第25話 side高城夢
ひまわり野郎にとどめを刺す北原の姿を見て、私の胸に湧き上がった感情を、私は一生忘れない。
『ジェネシス・ワールド』が始まる直前、私は大学の友達とショッピングモールで気ままな買い物を楽しんでいた。
それは、いつもと変わらないありふれた日常。
でもそんな日常は、現実世界を舞台とした巫山戯たゲームによってぶち壊された。
異変は突然だった。
何の前触れもなく、見たこともないモンスターが現れて人を襲い、ショッピングモールは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
子供の泣き叫ぶ声、鳴り響く警報音、誰かの断末魔と獣の叫び。
パニックに陥った人々は、罵り合い、怒鳴り合い、我先に逃げようと必死に走っていた。
他人を押し退けてでも、自分だけは助かろうとする雄鶏のような人たち。
そんな人たちの波に押しつぶされて、私の友達はあっけなく死んだ。
その光景を目の当たりにした時、私の日常はいとも簡単に、ガラクタの様に崩れ去った。
それでも、なんとか一日目を生き延び、二日目も生きて、戦う術を身につけていった。
幸いなことに、私の性格はこの世界で生きることに向いていたらしい。
ショッピングモールに溢れてたモンスターを男たちと強力して全て倒し、生存者を集めて避難所を築いた。
けれどそんな避難所でも、私は弱肉強食の世界を身をもって思い知る。
ある日を境に、力を手にした男たちは、力の無い者に理不尽な要求ばかりする様になった。
彼らの情味に欠ける種々の行動を知れば、良識ある人は誰だって憤りを覚えるはずだ。
たとえ庇護を与えてくれていたとしても、権力欲を満たすような彼らの粗暴な振る舞いは許されて良いものではない。
これが弱肉強食の世界。
弱者に一生拭い去れない心の傷を残そうとも、強者である彼らが気にかけることはない。
その事実に酷い吐き気を覚えた。
それでも、他の子たちは死ぬよりはマシだって受け入れた。
私は死んでもイヤ。あんな奴らの言いなりになるくらいなら、無力な安らぎも食糧にありつける安心も要らなかった。
そうして決意を固めた私は、彼らと一悶着起こした後、晴れやかな気持ちでショッピングモールを後にした。
彼らに感じた怒りは義憤と呼ぶには身勝手すぎるものだけど、うただけは連れ出そうと思った。
彼女はちょっと抜けてて、危機感が欠如してるように見えたから心配だった。
でもこれは表向きの理由で、本当は寂しかったから。
今の世界での孤独は、死の危険が直接に結びついている。
絶え間ない胸騒ぎと終わることのない不安。
恐れはなんの役にも立たないと、私は知ってしまった。
そんな現実に私の精神は少しずつ擦り切れていった。それを紛らわせるには、うたの存在は必要不可欠だった。
でも、永遠に続くような絶望の中で、一体何を希望にすればいいの?
何に縋って生きればいいの?
その答えは、直ぐそばにあった。
この混沌とした世界で縋ることできる唯一の希望──それは北原弓弦。
ゲーム開始たった10分でエリアボスを倒した謎の男。
彼がどんな人間だろと、チートを使っていようと……早くこの恐怖から解放されるなら、なんでも良かった。
きっと私と同じ思いの人たちはたくさん居るはずだ。早く終わって欲しい、自由で安全な元の日常に戻って欲しいと。
だからあの時、北原と出会えたのは私にとって幸運だった。
さらに彼の心根が善良だと知って、私の胸に湧き上がった喜びは、とても言葉では言い表せない。
言葉の裏に何も隠さない真っ直ぐな目。
自分よりも他人を優先してしまう優しさ。
まだ幼さの残る顔立ちは、あの男たちとは違うのだと私に訴えていた。
──そして今、彼は私の目の前でエリアボスを倒した。
その圧倒的な強さに目を奪われ、私は北原をずっと見つめていた。立ち上がることすらも忘れて……。
「大丈夫ですか? 高城さん……?」
そう言って私に差し出した彼の手は、以前地底鰐との戦闘で負った傷跡が痛々しく残っていた。
北原は地底鰐に襲われていた私を助けてくれた。
ポーンベアーから私たちを逃すために囮になってくれた。
まだ出会って数日しか一緒にいないのに、彼がどんな人間なのかはっきり分かる。
この地獄のような世界で、他の誰かを守れる強さと優しさを持つ人──彼はまさにそれだった。
私は北原の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
私が立ち上がると、彼は安心した様に微笑む。その幼い笑顔に心が安らぐのを感じた。
『ジェネシス・ワールド』が始まってから、初めて感じた安心感。
私はようやく、この世界が地獄ではないと思えた。
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