第41話 なでなで

 本格的なエリア解放に向かう前、俺は最後に自分の家へと赴いていた。

 我が家には今、高城さんと緑川さんと詩織さんの三人が避難している。

 本来であれば、三人もレギオンの安全地帯へ呼ぶべきなのだが、詩織さんのトラウマの影響で、それはまだ出来ていない。


 そんな我が家へ寄り道するのは、三人の様子を確認するためと、シズクさんの絆のため。

 実は詩織さんは、二日前に食料ガチャから人型の使い魔をゲットしていた。

 その事はメールで既に把握していたので、もしかしたら絆を上げる手掛かりが見つかるかもしれない。


 そんな期待を抱きながら、目的地に着いた俺は我が家の扉を開ける。

 扉を開けた先には、知らない男が立っていた。

 180センチを超える長身で、清潔そうな見た目。

 明らかに日本人離れした顔立ちと、シェフが着るようなコックコートを着ていた。


主人オーナー、客人が来たぞ」


「あっ、弓弦くん! 早かったね!」


 お玉を手に持ったエプロン姿の詩織さんがリビングから出て来る。

 家に帰る事はメールで通知しているため、それを受け取った詩織さんは料理を用意してくれてたみたいだ。


 詩織さんの手作り料理……家に帰って来て本当に良かった。


「ただいまです。彼が星5の使い魔ですか?」


「そうだよ、ノアって呼んで。なんか別の世界で伝説の料理人だったんだって」


 別の世界……。

 彼も契約して、霊体になった元人間だろう。


 リビングに入ると、高城さんと緑川さんの二人が出迎えてくれた。


「久しぶり……て言ってもまだ一週間も経ってないか」


「あー! まだ料理出来てないのに来ちゃったの!?」


「二人とも元気そうで良かったです」


 高城さんと緑川さんに会うのは、凄く久しぶりな感じがした。

 どうやら二人も、俺のために料理を手伝っていたらしい。

 その心遣いに胸が熱くなる。

 

 特にお腹は空いていなかったが、キッチンから漂って来る良い匂いに、否応なく空腹感が刺激された。

 詩織さんの使い魔が伝説の料理人というのは、大げさではないのかもしれない。


 そのまま俺は詩織さんに使い魔のステータスを見せてもらった。


────────────────────

 名前:百ツ星シェフ

 レベル:9


 体力:1,580

 筋力:2,478

 耐久:2,108

 魔力:1,070

 俊敏:1,156


 パッシブスキル:『単独行動』


 絆:18%

────────────────────


「絆が上がってる!?」


「そうなの。私、ノアに料理を教えてもらってて、それでいつの間にか絆も上がってたの」


 絆ってそんな簡単に上がるものなのか……


「オーナーには料理の才能がある。オーナーと一緒に居れば、いずれ私の野望も叶うだろう」


「ちなみに、その野望って?」


「それは……すまないが、言えない」


 言えないか……

 そこはシズクさんと一緒だな。

 もしかして、絆の上昇は使い魔の望みと関係しているのだろうか?


 俺は三人にシズクさんのステータスを見せ、絆が上がらない事を話してみた。

 すると、緑川さんが尋ねる。


「ねぇねぇ、パッシブスキルとアクティブスキルって何が違うの?」


「あぁ、それはですね。簡単に説明すると、アクティブスキルは任意で発動させるスキルで、パッシブスキルは常時発動してるスキルです」


「ノアのパッシブスキル『単独行動』は、現界してても魔力を消費しないんだよ。それで勝手にどっか行って、自分でレベルを上げてくるの。ちなみに料理の腕は素の技術」


 さすが星5の使い魔。色々と規格外だ。


「力が制限されているとはいえ、何もしないと狩りの腕が鈍るからな。食材も一緒に調達できれば良いんだが、殺すと消えてしまうのは残念だ。魔司莉可狼の肉は美味いんだが」


「え!? あのモンスター達を知ってるんですか!?」


「ああ、私の世界に存在する狼だ。魔司莉可狼は、マツリカ地方に生息する狼で、基本群れで行動する奴らだ。だが中には単独で行動し魔法を扱う強力な個体も存在する。単独でいる奴には気をつけた方がいい」


 も、モンスターの情報まで持ってるのか!?

 彼の情報は値千金だが、詩織さんの使い魔である以上、一緒に連れて行く事は不可能だろう。


 俺はシズクさんを現界させる。


「シズクさんも、あのモンスター達を知ってるの?」


「……いいえ」


 いいえか。

 つまり、シズクさんが居たのはノアとはまた別の世界。


「この子が、北原の使い魔?」


「はい、そうです」


 俺はそのままの流れで三人に、シズクさんを使い魔にした経緯を話した。

 そして、


「今は絆を上げるのに苦戦してて……はいかいいえ、の二つしか喋んなくて、心を開いてくれないんです」


「なるほどね」


 俺が今の現状を話すと、三人は俺のために絆を上げる方法を真剣に考えてくれた。


「うーん。まずは、その敬称をやめたら? いつまでもさんを付けたままじゃ、他人行儀じゃない?」


「私は撫でるのが良いと思うな。生き物ってね、接触なしには愛情を感じる事が出来ないんだよ」


「お、なんか心理学専攻っぽい事言うじゃん」


「ぽいじゃなくて、本当に専攻してたの! 夢ちゃん、まだ信じてなかったの!?」


「はいはい……それで詩織の意見は?」


「私は褒めてあげるかな。何かしなくても褒められるとやっぱり嬉しいし」


 とりあえず、三人のアドバイスに従おう。


「シズクさ──いや、シズク」


 俺は使い魔の名前を呼んだ。

 すると、無感情な瞳がこちらに向けられる。

 うっ……この眼を向けられると、少し怯んでしまう。


 俺は彼女の頭に恐る恐る手を置いて、


「シズク、いつもありがとう」


 出来るだけ優しく彼女の頭を撫でてみた。

 まぁこんな事で絆が深まったら世話ないな。


 そう思っていたのだが、


「──ぇ、──ぁ」


 頭を撫でた瞬間、ペタリと、シズクは全身の力が抜けたみたいに、いきなり地べたに尻餅を付いた。

 急に身体をガクガク振るわせ、感極まり過ぎたみたいに、喉の奥から上擦った小さな呻きを漏らす。


「えっ!?」


 いつも俺を見る時の感情の無い瞳が、明らかに動揺してブレまくっていた。


「どう見ても、撫でるのが正解だったみたいね……ほんと、うたの勘はよく当たるわ」

「勘じゃないよ! なんか寂しそうな眼をしてたからそう思ったの!」

「えぇ……私は冷たい感じにしか思えなかったな」


 三人もシズクの急な変化に驚いている。

 俺も驚きを隠せないが、この反応を逃す手はない。


 俺は腰を抜かすシズクに目線を合わせ、もう一度撫でようと頭に手を置いた。

 すると、シズクはビクッと身体を震わせた。


 シズクの視線は、俺の顔の上で凍りついていた。

 どうして撫でられるのか、何故優しい言葉をかけられるのか、まるで分かっていない野良猫の様だった。

 未だに自分のされた事が受け入れられないか、必死に俺の行動の真意を探っている。


 それでも俺は構わず頭を撫で続けた。

 すると、最初は戸惑っていた彼女も、次第に受け入れ始める。


「も、もう撫でるのは良いんじゃない? どう、絆は上がってる?」


「いや、確かに凄い発見ですけど、これで絆が上がるなんて、そんな単純なはずは……」


 絆の表示を見ると、1%になっていた。

 いや、マジで?


 どれだけ言葉を重ねても超えられなかった1%の壁が、こんな簡単な事で壊せてしまうとは。

 撫でると絆が上がるとか、本当にゲームみたいだな。


 すると詩織さんの隣で静観していたノアが口を開いた。


「ふむ。生物というのは、接触なしに愛情を感じる事は出来ない、か……この少女、今まで誰からも愛された事がないらしいな」


 『神殺しの巫女』。

 悪神の策略に嵌った、穢れを知らぬ無垢な少女か……。


 ノアの言葉は正しいと、俺は直感的に感じた。

 いつか彼女の過去を知る日は来るのだろうか?

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