第20話 能力検証
「はあ!? 逃げずに戦ったですって!?」
「はい……すみませんでした……」
気を失った俺が再び目を覚したのは、拠点として使っている銀行だった。
聞くところによると、俺は丸一日も眠っていたらしい。
重症だった胸の傷は緑川さんのスキルによって完治しており、体調に異変はない。
そのことがわかると、高城さんに事の顛末を話すよう迫られた。
「しかも気絶させた男をほっとけないから戦ったって、本当に馬鹿じゃないの?」
「はい、おっしゃる通りです……」
高城さんに叱られて小さくなる俺。
後で合流すると約束していた手前、無茶をして死にかけたのだから怒られても仕方ない。
そんな俺たちを緑川さんが微笑ましそうに見つめていた。
「まあまあ、北原くんも反省してるみたいだし許してあげようよ」
「そんなこと言ってもねぇ」
緑川さんの言葉にあまり納得がいかない様子の高城さん。
「でも本当に凄いよね! あのポーンベアーを一人で倒しちゃうなんて!」
高城さんとは逆に緑川さんは俺を褒めちぎってくれる。
「いや、それほどでも……」
そして褒められて照れる俺。
そんな俺たちを高城さんがジト目で睨んでくる。
「北原は調子に乗らない。強力な武器を持ってるからって油断はできないのよ?」
「はい、すみません……その点は俺も深く反省してます」
再び小さくなる俺を見て、緑川さんはクスクスと笑っていた。
俺が気絶した後のことを聞くと、どうやらポーンベアーが消滅した後、高城さんが気絶した俺を抱きかかえて緑川さんの元へと急いで戻ったらしい。
そして、俺が目覚めるまでずっと側に居てくれたのだとか。
「本当にすみませんでした……」
再び謝る俺に、高城さんは少し照れたように顔を背けた。
「別に……そこまで謝らなくて良いわよ。もう怒ってないわ。北原に助けられて、私も感謝してるし」
ツンデレみたいな反応を見せる高城さんを見て、俺は心底ホッとした。
もし嫌われていたら立ち直れなかったかもしれない。
そんな俺を見て、緑川さんが楽しそうに笑う。
「ほら、いつまでも破れた服着てたら風邪ひいちゃうよ。これに着替えて」
そう言うと、緑川さんは俺に新しい服を渡してくれた。
自分の服を見ると、あの戦闘の時のままだった。ポーンベアーの爪でざっくり切り裂かれ、血がベッタリとついたまま。
側から見ると威圧感が半端ない。
「あ……ありがとうございます」
お礼を言って服を受け取る。
俺は破れた服を脱いでいく。
すると──
「わ、わぁ……!?」
「……あ、あの、緑川さん?」
俺の着替えをジッと見つめる彼女に気がついた。
「ん? ああ! ごめんね!」
緑川さんが目を背けて、俺は自分の身体に視線を落とした。
そしてすぐに身体の変化に気がついた。
ステータスの影響か、俺の体付きが以前よりもがっちりしていたのだ。
以前は腹筋も割れてるのか割れていないのか分からないくらいだったのに、今はクッキリと形が分かるくらい見える。
けれど、それ以上にポーンベアーに付けられた傷跡が目立った。肩から脇腹にかけて斜めに走る醜い三条の傷跡が、身体に大きく刻まれている。
こうして今生きていることが如何に幸運なことかを改めて思い知らされる、そんな深い傷跡だ。
……あ。そういえば緑川さんって傷跡フェチだった。
俺は急に恥ずかしくなり急いで服を着た。
「ごめん夢ちゃん、私も北原くん狙っちゃうかも……!」
「また、何わけのわからないことを言ってるのよ、アンタは」
「だってぇ〜! 傷跡ってセクシーなんだもん〜」
乙女ちっくな声を出して抗議する緑川さんを当然のように無視して、高城さんは俺に尋ねた。
「それより、一個気になったことがあるんだけど聞いてもいい?」
「ん? なんですか?」
「北原って、あの星5の武器をほとんど扱いきれてないんじゃない?」
「うっ……!」
図星を突かれて、俺は思わず言葉を詰まらせた。
そんな俺を見て高城さんはため息をつく。
彼女が指摘する通り、俺は三叉槍の力をほとんど使いこなせていない。
「やっぱりね、アンタはステータスに頼りすぎなのよ。ちなみに水を操る以外の能力も使えるの?」
「いえ……それも全然知らないです」
「そう。それなら、今から能力の検証をしましょうか。それが生存率を上げることにも繋がるでしょうし」
「え? いいんですか?」
「あんたには早くこのゲームを終わらせてもらいたいし、私のためでもあるのよ」
「分かりました、じゃあよろしくお願いします」
そうして俺たちは三人で『海神の三叉槍』の能力検証を始めることになった。
××××××××××
まずはCWから『海神の三叉槍』を装備して、準備を整える。
最初に検証するのは水の操作から。この能力はすでに何度か使用しているため簡単だ。
緑川さんが用意してくれていたコップの水に意識を集中させると、水はふわふわと宙に浮いた。
「うんうん! 出来たね!」
「この能力、結構応用が効きそうじゃない? そのまま水の形も変えられる?」
「……やってみます」
高城さんに言われるまま、俺はイメージを膨らませる。
すると水はぐにゃりと波打ち、球体へと形を変えた。
そのままの流れで別の形へ変える事にも挑戦してみる。
まずは球体から立方体へ──三角錐、円柱、星型やハートと順番に様々な形へ変えていく。
変化するスピードはかなり遅いが、しっかりと形を変えることができた。
その事実に、俺自身が驚きを隠せなかった。
以前、マツリカ狼と戦う前に検証した時は出来なかった事が、こんなにあっさりとできてしまうとは。
それだけ俺の中で魔法というものを身近なものに感じているのかもしれない。俺もこの世界に順応しつつある。
「あと出来る攻撃と言ったら、勢いよく発射するぐらいかしら。ちょっとそのままあの壁に当ててみて」
そう言って適当な壁を指差す高城さん。
俺は一度頷くと意識を集中させて目を瞑る。
力を蓄えて一気に弾き飛ばすイメージだ。
頭の中のイメージがしっかりと固まり始めたタイミングを見計らい、
「──はっ!」
俺は息を鋭く吐き出して発射した。
すると、真っ直ぐに発射された水は勢いよく壁にぶつかって飛沫を散らす。
見ると、壁は大きく凹んでいた。
「おお、以前よりも威力が上がってる……!」
「すごい! これ、結構いい感じじゃない?」
「……確かに、これならすぐにでも戦闘で使えるかもしれないわね。でも、決定打としては弱いんじゃない? 出来るなら壁を貫通するぐらいの威力は欲しいところね」
高城さんがそう言うと、緑川さんはうーんと考え込む。どうやら二人は真剣に考えてくれてるようだ。
二人の優しさに感謝しながら俺は次の能力を検証することにした。
「次は水を生成してみます……!」
海神の三叉槍握りしめて水を生み出すイメージをする。すると──
「「「おお……!!」」」
空中に水が生み出された。
生み出された水は重力に従って地面に落ちる。
頑張ればまだまだ生成できそうだった。
「水の生成ができるだけでも破格の能力ね。ただ、水の操作と変形も同時にできるようにしないと、戦闘では使えなさそう」
「ええ、それが今後の課題ですね」
そしてしばらく三人で話し合った結果──結論が出た。
今わかった能力を戦闘でも使えるレベルに底上げするため、今後は訓練を継続的に行なっていく。
まずは水の操作をメインとして鍛える。水を勢いよく発射し、壁を貫通させるくらいには威力をあげたいところだ。
次点は水の変形で、今よりもっと素早く、正確にできるようにする。
そして最後に、それらの合間の訓練として水の生成を早く大量にできるよう頑張る。
この三つが俺の今後のトレーニングメニューとなった。
ほとんど手探り状態での訓練にはなるが、少しでも生存率を上げておきたい現状、死ぬ気で訓練するまで。
「じゃあ、次は陸を操る能力の検証ね……と言いたいところだけど、さすがにここで地震を起こすのはマズいわよね」
「そうですね、多分銀行が壊れます」
「じゃあ、今日はこれくらいにしましょうか。明日は食料調達がてら、どこかの空き地で検証してみましょう」
「はい!」
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