第38話 海神の力

 本気で相手をする、とは言ったものの、水閃と雷撃を神がかり的な反応で防がれた現状、攻撃を通すのは至難の技だろう。


 とはいえ自我がない相手なら、色々な戦法を試しやすい。


「とりあえず、ヒットアンドアウェイで試してみるか」


 大地を蹴り、雨のように降り注ぐ瓦礫や車の破片を避けながら走る。

 そして、俺が望む距離まで接近すると、


「はああッ!」


 女性の前後左右の四箇所から同時に、土の槍を生み出した。

 突如飛び出た四つの土の切先は、しかし、彼女に届く寸前で止められてしまう。


「ちっ、これもダメか……!」


 即座に女性から距離を取りながら、思わず舌打ちをする。


 次だ。

 今度は背後から近づいて、三叉槍を女性の頭目掛けて叩き込む。


──ガキンッ!


 そんな音を立てて、攻撃は頭に到達する寸前で止まった。

 だが俺はそのまま腕に力を込め、


「うおおォォォォッ!」


 裂帛の気合いと共に、渾身の力で三叉槍を押し込んだ。

 すると、徐々にではあるが、見えない壁が押され始める。


──ギギッ……ギギギッ!


「このまま押し切るッ!!」


 俺はトドメとばかりに、さらに腕に力を込める。

 そして、ついに女性の頭に三叉槍の先端が届く寸前、


「──ッ!!」


 再び飛来してきた瓦礫に阻まれ、俺は回避を余儀なくされた。


 とっさにバックステップを踏みながら瓦礫を避けるが、俺の回避を見越していたのか、避けられずに右側にダメージを受けた。


「くそ……ギリギリを狙いすぎたか!」


 体勢を大きく崩され、その隙に一発の瓦礫が右肩に着弾した。


「ぐッ……!」


 激痛に思わず声を漏らし、直ぐに三叉槍を構えて女性から距離を取る。

 そのまま近くにあったトラックに身を隠すと、荒れる呼吸を整えた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ガードが硬すぎだろ」


 もう少しで攻撃が通りそうだったが、やはりそう易々と突破させてはくれないか。

 あと一歩の所だったとは言え、悪態をつかずにはいられない。


 女性に近づく事は簡単だが、攻撃が全て防がれてしまう。遠近両方の攻撃は女性に届く寸前で防がれ、近づこうとすると殺意の籠った瓦礫が邪魔をする。


「まずは攻撃を通す方法を考えないとな……」


 水閃では力不足だ。

 雷霆の一撃は、多分全力で撃ったら通用すると思うが、どれだけ魔力を消費するかが未知数。


「だったら点の攻撃ではなく、面の攻撃で責めるか?」


 それでも生半可な攻撃では、防がれるだろう。

 女性を押し潰すぐらいの圧倒的な質量で、全方位からの攻撃を繰り出さなければいけない。

 だが、俺の持つ攻撃手段にそんな技はない。


「……いや、待てよ」


 俺はふと、このエリアの地理を思い出した。


「あそこなら……もしかして出来るか?」


 絶対では無いが、試す価値はある技だ。

 俺は頭の中で思い描いた戦法を試すべく、直ぐにトラックの陰から躍り出た。


 巫女服の女性は、やはりゆっくりと此方に近づいてくる。

 まるで殺戮マシーンにターゲットにされた気分だった。俺を殺すまで彼女は止まらないだろう。

 それでも、今回に限っては好都合。


「こっちに来い!」


 俺は女性をとある場所へと誘導するため、一定の距離を保ちながら西へ走った。


 その間にも、様々なモノが俺目掛けてピンポイントで飛んでくる。

 巨大な瓦礫や根本から引っこ抜かれた街路樹。

 郵便ポストや小さな倉庫まで飛んできた。

 周囲の目につくモノ全てを利用して繰り出される攻撃を、俺はなんとか回避しながら、目的の場所まで辿り着いた。


 俺が来たのは、日本海に面した海水浴場。

 ここまで来れば、『海神の三叉槍』の土俵へ引き摺り込んだも同然だった。


 女性に自我が無くて助かった。

 この場所に誘い込まれたとも知らず、馬鹿正直に着いて来てくれたのだから。

 その女性は今、2台の漁船を持ち上げ、こちらへ投げつけようとしていた。


「おいおい、魔力が無尽蔵なのか……?」


 俺は改めて、この強敵へ畏敬の念を抱く。

 しかし、どれだけ魔力を持っていようと、圧倒的な質量の前には無意味だろう。


 俺は日本海を背に、女性を鋭く見据えた。


「悪いが、ここなら独壇場だ!」


 三叉槍を天に掲げる。

 すると、それに呼応するかの様に海面が荒れ狂い始め、打ち寄せる波がどんどん高くなった。

 そして潮が大きく引いたと思った瞬間、海面が凄まじい音を立てて、巨大な津波が打ち上がる。


 津波は圧倒的な質量で、濁流となって女性へ襲いかかった。

 迫りくる大津波を前に両手を突き出す彼女の姿が見えたが、


「飲み込めぇえええ!」


 女性へ向かって三叉槍を振り下ろすと、更に俺の背後から二つ目の大津波が打ち上がった。

 激しい水飛沫を上げながら、二つの巨大な波はぶつかり合い、女性を飲み込んで濁流となる。


──ドゴオオオォォォン!!


 激しい轟音と共に大量の水が弾け飛び、辺り一帯に雨の様に降り注いだ。

 二つの大津波を真正面から受けた女性は、数百メートルも押し流され、空き家の残骸に埋もれていた。


「今の一撃でも意識を保ってるのか……」


 彼女の元まで近づくと、ほとんど虫の息で、必死に起きあがろうとしていた。

 だが、流石の彼女も力尽きたのか、起き上がる事叶わず崩れ折れる


 海水で濡れた巫女服が、肌に張り付き彼女のボディラインを浮かび上がらせていた。

 あられもない姿に目を逸らしそうになるが、そんな隙は絶対に見せらせない。


「あっ! 仮面が割れた!?」


 割れたマスクの下から現れた顔は、20代前半ぐらいの黒髪の女性。

 美人であるはずの彼女の顔は、まるで死人の様に青白く、目は虚ろで焦点が合っていなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 誰に届くともない謝罪を、うわごとのように繰り返している。

 やっぱり、俺を攻撃したのは彼女の意思では無かったか。

 仮面が割れて正気に戻ったところを見るに、精神に異常をきたしていたのは仮面の効果だろう。


「色々と事情を説明して欲しいけど……まぁ落ち着いてからで良いか」


 今はそっとしておいた方が良い。

 そう判断し、落ち着くまで待っていようと思ったその時、


「な──!?」


 突然、女性の身体が粒子になり消え始めた。

 これは、モンスターが死んだ時に起こる現象──俺が何度も見て来た現象だ。


「もしかしてモンスターだったのか!?」


 いや。今まで戦ってきたモンスターは全て獣の姿だった。

 だが俺の目の前で横たわる女性は明らかに人間だ。


 てことは、ガチャで出た使い魔?

 それなら獣の形をしていなくても不思議じゃ無い。


「でもどうして突然消え始めたんだ?」


 使い魔は魔力で現界していると、以前紫音に教えてもらっていた。

 それが仮面が割れた途端消え始めた。

 考えられる可能性としては、もう彼女の主人であるプレイヤーはおらず、仮面の魔力のお陰で消えずに済んでいたと。


 そう考えると色々と辻褄が合う。

 エリアボスの討伐者名の欄に名前が無かった事や彼女の魔力が無尽蔵だった事。

 魔力の元となる仮面が無くなった今、彼女をこの世界に留めておく魔力も無くなったと。


 そんな考察をする俺に、ある考えがよぎった。

 もし彼女が使い魔だったのなら、俺の『マスターキューブ』を使う事ができないだろうか?


 彼女を使い魔に出来たのなら、俺は『ジェネシス・ワールド』の真相に近づける様な気がする。

 それに使い魔としての強さも、先ほどの戦いで証明された。


「そうと決まれば、迷ってる暇はないな」


 俺は急いでCWを開くと、『マスターキューブ』を選択した。

 手のひらに現れたメタリックな正方形の箱を消えかけの女性へ向ける。


 『マスターキューブ』は瞬い光を発し、女性は箱の中へと吸い込まれていった。


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「神殺しの巫女」<使い魔>

 ☆☆☆☆☆

強大な神聖を帯び、神にも届きうる力を持った比類なき巫女。

穢れを知らぬ無垢な少女は悪神の策略に嵌り、自らが崇める神を殺してしまった。

 ──罪を背負いし聖職者シリーズ──

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