第42話 絆イベント発生!

 我が家での食事を終え、三人に別れを告げた俺は、金沢市エリア1で大きな足止めを喰らっていた。


 どうやら全国を分断しているエリアは、市町村の面積、地理的な特徴と人口密度によって様々な分けられ方がされているらしい。

 俺が今いるエリア1。そして隣接するエリア2・3は、金沢市の東南に位置するエリアで、面積が広大なうえ、ほぼ全域が山だった。

 この広い山の中からエリアボスを探すのはめちゃくちゃ骨が折れる。

 エリアボスの目撃情報を聞けるような生存者にも全く出会わなかった。


「シズク、今日はこのくらいにしようか」


「……はい」


 俺の後にくっつくようにして着いてきていたシズクに声をかけ、野営の準備を進める。

 エリア1に入って、かれこれ五日が経つ。

 食料ガチャのおかげで飢え死にこそしないが、かなりの足留めを喰らっていた。

 ただ、そのお陰でシズクのなでなでは捗って、絆は順調に上がっていた。


 今の絆は17%。

 無口なところは相変わらずだが、少しずつ心を開いて、自分から行動する素振りを見せ始めた。

 このまま時間をかけて信頼関係を築いていけば、いつかはパートナーの様な関係になれるのも夢ではないのかもしれない。


「あの、マスター……」


「ん? どうしたの?」


「いえ……」


 少し言い淀んだ後、シズクは再び黙ってしまった。

 きっと絆が0%だったら、こんな風に声を掛けられる事すらなかっただろう。


「言いたくなったらいつでも言って」


「────んっ」


 俺はそう言葉をかけて、シズクの頭を撫でる。

 しばらく飽きるまで頭を撫でていると、突如CWがポップアップした。


────────────────────

『神殺しの巫女』の絆が20%になりました。

絆イベントを開始しますか?

────────────────────


「ん? 絆イベント?」


 使い魔との絆イベント。そんなものがあったのか……。

 計らずも俺はイベント発生の条件を満たしたらしい。


「うーん。どうしようか……」


 一体どんなイベントが始まるのか、想像もつかないな。

 万全の準備をして挑みたいところだが、このエリアから出られない限りは、そんなタイミングは一生来ないだろう。


 俺は少し悩んだ後、絆イベントを受ける事にした。

 この五日間何も進展がなかったし、少しでも変化が欲しかった。


 俺は躊躇う事なく『はい』のボタンをタップする。

 すると──


「おお!? な、なんだこれ!?」


 俺の目の前に、突如ゲートが出現した。

 ちょうど人一人が入れる大きさのワープホール。

 ゲートの先は別の空間に繋がっているのか、酷い歪みの向こうに鳥居の様な物が見えた。

 クエストを受けるには、ここに入れと言うことか。


「よし、行こう」


 意を決してゲートに潜ると、俺の視界はぐにゃりと歪んだ。

 突如、とてつもない浮遊感に襲われる。

 前後の感覚が失われ、落下している様な感覚だけが残った。


「うおっと!?」


 俺の足が地面らしき物を踏みしめる。

 どうやらゲートの出口は、どこかの神社に通じていたらしい。

  視界が晴れると、俺は高台にある境内の前にいた。

 目の前には注連縄が巻かれた巨大な鳥居が聳え立っていた。

 神々しさを感じさせる真っ赤な鳥居の先には、石畳の敷かれた境内と広大な敷地に建てられたボロボロの神社が見えた。


「こ、ここは……」


 隣から聞こえた息を呑む様な囁きに、俺は振り返る。

 どうやら、使い魔であるシズクも一緒にゲートを潜ったらしい。

 そんなシズクは、自分の胸を苦しそうに抑えて、突然地面に膝を付いてしまった。


「シズク!?」


「……こ、ここは大神院です……」


 大神院?

 もしかして俺は、シズクがいた世界に飛ばされたのか?


「シズク、大丈夫!?」


 シズクの様子が明らかにおかしい。

 顔を真っ青にして、苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。

 まるでストレス反応で過呼吸でも起こしているみたいだ。


「大丈夫です、マスター。少し過去を思い出してしまって……」


「とりあえず、霊体になって休んでて」


「……っ!? 霊体化、出来ません……」


 シズクは苦しそうに肩で息をしながら、消え入りそうな声で呟いた。


 絆クエスト……そういう事か。

 どうやら俺はシズクと共にこのクエストをクリアしなくてはいけないらしい。

 まさかこんな形でシズクの過去と向かい合う事になるとは。


 だけど……今の状態では、先に進むのは難しいだろう。

 どうやらシズクにとってこの場所は、トラウマの根源らしい。


「どこか落ち着ける場所があれば良いが……」


 辺りを見渡すが、境内の外は真っ白な空間が永遠に続いていた。

 無の空間に、この神社だけがポツリと存在している。

 石段を降りた瞬間、この空間の無に飲み込まれてしまうだろう。


「少し休んでから行こう」


 鳥居の台石にシズクを座らせ落ち着かせる。


 シズクが落ち着くまでの間、俺は境内の様子を観察してみた。

 入ってきたゲートは既に閉じられ、元の世界へ戻れる出口は見当たらない。

 唯一の通り道である鳥居から見える境内は、人の気配が全く感じられなかった。

 恐らく長い間放置されていたのだろう。

 石畳には苔が茂生しており、所々変色している箇所もあった。

 祠や拝殿はボロボロで朽ち果て、屋根が崩れ落ち、みるも無惨な姿を晒していた。

 けれど、正面に聳え建つ本殿だけは、時が止まったかの様に綺麗な状態を保っていた。

 ここへ入れと言わんばかりの妖しさだ。


「外に出るのは辞めておいた方がいいか……やっぱり先に進むしかないな」


「マスター……」


 本殿の様子を見るために鳥居を潜ろうとした俺を、シズクは服の裾を掴んで引き留める。

 その手は、震えていた。


「……その先へ進むのは危険です」


「危険? 分かるの?」


「いいえ……ただ、嫌な予感がするんです」


 まだ具合は優れないのか、弱々しい声で警告するシズク。


「でも、行かないと何も始まらないし。ちょっと様子を見て来るだけだよ」


「それは……そうですが……」


 シズクは何か言いたげな様子だった。

 恐らく俺の身を案じてくれているのだろう。

 数日前までは、俺に危険が迫っても気にもしていなかった彼女が、ここまで心配してくれるなんて嬉しい変化だ。

 そんな優しい使い魔を安心させる為に、俺は彼女の頭を優しく撫でた。


「ちょっと行ってくる」


「……はい」


 鳥居を潜り、足を踏み入れた境内は不気味なほど静かだった。

 石畳の上を歩く俺の足音だけが聞こえる。


 賽銭箱を通り過ぎ、本殿の扉を開けようと力を込めるが、びくともしなかった。

 特に何か変化が起こる気配もない。

 そのまましばらく境内を歩き回ったが、本殿以外の建物には入れそうな場所は見当たらなかった。


「うーん、参ったな。やっぱりシズクと一緒じゃないと先には進めないか……」


 予想していた事とはいえ、本殿を目の前にして途方に暮れる。


 シズクが休んでいる鳥居まで戻ると、台石に腰掛けるシズクの顔は青白く、まだ辛そうに胸を抑えていた。

 この場所に居るだけでも、相当なストレスなのだろう。

 安易にクエストを受けるべきではなかったか。


「とりあえず俺も座るか」


 俺も腰を下ろして思案する。

 流石にずっとこのままって訳にはいかないが…………やっぱりシズクの過去を聞き出すのが一番だろうか?


 トラウマを掘り起こす様な事はしたくないけど、クエストの進行にはシズクの協力が不可欠だ。

 だが、無理に聞き出したら今より酷い状態になるかもしれない。


 仕方ない。もう少しだけ時間を置こう。

 幸い食料ガチャは引けるため、まだ暫くは大丈夫そうだ。


 そんな事を考えながら、お互いに何かを話すわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 すると、


「マスターは何も聞かないのですか……?」


 沈黙を破ったのは、シズクの方だった。


「……どうしてですか?」


「どうして、か……俺にとっては今のシズクが全てだから、過去には特に興味はないよ」


 俺の問いに、シズクはどこか安心した表情を見せる。


「でも、もし話したくなったらいつでも言って。それまで気長に待ってるから」


 俺には待つ事しか出来ない。

 それが正しい答えなのかは分からないが、今はそれしか思い浮かばなかった。


「マスター……」


「ん?」


「私は……呪われています」


 その言葉には深い悲しみと憎しみが込められている気がした。

 シズクは横を向き、鳥居の向こう側を見つめる。


「それでもですか?」


「ああ。俺はシズクのマスターだから、それはきっと変わらない」


 シズクは俺の言葉を聞いて、少し微笑んだよ様に見えた。


「あの、マスター。私はもう大丈夫です……」


 そう言って立ち上がるシズクの顔色は、さっきよりも良くなっていた。


「分かった。じゃあ行こうか」

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