第35話 side誰かの記憶

 僕は、この世に生まれてからずっと透明人間だった。

 両親から愛された記憶はない。他の誰かを愛した記憶もない。

 家にも学校にも職場にも、僕の居場所はなかった。


 誰も僕を気にかけず、誰も僕を見ようとしない。

 それはまさに透明人間で、いてもいなくても変わらない存在だった。


 そんな人生に嫌気が差した。

 全てをぶち壊してしまおうと思った。


 やり方なんてどうでもいい。

 より凄惨に、より残酷に、より猟奇的に、世間を騒がせよう。

 そうすれば、皆んな僕を見てくれる。

 僕の一挙手一投足が全国の人々に注目される。

 僕という人間を理解してくれる人が現れる。


 透明人間の人生は、ようやく終わりを告げる!


 でも計画を実行に移す直前、事態は大きく変化した。

 『ジェネシス・ワールド』──ずっと不遇だった僕の人生は、未知の災害ゲームによって一変した。


 街に溢れる凶悪なモンスター。

 分断され、孤立するエリアに、助けを叫ぶ人々。


 僕は天啓に打たれた。

 この災害によって掻き立てられた僕の欲望が、僕に計画とは真逆の使命をもたらした。


 この素晴らしい舞台で活躍して、皆んなの注目を集めるんだ!


 そして僕の幸運は続く。

 僕が初回10連ガチャで引いたのは、最高ランクの星5アイテム。


 そのアイテムの名は、使い魔『神殺しの巫女』。

 ゲームが開始してすぐに使い魔に登録すると、巫女服を着た女が現界し、僕を主人マスターと呼んだ。

 殺せと命じれば殺し、消えろと命じれば消える、従順な下僕。


 使い魔という事は、きっとこの女もモンスターと同類なのだろう。

 人の形をしていても、中身は人間じゃない。

 何よりもムカついたのは、この女は主人である僕を全く見ていなかった。

 この女の目に映っているのは神だけだ。

 『巫女』なのだから当然か。

 どうでもいい。僕を見てくれないなら、せいぜい道具として使うまでだ。


 そうして僕は、『神殺しの巫女』と共にモンスターを殺して廻った。


 弱そうなモンスターを見つけて殺す。

 困っている人がいたら助けてやる。

 そして僕は、思わぬ偶然から職場の同僚たちを救うことになった。


 最高の気分だった。なんて清々しいのだろう。

 今まで散々僕を無視して、否定して来たクズどもが、僕を見上げ、僕に縋っていた。


 けれど、最初は僕に感謝してた奴らも、次第に別の人物を見る様になった。


 それは北原弓弦。


 金沢市のエリア13を開始たった10分で解放し、その後10、9、6と続けざまに解放していった謎の人物。

 奴らは、彼がこの金沢市エリア4も解放してくれると本気で信じていた。

 他の生存者達も口々に彼の名を持ち出し、彼に縋り始めた。


 ふざけるな、お前達を助けたのは僕なのに……!


「今の僕ならエリアボスぐらい倒せる。そうだろ? 神殺し!」


 エリアボスの目星は既に付いていた。


 二メートルの丸々に太った巨大リス。

 頭に付いた毛むくじゃらの大筒から、口に含んだものを発射する奇怪なモンスター。

 僕はパーティメンバーを引き連れて、エリアボスに挑んだ。


 結果、僕は致命傷を負った。

 不意の砲弾を避けられず、球は身体に直撃。

 最後に残ったのは、身体に風穴を開けられ打ち倒れる僕と、側で待機する『神殺しの巫女』。


 この女は、主人の僕が死にかけてるのに、助けようとすらしない。


「ああ、そうか。最初から計画通りにやってれば良かった……」


 最期になって、ようやく自分の過ちに気がついた。


 僕を見捨てて逃げ出したパーティメンバーも、命令しなければ動こうとしない使い魔も。

 結局は、誰も本当の僕を見ていなかった。


 もう全てが遅いけど、この憎しみだけは、この世に置いていこう……。


 僕は力を振り絞り、使い魔にとあるアイテムを装備させた。


────────────────────

「ウェンディゴ・マスク」<武具>

 ☆☆☆☆

ウェンディゴに取り憑かれたシャーマンが作り上げた呪いの仮面。

装備者の魔力消費が0になる。


⚠︎装備者は錯乱状態になります。

⚠︎24時間経過後、装備者には死が訪れます。

────────────────────


「神殺し。全員殺せ」


 そして最期の命令を下す。

 僕が死んだ後、この女がどれだけ命令を忠実に守るか知らないが、命令せずにはいられなかった。


 どうか……どうか……。

 最期に、僕が生きていた証を、この世界に刻ませてくれ……。

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