第26話 提案

「さ、この場所に長居は無用よ、拠点へ戻りましょ」


 ひまわり野郎……もとい、サンイーター戦の勝利を三人で分かち合った後。

 ショッピングモールに良い思い出のない高城さんは、早々に帰還を切り出した。

 俺も同意見だ。一刻も早く拠点に帰って休みたかった。


 そんな訳で、俺たちはさっそく拠点へ戻るため駐車場を歩き始めると、


「ちょっと待ってくれ!」


 誰かの焦った様な声に呼び止められた。

 声のした方を見ると、ショッピングモールの入り口から三人の男たちが出て来るのが見えた。

 何か用事があるのか、男達は急いでこちらに駆け寄って来る。


「またあの男達ね……どうする?」


「うーん……向こうに敵意はない様ですし、話だけでも聞いてみましょうか」


 三人に武器を装備している様子はない。

 どうやら戦闘が終わったタイミングを見計らって、何かを伝えにきたらしい。


「何か用?」


「あ、ああ……その、なんだ……ひまわり野郎を倒してくれてありがとう。駐車場に陣取られて、なかなか外に出られなかったんだ」


 男──確か以前、刀を装備して『危険察知』のスキルを使ってた──は、バツの悪そうに頭を掻いて感謝を口にした。


「それで、戦いが終わったから調子良く出てきたってわけ」


 そんな感謝の言葉は受け取らず、高城さんは呆れたような口調で返す。

 やっぱり、彼女の男たちに対する当たりはかなり強い。


「くっ……、こ、この前の事は謝る……実は健斗、俺たちのリーダーはひまわり野郎に殺されたんだ」


「そう……そうなのね」


 男の言葉に、高城さんは少しだけ沈黙を挟んだ。


 やっぱり、彼はあのまま助からなかったのか……。

 三日前、男たちがサンイーターと戦っているところを盗み見させてもらったから、大体の事情は知っている。

 そのおかげでヤツの弱点が分かって、こうして討伐に成功できた。

 けれど、それを言う必要はないだろう。

 助けに入らなかった事には申し訳なく思うが、もしもあの時戦っていたら俺たちも死んでいたかも知れない。


「それを伝えるためにわざわざ呼び止めたの?」


「い、いや、違うんだ」


 男はそう言うと、俺の方に向き直った。


「北原……もし良かったら俺たちのリーダーになってくれないか……?」


「え……!?」


 男の口から突然すぎる提案が飛び出した。そのあまりの急な申し出に、俺は戸惑ってしまう。


「リーダーが居ない今、ポーンベアーに襲われたら俺たちに抗う術はない。北原の強さは十分知ってる。だから──」

「お、俺は反対だからな!」


 すると、横にいたもう一人の男が強い口調で言葉を遮った。

 そいつは敵意剥き出しで俺を睨みつけていた。

 男の顔には見覚えがある。この前襲われた時に、俺が腹パンで倒した男だ。


「おい、口を挟むなよ! さっき話は済んだだろ! 智樹は黙っててくれ!」


 男に睨まれ、智樹と呼ばれた男は不貞腐れたまま押し黙る。


「なぁ頼むよ、北原。他の生存者のことも考えてくれ。俺たちじゃ不安なんだ。ショッピングモールの物資は自由に使ってくれて構わないからさ、俺たちを助けてくれないか……?」


 男の必死の説得に、俺は頭を悩ませて唸った。

 この男たちは好きにはなれないが、確かにショッピングモールを拠点として使えるのは大きいだろう。

 だが、もしこの提案を引き受けたら、きっと今後の動きがかなり制限される。

 渚の無事を確認したい俺としては、とても引き受けられない提案だ。


 そう結論を出し、どうやって断ろうか言葉を探していると、


「北原、こんな奴等の言うこと聞く必要ないわ。コイツらはね、面倒な役割をあんたに押し付けたいだけよ。きっと利用されるのがオチね。自分たちの面倒は自分たちで見なさい。さ、行くわよ」


 高城さんが間に入って、助け舟を出してくれた。

 そして俺と緑川さんの手を取ってつかつかと歩き出す。


「ちょ、ちょっと待て、考え直してくれ! こ、後悔することになるぞ……!」


「あっそ」


 そんな言葉を背に受けながら、俺たちはショッピングモールの駐車場を後にした。


 ××××××××××


 男達が見えなくなってしばらく。

 彼等が不安になる気持ちも分かるため、一方的に会話を終わらせた事に、俺は少なからず気が咎めていた。

 戦える男たちは別として、他の生存者達もあのままで大丈夫なのだろうか?


 そんなことに頭を悩ませていると、


「なに、まだ気にしてるの? 別に北原が気を病むことじゃないわよ」


「そうだよ。ここのエリアボスはもう倒したんだから、大抵のことはあの人達で解決出来ると思うよ」


 二人はそう言ってくれるが……


「他の生存者たちも、大丈夫でしょうか?」


「北原」


 俺の発言に、高城さんは歩みを止めて、こちらを振り返った。

 その表情は、真剣そのものだった。


「もし、本気で他の生存者を助けたいなら、別の方法でやりなさい」


「べ、別の方法ですか?」


「ええ、全てのエリアを開放して、このゲームを終わらせるの。きっとそれが一番良い方法よ。北原はそれを成し遂げるだけの力を授かったんだから」


「このゲームを終わらせる、ですか……」


 そんな事、考えもしなかった。

 今まではモンスターが溢れたこの世界に、順応するのに必死だった。

 今はレベルが上がって少しだけ余裕は出て来たが、命の危機を感じる場面だってまだまだ存在する。

 それに開放されているエリアはまだ二つだ。

 もし仮に全てのエリアを開放するにしても、先はかなり長いだろう。


「考えてみます……」


 俺は高城さんにそう一言だけ返事を返した。


 ××××××××××


 俺の返事で会話が止まり、少し気まずい雰囲気が続く中。


「あ、そういえばさ、ここのエリアが開放されたってことはエリア13に行けるってことだよね? それなら思い切って拠点を変えてみない?」


 緑川さんは明るい声でそんな提案をして来た。


「そうね。確かに、銀行の休憩室で寝るのはもうウンザリだわ。寝た気がしないもの。もし拠点を変えるなら、ベッドがある所がいいわね」


 高城さんも緑川さんの意見に賛成なのか、身体を伸ばす様な仕草を見せて同意する。


「じゃ……じゃあ、二人とも俺の家に来ませんか?」


 俺は少し口籠もりながら、勇気を出して二人にそんな提案した。

 二人が家に来てくれたら、それ以上に心強い事はない。

 高城さんはそこらの雑魚モンスターなら一人でも倒せるし、緑川さんのサポートは貴重だ。

 それに詩織さんの事もある。

 トラウマを抱えた彼女的にも、二人と一緒に居た方が精神的に安心するかも知れない。


「北原君の家ってエリア13にあるんだっけ? いいの?」


「ええ、もちろんです。ベッドも人数分ちゃんとありますし、なんなら簡易シャワーだってありますよ」


「しゃ、シャワー!? ほんとに!?」


 高城さんはシャワーという言葉に全力で食いついた。


「じゃあ決定ね! 決定! そうと決まれば北原の家へ急ぎましょ! レッツゴー!」


 見た事ないテンションで早足になる高城さん。

 そうして俺たちは、銀行へは戻らずに我が家へ向って歩き出した。

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