第19話 ポーンベアー
ポーンベアーの正面に立った瞬間分かった。
コイツはヤバい。魔司莉加狼と同等のプレッシャー……死のプレッシャーを強く感じる。
ヒグマと同等の2メートル超の巨体。
丸く小さいビー玉ような眼は真っ赤に充血して、本能的な恐怖心を掻き立てる。
今すぐに逃げ出したいという気持ちが激しい欲求にまで膨れ上がり、心臓の鼓動を恐ろしいほど早めていた。
それでも気を強く持って対峙していられるのは、高城さんと緑川さんを逃すという明確な目的があるからだ。
とはいえ、何が命取りになるか分からない状況。
極限まで精神を張り詰めて、相手のわずかな動きも見逃してはいけない。
すると、ポーンベアーの右前脚がピクリと痙攣するような仕草を見せた。
ほとんど条件反射で三叉槍を正中線上に構える。
構えた場所に強烈な熊の張り手が飛んできた。
「ぐっ……!」
あまりの威力に数センチ後ろに押し返された。槍を握る手にもヒリヒリと痺れが走った。
俺は第二の攻撃を恐れて、即座にバックステップで距離を取る。
「GURRRRRRR……」
ポーンベアーは低い唸り声を発して、こちらを警戒する様にゆっくりと周りを歩き始めた。
目先の恐怖を振り払うように、俺は三叉槍を強く握りしめる。
「来るなら来やがれッ!」
吠えて、三叉槍の切先を向けると、ポーンベアーは釣られるように俺に向かって突進してきた。
熊の弱点は顔だと聞いたことがある。
一般的な熊の弱点がポーンベアーにも当てはまるかは分からないが、試す価値は十二分にあるだろう。
それなら……ッ!
「GOAAAAAAA!!」
ポーンベアーの突進をギリギリまで引き付けてから、左に跳んで回避。
「食らえッ!!」
大きく跳んだ瞬間、俺はポーンベアーの顔面目掛けて三叉槍を突きつけた。
──ガキンッ!
鋼にでもぶつかったような鋭い音が鳴った。
見ると、ポーンベアーは腕でガードして防いでいた。槍の穂先は、ポーンベアーの装甲の様な甲羅に当たっている。
「かたッ!」
俺の攻撃など全く意に介していない様子のポーンベアーは、そのまま太い左腕で俺を薙ぎ払おうとする。
咄嗟に槍を引いて防御するが、圧倒的なパワーに負けて、俺はポーンベアーの腕に沿うように吹き飛ばされた。
「ぐッ!」
数メートルも吹き飛ばされ、地面に体を強く打ち付ける。
全身を打ったせいで身体中の骨が悲鳴を上げているのがわかった。
追撃を恐れて急いで立ち上がる。
幸い、まだこちらを警戒している様子で、追撃はなく難を逃れた。
なんて力だ。腕は……折れてはいないが、ヒビの一つは入ったかもしれない。
それでも、まだ死んでいないし、動ける。
「もうそろそろ逃げてもいい頃合いか?」
俺の目的はコイツを倒すことじゃない。高城さんと緑川さんを逃すことだ。
二人が逃げられる時間は十分稼いだ。あとは、隙をついて俺も逃げるだけ。
「その隙があればいいんだけどな……」
ポーンベアーの殺意に溢れた眼は俺を捉えて離さない。
この状態から逃げ切れる確証はない。
賭けに出て逃げるべきか、このまま戦うべきか……
両方の選択肢を秤に架けて迷っていると、俺はコンビニで気を失ったままの男に気がついた。
それは俺が吹き飛ばして気絶させた、誠也とか呼ばれていた男。
「おいおい、嘘だろ……!? あいつら、自分の仲間を見捨てて逃げたのか!?」
男たちの無情さに俺は驚きを隠せなかった。
奴らも高城さんと同じぐらいのレベルがあるんだから、連れて逃げ切ることもできたはずだ。けれど、奴らはそれをしなかった。
このまま放って逃げ出せば、彼はポーンベアーに殺されてしまうかもしれない。
気を失わせた俺としては、放置など到底出来ない。
「クソッ! ここで倒すしかないか……」
結局俺は戦う覚悟を決めて、再びポーンベアーを見据える。
しかし──
「しまった……っ!」
気絶中の男に気を取られ、ポーンベアーから意識を逸らした一瞬。
その一瞬をついて、ポーンベアーは2メートル超の巨体とは思えない跳躍力で、俺の目の前に来ていた。
右腕を大きく振り上げるポーンベアー。
ガードを諦め、後ろに飛んでとっさに回避する。
だが間に合わない。
そのまま突き下ろされるハンマーよろしく強烈な一撃が、俺の胴体を縦に斬り裂いた。
ゴロゴロと地面を転がり、すぐに立ち上がる。遅れてやってくる痛みに思わず膝をついた。
「クソッ、今のはヤバかった!」
悪態を吐く俺は、膝下に生暖かい感触を感じて思わず目を落とす。
「マジかよ……」
俺の膝下は見たこともないくらい血で真っ赤になっていた。
切り裂かれた服の隙間からドクドクと流れる血が、ズボンを赤黒く染めていく。
溢れる血の量が傷の深さを物語っていた。
次第に痛みは膨れ上がって、耐え難い激痛となる。
とっさの回避のおかげで致命傷にこそ至らなかったが、重症も重症だ。
…………もう長くは戦えないだろう。
「畜生……ッ! こんなところで死んでたまるか……ッ!」
俺は生きて、渚を助けるんだ。
その為に手段なんか選んでいられなかった。
あの男に気を取られるべきじゃなかった。すぐに見捨てる判断を俺は持つべきだった。
困ってる人を見捨てられないなんて、そんな甘い考えを持っているからこうなるんだ。
星5の強力な武器を手に入れて、危機感を失っていた。バカで甘えた高校生だ。
「ここで死んだら、渚を助けることなんか絶対にできないだろうがッ!」
歯を食いしばって痛みを堪え、足に力を籠める。
手に持った三叉槍を杖にして立ち上がる。
霞む視界に映るポーンベアーは、まるで獲物を追い詰めた狩人のように、勝利を確信して嗤っているように見えた。
「来いよ! 化け物! 俺はまだ戦えるぞ!!」
俺の挑発に怒ったようにポーンベアーが唸り声をあげると、前脚を地面に一度叩きつけ、立ち上がって突進してきた。
その速度はこれまでの比じゃないほど速い──!
「あと一回耐えてくれよ、俺の身体!」
覚悟を決めて両腕でガードを作る。
強烈なタックルを正面から受けた俺は、数十メートルも後方に吹っ飛ばされ、コンビニに突っ込んだ。
ガラス戸を壊し、棚を薙ぎ倒しながら店内の床にバウンドする。
「げほっ! がはっ!」
血反吐を吐きながら咳き込むと、息をする度に激痛が走った。
だが、狙い通り。
コンビニ内に入ったことで、ポーンベアーの攻撃圏から外れ、視界からも外れることができた。
ヤツがコンビニ内に侵入してくるまでの間、CWを操作できる時間が稼げた。
俺はすぐさまCWを開いて天空神の雷霆を装備する。
「一撃で仕留めるしかない……」
俺は手に握られた巨大な宝石──天空神の雷霆に視線を落とす。俺が持つ中で最強の攻撃手段。
これを使えばポーンベアーを確実に倒せるだろう。
とはいえ、魔力の消費を抑えて気絶するのだけは避けないと。
前回と同じことになったら、目も当てられない。
俺はすぐさま天空神の雷霆を天高く掲げ、
「来いッ! 雷霆──ッ!」
力強く叫ぶ。すると同時に、スッと力が抜けるのがわかった。
そして前回同様、すぐに変化が訪れる。
ポーンベアーのはるか頭上に恐ろしいスピードで黒雲が湧き起こると、そこから一筋の雷が一直線に落ちた。
魔力を抑えたせいか、前回よりも細い雷だった。それをポーンベアーは野生的な反応を見せて紙一重で躱してしまう。
「GURRRRRRR……」
必殺の一撃を避けて得意気な様子のポーンベアー。
だが、大地に落ちたはずの雷は地面に留まり続けていた。
そして再び一筋の雷撃となって地面を駆け抜けてポーンベアーの真下まで一直線に伸びていく。
空気を焦がし、稲妻のように大地を駆ける雷撃は、周囲の瓦礫を吹き飛ばしながらポーンベアーの股下まで行くと──────
バチバチバチッ!!
今度は天へと駆け昇り、轟音と共に周囲一帯を吹き飛ばした。
「おいおい、追撃までできるのか……」
大きなクレーターの中心で、ピクピクと痙攣しているポーンベアーを見つめながら、俺は感嘆の言葉を漏らす。
魔力を抑えたせいで、ポーンベアーを仕留めるまでの威力はなかったようだが、今こそ最大のチャンス。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は身体の痛みを無視して最後の力で立ち上がると、麻痺状態のポーンベアーへ全力で走った。
そのままポーンベアーの心臓目掛けて三叉槍を突き刺す。
「GRA……ッ!?」
ポーンベアーは最期の断末魔を上げ、靄となって虚空に消えた。
「やっ……た……」
勝利に喜ぶと同時、意識が遠のいていくのがわかった。
支えを失い、その場に倒れそうになる俺の身体を誰かが支えてくれる。
霞んだ視界で誰かと見ると……高城さんだった。
「北原!!」
「あれ……なんで、高城さんが……」
もしかして幻覚だろうか?
あまりの傷の痛みに脳が誤作動を起こしているのか?
「うたがイヤな予感がするって言うから戻って来たのよ! あの子の勘はよく当たるから!」
ああ、そういうことか……
「……ありがとう、ございます」
高城さんにお礼を言うと、俺はそのまま気を失った。
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ポーンベアーを討伐。
6,000EXPを獲得。
レベル29に上がりました。
レベル30に上がりました。
1,000GPを獲得。
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