第39話 物語の進展

「神殺しの巫女……星5の使い魔だったか、通りで強敵だった訳だ。このまま使い魔に設定すれば、彼女を使役出来るんだろうが……」


 今すぐに彼女を呼び出すのはなんだか気が引けた。


「レギオンの拠点に戻ってからでも遅くはないな」


 そう判断した俺は、拠点があるエリア6へと向かった。


 ××××××××××


「そんな事があったのですね……」


 レギオンの拠点に戻ると、直ぐにエリア4での出来事を紫音に話した。


「では、討伐者の名前が無かったのは、主人の存在しない使い魔が倒した所為だったと」


 俺の話を聞いて納得した様に頷く紫音。


「色々とお疲れ様でした、弓弦さん。あと、塩田さんと夛田さんの件もありがとうございます。二人はとても協力的で、今後色々と任せられそうです」


「塩田さんと夛田さん?」


 紫音の口から急に出た二人の名前に俺は首を傾げる。

 だが、直ぐに思い至った。

 エリア5で出会った二人組の男女だ。名前は今知ったが、ちゃんとここに辿り着けた様で安心する。


「それで、巫女服の女性……『神殺しの巫女』は使い魔でありながら言葉を話していたと」


「ああ。俺が聞いたのは『ごめんなさい』って言葉だけだが、意思の疎通が可能なら、色々と聞き出せるかも知れない」


 彼女が『ジェネシス・ワールド』のアイテムとして生み出された存在なら、ゲームの謎を解き明かす鍵になるかもしれない。


「さっそく使い魔に設定して、話を聞いてみようか」


 俺はアイテム一覧から『神殺しの巫女』を選択して使い魔に設定すると、彼女を呼び出した。

 すると目の前に光が集まり始め、やがて人の形を成していく。

 光が収まるとそこには、巫女服姿の長身の女性が立っていた。

 黒髪黒目のロングヘアー。スタイルの良い肢体を包むのは赤い巫女服と白い袴。

 神秘的な雰囲気を纏った、二十代中頃の女性だ。

 

 しかし、姿は先ほどの戦いのままで、巫女服は海水でずぶ濡れになり、身体には生傷が見受けられた。

 どうやら傷なんかは自動では治ってくれないらしい。


 三叉槍の能力で服を乾かし、レギオンのアイテムで傷を治す。

 CWのステータスを開くと、俺のステータスの隣に使い魔のステータスも表示されている事に気がついた。


────────────────────

 名前:神殺しの巫女

 レベル:16


 体力:2,153

 筋力:1,640

 耐久:1,846

 魔力:2,536

 敏捷:652


 アクティブスキル:『神通力』


 絆:0%


────────────────────


「そうか、スキルは念力じゃ無かったのか」


 アクティブスキル『神通力』。

 瓦礫を持ち上げたのも、攻撃を防いだのも、全て神通力のスキルだったと。

 雷霆の一撃を目視もせずに防いだのも、このスキルが関係しているのだろう。

 絆は当然ながら0%で、レベルが既にいくつか上がっているのは、以前のプレイヤーのおかげだろうか。


「彼女が使い魔……とてもモンスターには見えませんね。普通の人間のようです」


 紫音が驚いたように女性に視線を送る。

 確かに、彼女はどう見ても人間の姿だった。


 ただ、魔力を消費して現界している以上、魔力がなくなれば消滅する存在だ。

 こうして現界させておくだけで自身の魔力を消費し、魔力を回復させるには定期的に霊体にしなければいけなかった。

 俺の魔力をそのまま使えたら良かったんだが、そう甘くはないらしい。


「……どうしたんですか?」


「いや、なんだか少し怖くて。出会い頭にいきなり攻撃されたし、また襲われるんじゃないかと……」


 巫女服の女性は突然呼び出されたにも関わらず、無表情のまま突っ立っていた。

 意思を感じない人形みたいだ。


「今は弓弦さんが主人ですし、突然攻撃される心配は無いと思いますが……確かに、妙な底知れなさを感じますね」


「ああ……」

 

 俺は恐る恐る女性に近づくと、彼女の目の前で立ち止まった。

 俺をジッと見つめる女性の瞳に感情の色は無く、まるでこちらを見ていない。


 とりあえず自己紹介でもしてみるか……


「えっと……初めまして巫女さん?」


「…………」


 反応がない。ただ黙って俺を見つめるだけ。


「も、もしかして言葉が通じてないのか?」


「どうでしょう……命令を待っているだけの様な気もしますし、何か指示を出してみてはどうでしょうか?」


「指示かぁ。そう言われると何から始めて良いのやら……」


 俺は少し思案して、彼女に命令する。


「これから君を何て呼べば良いか教えてくれ」


 彼女が理性のない獣の使い魔なら、俺が自由に名付けたんだが、そう言う訳にもいかないだろう。


 すると彼女はゆっくりと口を開き──


「……マスターの好きに呼んでください」


 と答えた。

 言葉が通じる事にホッとする。

 しかし、その声に生気は感じられなかった。

 使い魔として従順な言葉だが、逆に彼女との壁を感じる。

 絆0%だし。


 うーん。好きに呼べば良いと言われると逆に困るな。『神殺しの巫女』と呼ぶのは流石に嫌だろうし。


「ちなみに以前はなんて呼ばれてたの?」


「……シズク、と呼ばれていました」


 シズク?

 一体どこからシズクと言う名前が出て来たんだ?


 俺は紫音に視線を向ける。紫音も分からないとばかりに首を横に振った。


 多分だが、彼女を使い魔にしていた前のプレイヤーが名付けたのだろう。

 特に意味は無いのかもしれない。


 俺はそう判断したのだが、


「呼ばれていたとは、それは前の主人がそう呼んでいたのですか?」


 紫音が直接疑問を投げかけた。


 けれど彼女は答えない。


「質問に答えてあげて、シズク……さん」


「……いいえ」


 いいえ?

 じゃあ一体誰が彼女の事をシズクと呼んでいたんだ?


「…………」

「…………」


 続く言葉を待ってみるが、彼女はそれ以上口を開こうとはしなかった。

 淡々と受け答えをする機械みたいに、聞かれた事だけに必要最低限答えるらしい。


「弓弦さん、これはもしかすると……」


「ああ……」


 紫音が何かに気づいた様に呟き、俺も同じ考えに至る。


 恐らく彼女がシズクと呼ばれていたのは、『ジェネシス・ワールド』が始まる前の事だろう。


 つまり、彼女には使い魔としてではなく、人間としての過去があるという事。

 ゲームの為に生み出されたアイテムだと思ったが、違ったか…………いや、その過去すらも運営が作り上げた物だとも考えられる。


「貴女は、一体何者なのですか?」


 紫音の核心に迫る質問に、シズクさんは表情を変えずに答えた。


「私は、こことは別の世界から来ました」


「「────ッ!」」


 こことは別の世界。

 それはつまり、異世界が存在すると言う事か。


 衝撃の事実……いや、その可能性は既に初めからあった。

 異世界を肯定出来る一番の理由は、モンスターの存在だ。

 この世界に溢れたモンスター達は、どれもこの世に存在しない生物ばかりだ。


「じゃあ、シズクさんは何故この世界に来たの?」


「……私は一度死に、望みを叶える為、この世界で霊体として生きる契約を結びました」


「そ、その契約は誰と……?」


「………………」


 長い沈黙が降りた。

 その沈黙は、回答を拒むと言うよりは、むしろ深く考え込む様な沈黙だった。

 そして口を開く。


「……思い出せません」


 その答えを聞いた瞬間、彼女から『ジェネシス・ワールド』の真実を探るのは難しいと悟った。

 きっと都合の悪い記憶を、運営が消したのだろう。


 そして同時に、彼女が運営によって作られた存在だという疑念も消えた。

 一度死に、望みを叶える為に霊体になったなど、そんな過去を作り上げる必要性は何処にも感じない。


 それに俺が今まで戦って来たモンスター達は皆、怒り、苦しみ、血を流し、そこには確かな生命を宿していた。

 死んだらモヤとなって消えるとはいえ、それで彼らが偽物の生命だとは、どうしても考えられなかった。


 シズクさんの発言によって、別の世界の存在が明らかになったのは大きい。


「えっと、シズクさんは使い魔なんだよね?」


「……はい」


「そっか……」


 どうやら使い魔としての自覚はあるようだ。

 そこら辺も運営側の契約で何かしら定められているのだろう。


「ちなみに、シズクさんの望みっていうのは何?」


「それは……話したくありません」


 彼女から始めて出て来た拒否の言葉。

 命令すれば語ってくれそうな雰囲気はあるが、言いたくないと言うのなら無理に聞かないでおこう。

 強引に命令すれば、今後絆を上げるのに影響しそうだ。


「ありがとう、シズクさん。もう霊体に戻って良いよ」


「……はい」


 『ジェネシス・ワールド』の謎に近づいた気もするし、遠ざかった気もする。

 そんな感じだった。


 やはり全てを終わらせるには、エリアを解放していくしかないだろう。


 よし、そうと決まれば、明日からは渚と一緒にシズクさんのレベルを上げていこう。

 そして同時に絆も上げれたら御の字だ。

 今はまだ絆が0%だけど、これが上がっていけば、彼女の望みも聞けるかもしれない。

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