第29話 side北原渚

 その日、私達のパーティはレギオンの拠点である中学校から少し離れた場所でレベル上げを行なっていた。


 生き残った同級生達とパーティを組んでもう一週間が経つ。

 連携もだいぶ様になり、みんなのレベルも上がってきていた。

 この調子でいけば、きっとお兄ちゃんが助けに来てくれるまで生き残れるだろう。


「みんな、お疲れ様」


 私はメンバーに労いの言葉をかける。

 今日はここまでにして、拠点に戻ろうかと撤収の準備を始めたその時だった。


──ドッドッドッドッドッドッ!!


 恐ろしい地響きを伴って、突然曲がり角から巨大な塊が猛スピードで躍り出てきた。

 ソイツは勢い余りビル群に激突するが、そのおかげで折よく私たちの直線上に位置取った。


「最悪だ、最悪だ、最悪だ……っ!」


 今日は調子良くレベル上げが出来てたのに、最後の最後で、最悪なヤツに見つかってしまった。

 エンカウントのリスクを恐れて、アイツのテリトリーからかなり離れた場所でレベル上げを行なっていたのに!


 私は心の中で恨言を言い続けた。

 会敵してしまったものはしょうがない。

 私はすぐさま気を取り直してメンバーに指示を飛ばす。


「みんな、早く逃げて!」


 私達はモンスターに背を向けていっせいに走り出した。


 巨大な地響きと共に現れたのは、このエリアを支配する凶悪極まりないモンスター。エリアボス「魔サイ」。

 野生のサイを大型トラックのサイズにまで巨大化したふざけたモンスター。


 最初にこのモンスターと遭遇したのは、六日前。

 大型トラックの巨体を持つサイが、猛スピードで突進してくる。ただそれだけで私たちはなす術なく蹂躙された。

 その未知の暴力によって、クラスメイトが何人も犠牲になった。


 あの時の恐ろしい光景が、半狂乱の体で私の脳裏を掠め去った。

 身体が震え、歯の根が噛み合わなくなる程の恐怖に支配される。


 魔サイは後ろ足で地面を蹴り立てると、荒い鼻息を吹き出し、私たち目掛けて一直線に突進してきた。


「きゃっ!」


 命懸けで逃げる最中、メンバーの女の子が足を挫いて転倒する。


「いや……! やだやだやだ! 助けて、渚ちゃん!!」


 自分の運命を悟り、悲鳴を上げて私に助けを求める女の子。


 私は迷うことなく爆走するエリアボスに向き直った。

 恐怖を振り払って両手を構え、スキルを発動する。

 スキル「重力魔法」。


「はぁあああああ!」


 持ちうる全ての力を使って、魔サイの巨体にありったけの重力を掛ける。

 すると、私のスキルによって、魔サイの突進は目に見えて鈍った。


「ここは私が喰い止めるから、急いで逃げて!!」


 エリアボスの突進を重力魔法で抑えながら叫ぶ。

 パーティの中で星5のアイテムを持っているのは私だけ。

 だったら、私がなんとかしないと!


 私の叫びにメンバーは躊躇いながらも、女の子を背負って逃げ出した。


「くうぅううッ!」


 歯を食いしばり、地面を踏み締め、重力魔法で魔サイの突進を抑え続ける。

 限界を超えて鼻血が止めどなく流れ、身体中が引き裂かれるような痛みに襲われる。

 それでも、挫けそうになる心と体を必死に保ち、仲間が逃げる時間を一秒でも長く稼ぐ。


 そんな私を嘲笑うかのように、魔サイは暴れ、重力に抗いながら少しずつ前へと進んでいた。


「もう……ダメ……」


 そして、ついに限界が訪れた。

 体の力が全て抜け落ち、私は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。

 魔サイを抑えていた重力が解かれてしまう。


 ごめん、お兄ちゃん……。

 私があの時、ちゃんと言うことを聞いて家に居れば、こんなことにはならなかったのに。

 お兄ちゃんはきっと、私のために無理してエリアボスを倒そうとしてる。

 それなのに私は、自分のことしか考えられなかった。


 私は最後の最後で自分の過ちを悔いて、心の中でお兄ちゃんに謝った。

 そうして全てを諦めたその時、


「よく耐えたな、渚……」


「え?」


 不意に聞き慣れた声が耳に届いた。その声には、不思議な安心感があった。


「お、お兄ちゃん……?」


 顔を上げると、私の目に映ったのは、ここに居るはずのないお兄ちゃんの姿。


「後は任せろ」


 お兄ちゃんはそう言うと、私の頭を優しく撫で、前に進み出る。


「さっきの戦いでけっこう魔力を消費してるし、これは使いたくないんだが……そうも言ってられないよな」


 お兄ちゃんの呟きに呼応するかの様に、突如その手に握られた宝石が眩い光を放った。

 そして空が急に暗くなり始める。


「な、なにこれ……?」


 私は空を見上げて絶句した。

 いつの間にか空はドス黒い雲に覆われ、雲の下を走る無数の雷撃が一箇所に集まっていた。

 その光景はまるで世界の終わりを告げているかのよう。


 そして集まった雷撃は巨大な稲妻となって、地上に降り注いだ。


ドガアアアアアアアアッ!!


「きゃあああ!」


 大地を粉砕する程の衝撃と轟音が響き渡る。

 その余波で私は吹き飛びそうになるが、咄嗟に展開した重力の壁で難を逃れた。


 視界が晴れると、魔サイは悲鳴も上げずに地面に横倒しになっていた。

 目の前の光景が信じられず、私はただ呆然としたまま魔サイが消えるのを眺めた。


「悪い、渚。魔力をコントロールしてる余裕なくで全力で雷撃った。多分、このまま気絶すると思う」


「え……?」


「……あと頼んだぞ」


 お兄ちゃんはそれだけ残して気絶した。


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エリアボスの討伐により、金沢市エリア6が開放されました。

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