第37話 神殺しの巫女

 エリア5のエリアボスを倒して直ぐ、俺はエリア4の領域に入った。

 金沢市エリア4は日本海に面する西側のエリアで、ちょっと遠いが海を見渡せる海岸もある。


 そんなエリアをしばらく探索していた俺は、このエリアに対して強烈な違和感を覚えた。

 エリア4は、不気味なほど静かだった。

 他のプレイヤーに出会わないのはおろか、モンスターの気配すら感じられない。

 モンスターと会敵しない訳では無いが、それでも、他のエリアと比べると圧倒的に少なかった。


 それにエリア中心部の街中に近づくにつれて、街並みが退廃的な雰囲気を漂わせ始めた。

 半壊した家屋や、幾つもの瓦礫の山、傾きかけのビルには砲弾が当たった様な大きなクレーターまで見受けられた。

 その凄惨さは、ここで小さな戦争でもあったんじゃないかと疑いたくなる有様だった。

 大方がエリアボスとの戦闘によって出来たものだと予想は付いた。


「ん?」


 そんな街の道路沿いをしばらく歩いていた俺は、街路樹が立ち並ぶ広い国道の真ん中に、人影を発見した。


 エリア4に入って初めて見かけたプレイヤーだ。

 姿がはっきりと見える距離まで近づくと、女性だと気が付いた。

 背の高い女性が一人、ポツンと立っている。


 その女性は何故か巫女服を身に纏っており、顔には不気味な仮面をつけていた。

 仮面のせいで年齢は分からないが、かなり怪しい出たちだ。

 彼女が被っている仮面は、羽飾りの付いた木製の仮面。北米の先住民族なんかが身に付けるような、エキゾチックな装飾のお面だ。

 巫女服とお面のアンバランスさもさる事ながら、一人で静かに佇む姿は、明らかに異質な存在感を放っていた。


 彼女が、エリアボスを倒した討伐者だろうか?


 俺が女性に近づこうと一歩を踏み出した瞬間、女の纏う空気が変わった。

 ビリビリと全身を突き刺す威圧感に思わず足を止める。

 この威圧感はまるで──


「──殺気だ。もしかして、敵だと思われてるのか?」


 ますます不思議な存在だと思った。


 すると、こちらに気付いた女性が徐に俺を指差した。その瞬間──


「──ッ!?」


 何が来る!

 俺の直感が全力で危険信号を鳴らした。

 目には見えないが、空気を伝って高速で迫る何かを肌で感じ取った。


 俺は咄嗟に三叉槍でガードを作る。

 すると、壁にでもぶつかった様な感覚に襲われ、そのまま数十メートルもの距離を吹き飛ばされた。

 突然吹き飛ばされた俺は、背後にあった車に激突する。


「がはぁッ……!?」


 強い衝撃を受けて一瞬呼吸が止まる。

 車と衝突した背中は激しい痛みに襲われ、三叉槍を握っていた両腕もビリビリと痺れるような痛みが走った。


「ぐ……ッ! な、なんだ……今の強烈な衝撃は!?」


 突然攻撃された事と、攻撃が見えなかった事。

 二重の驚きに困惑する。

 たがその隙を突くかの様に、今度は巨大な瓦礫が飛来した。


「なっ──く、くそッ! 問答無用かよ!」


 次々と襲い来る瓦礫を転がりながら辛うじて避け、そのまま立ち上がって走り出した。

 そうして女から距離を取った俺は、謎の攻撃の正体を探るべく女を鋭く見据えた。


 ゆっくりとした歩みで距離を詰めてくる女性の周囲には、俺の頭を簡単に潰せてしまう程の瓦礫がいくつも浮遊していた。


「重力魔法──いや、念力か?」


 浮遊する瓦礫を見て、一瞬妹の顔が浮かぶ。

 だが、俺が受けた最初の一撃は、重力魔法の攻撃の性質とは違っていた。


 俺を吹き飛ばした目には見えない何かと、瓦礫を浮かす超常的な力。

 念力やテレキネシスと呼ばれる超能力のスキルを使っていると考えた方が良いだろう。


 それにしても、あんな巨大な瓦礫を軽々と浮遊させるなんて、相当なスキルの練度と魔力だ。

 間違いなく彼女がここのエリアボスを倒した人物だ。


「だが、なぜ俺を攻撃して来るんだ?」


 襲われる理由が全く分からない。

 同じプレイヤーであるなら、少なくとも突然攻撃される理由なんてないはずだ。


「聞いてくれ! 俺は敵じゃない!」


 近づく女性に向かって声を張り上げる。

 だが、俺の言葉は意に介せず、女性は瓦礫を投げ飛ばして来た。


「クソッ! 聞こえてないのか!」


 三叉槍を構えて走り出す。

 女性が次々と放つ瓦礫を三叉槍で破壊すると、今度は根本の折れた標識を矢の様に飛ばしてきた。

 それも三叉槍で薙ぎ払う。


 ──ガキンッ!


 重い金属音と共に標識を弾くが、今度は乗り捨てられた車が飛んできた。


「おいおい! マジかよ!」


 慌てて飛び退いて、大きく距離を取る。

 俺がいた場所に車が激突すると、激しい土煙が舞い上がった。

 明らかに殺意を持った攻撃に冷や汗が出る。


「こっちに戦う意志はない! 一度話し合おう!」


 もう一度大声を出して伝えてみる。

 だが、女性の反応は無し。


「……もしかして、誰かに操られてるのか?」


 俺はふとそんな事を思った。

 出会った瞬間から、彼女の様子は変だった。


 彼女が纏う殺気は肌を突き刺す程強烈だが、その攻撃はどこか機械的で無機質な印象を受ける。

 まるで人形が動いているような感じだ。

 もしかしたら、俺を見境なく襲って来るのは、彼女の意思ではないのかもしれない。


 彼女の精神が何者かに操られているとしたら、この異常な行動にも納得がいく。

 その原因は、彼女が身につけている変な仮面のせいなのか、はたまたエリアボスの置き土産か。

 どっちかは分からないが。


「それなら……!」


 俺は、女性がゆっくりと近づいて来る好機に乗じ、時間を掛けて三叉槍に意識を集中させた。

 三叉槍へと魔力を流し込み、水を超高圧で発射するイメージを完成させる。

 そして、


「これでも喰らえッ!」


 三叉槍から放たれた高圧の水が、レーザとなって神速のスピードで女性に襲いかかった。


 この技は水弾より遥に威力があるが、発射するのに時間がかかるのがネックだった。しかし一度発射できれば、岩も貫通する程の威力を誇る。

 ちなみに、この技には緑川さんが名付けてくれた《水閃》という技名もあるが、俺は恥ずかして一度も言ったことが無かった。


 その水閃が一直線に迫っても、女性は避ける素振りを一切見せない。


「やはり、何かしらの精神攻撃を受けているのか……」


 俺の攻撃は直撃する──かに見えた瞬間、女性の手前で水のレーザーが透明な何かに弾かれて霧散した。


「なッ!? スキルで防がれただと……!?」


 彼女、本当に精神攻撃を受けているのか!?


 彼女は今、無数の瓦礫を持ち上げている。

 威力を落とした水閃とはいえ、そんな中で防ぐなんて芸当、可能なのだろうか?


「いや、考えても仕方ないか……だったら、『天空神の雷霆』で決めさせてもらう!」


 俺は直ぐに気を改め、『天空神の雷霆』を装備した。


 『天空神の雷霆』の雷撃は、俺の持つアイテムの中でも最大の威力を誇る技だ。

 一発打っただけで気絶するほどの膨大な魔力を消費するのと引き換えに、一撃必殺の最強の切り札となり得る。


 避けられる危険性やそのピーキーさ故、あまり戦闘では使えていないが……使用する魔力を慎重にコントロールさえすれば、威力を弱める事も可能だった。

 この調節は結構難しく、相手に隙がないと出来ない。


 だが、幸い彼女はゆっくりとした足取りで、自身の攻撃範囲まで距離を詰めようと歩いていた。


 彼女はエリアボスを倒すほどの実力者。

 多少威力を上げないと、気絶させる事はできないだろう。

 俺はそんな事を考えながら、天空神の雷霆の技を放った。


「これで終わりだッ!」

 

 即座に激しい落雷音と共に一筋の雷撃が放たれた。

 だが放たれた雷撃は、彼女の頭の手前で激しい雷鳴と共に弾けてしまう。


「なッ、嘘だろ! これも防ぐか!?」


 女性が頭上の黒雲に気付いた様子は無かった。

 殆ど目にも止まらぬ速さで落雷したはずだった。

 だというのに、水閃同様、これも防ぐとは。


 もはや勘が鋭いというレベルを超えている。

 それに天空神の雷霆を防がれたのは、これが初めてだ。


「……これは、手加減は出来そうにないな。悪いけど、殺す気で挑む。じゃないと、こっちが殺されそうだ」


 俺は覚悟を決めるように三叉槍を強く握りしめた。


 気絶させるにはどうするべきかを考えていたが、その考えは甘かったらしい。

 本気で相手するぐらいが丁度良いのかもしれない。


 自分と近い実力の人物との初めての戦い。

 俺は、これまで感じた事の無い緊張を味わっていた。

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