかけ続ける。

 すると、シズクは次第に落ち着きを取り戻した。


「ま、マスター……」


 ようやく正気に戻ったのか、シズクの弱々しい声が聞こえた。


「マスター……傷が……」


「大丈夫だ。それよりシズクこそ平気?」


「は、はい……あの、ごめんなさい」


「気にしなくていい。悪いのはあいつだから」


 影の巫女はシズクを狙い続けている。

 さすがにもう斬撃を受けるのは遠慮したい。


 俺は立ち上がって、影の巫女へ水弾を放った。

 しかし水弾は当たる寸前で弾かれてしまう。


「また神通力のガードか……!」


 影の巫女がシズクと同じ世界の人物なら、使えて当然か。

 このガードは強力で、普通の技では決して通らない。

 そのためガードを突破するには、圧倒的な力で捩じ伏せなければいけない。


「前と同じ戦法……は無理だな」


 ここに海は存在しないため、前回みたいな荒技は不可能だ。

 一応、シズクとの一戦の後にこんな事もあろうかと新しい攻撃手段を編み出してはいたが、発動させるまでにかなりの時間がかかる。

 やはり、まずは透明な斬撃をどうにかしないと。


「……マスター、祭主様の攻撃は私が喰い止めます」


 すると、シズクが初めて自分から意見を言い出した。


「マスターは、あの技の準備をしてください」


「い、いいの?」


「……はい」


 こくりと頷くシズク。

 シズクの顔はまだ青ざめて辛そうだが、その瞳には小さな覚悟が宿っていた。


「分かった。じゃあ任せる」


 俺はシズクの側まで近づき、『天空神の雷霆』を装備する。


 渚と能力訓練をしている間、俺も新たな能力を模索していた。

 特に力を入れたのは、まだまだ可能性を秘めているであろう『天空神の雷霆』だ。

 この魔石は雷を落とすだけでなく、空を曇りにしたり、雨、雪、雹を降らせる事も可能だった。さらには風すらも起こせる規格外のアイテム。


 天空神の雷霆に魔力を込めると、魔石が銀色に輝き出す。

 すると、境内の気圧が一気に下がり始めた。

 俺は構わずに魔力を消費し続ける。


 俺が準備をしている間にも、シズクは影の巫女の斬撃を神通力で防ぎ続けていた。

 敵に回すと厄介な防御も、味方になると心強い。


 ────びゅうううう。


 しばらくすると、影の巫女の左右に小さな旋風が発生した。

 旋風は次第に回転数を増していき、急速に大きくなる。

 そして────


「よしっ、上手くいった!」


 旋風は巨大なハリケーンへと成長した。

 ハリケーンは潰れた神社の瓦礫を吸い込み、石畳を引き剥がしながら、圧倒的な猛威を振るう。

 二つのハリケーンは、境内に凄まじい風圧を吹き荒んだ。


「こいつを喰らえっ!」


 俺の叫びと同時にハリケーンは影の巫女を飲み込んだ。

 二つの竜巻がぶつかり合い、より巨大で強力なハリケーンへと成長していく。

 そのあまりの暴風に、影の巫女の姿は完全に消え去り、ただ竜巻が荒れ狂うだけとなった。


 そして俺が魔力を送るのをやめると、ハリケーンは徐々に小さく、元の旋風に戻っていく。

 旋風が収まった時、そこには打ち倒れた無惨な巫女の姿があった。

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