第13話 添い寝
色々あった一日がようやく終わろうとしていた。
時刻は夜の七時半。詩織さんと一緒に夕食を食べて、家の中で大人しくしていると、夜はすぐにやってきた。
辺りは真っ暗な闇に包まれ、人の営みを示す明かり一つ見えない。
他の人たちも何処かに隠れて、大人しく息を潜めているのだろうか?
それも仕方のないことだと思った。
夜になって、昼間よりモンスターの動きが活発になった気がする。獣の騒がしい鳴き声があちこちから聞こえ、家の前を何匹ものモンスターが通り過ぎる気配を感じる。
この時間は、外に出るのは絶対に避けなきゃいけない。
とはいえ、家の中にいても特にやる事はない。電気が使えない現状、家の中は歩くのもやっとな暗さ。
こんな暗がりの中でモンスターの息遣いを聞くのは、背筋の凍るような恐怖の連続だった。
こんな時はすぐ寝てしまうに限る。
家にあるすべての鍵は閉め切っているため、モンスターに侵入される心配はないだろう。
そう考え、俺はさっさと自分の部屋に籠って眠むることに。
「全然眠くない……」
七時半は寝るにはかなり早い時間。布団に入っても、なかなか眠気が来ない。
そうなると、嫌でも色んなことが頭をよぎる。
今日あった出来事を思い返して、どうしても渚の事が頭から離れなくなった。
渚は今、生きているのだろうか……?
俺の忠告を無視して登校した渚は、ゲーム開始時点で中学校に居たはずだ。
CWを開いて確認する。
渚が通う学校があるのはエリア6。そこへ行くには最短でもエリア9を通過しなければならない。
つまり渚の安否を確認するには、エリアボスを倒して、エリア9を開放する必要がある。
「簡単にはいかないだろうな……」
今は無事を祈ることしか出来ない。
そんな自分の無力さが嫌になる。
明日はもっと探索範囲を広げて現状把握に努め、急ピッチでレベルを上げよう。
せめて今日戦った魔司莉加狼を簡単に倒せるぐらいにはならなくては。
エリアボスを倒すことなど到底不可能に思える。
「あとは、詩織さんはどうしよう……」
エリアを移動すると言うことは、詩織さんを独りでこの家に置いて行くことになる。
果たして俺は、怯えきった詩織さんを無視して、そんな事ができるのだろうか?
「ダメだ……考えすぎて混乱してきた」
そんなふうに悲観的になって、眠るどころかますます頭を冴えさせていると、
「弓弦くん……起きてる……?」
控えめなノックの後、部屋の扉がゆっくりと開けられ、詩織さんが入ってきた。
「起きてますけど……どうしました?」
ベッドから体を起こす。
真っ暗で表情は分からないが、きっと詩織さんも不安で眠れないのだろう。
「あの、こんなこと頼むの申し訳なんだけど……一緒に寝てもいい?」
「い、一緒に!?」
「うん……ダメかな?」
ダメなわけなかった。
「じゃ、じゃあ俺は布団ひいて床で寝ますね。ベッド使ってください」
「ううん、そこまでしなくていいよ」
と、詩織さんの言葉を理解するよりも早く、詩織さんは「んしょ……」と布団の中に潜り込んできた。
甘くふんわりとしたフローラルな香りが漂ってきて、詩織さんの温もりを肌で感じる。
ドキドキと心臓がかつてない程にうるさい。
なんだこれ……いったい何が起きたんだ?
こんなの、もはや寝るどころじゃない。
けれど小心者の俺は、詩織さんに触れてしまわない様、ベッドの端ぎりぎりまで体を移し、背を向けて目を瞑った。
素数を数えろ。素数を数えて落ち着くんだ!
そういえば、三日気絶している間の俺の生理現象……とりわけ下の世話はどうしたのだろうか。
ふと、そんな疑問が頭をよぎってしまい、恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだった。
「ねぇ、どうしてあの時、助けてくれたの……?」
俺の煩悶とした苦しみを知ってか知らずか、しばらくして詩織さんはそんなことを尋ねてきた。
詩織さんが言ってるのは、アビスベアーに襲われた時のことだろう。
俺にとって詩織さんは、昔から憧れのお姉さんだった。
五つも年が離れていたから、昔はすごく大人びて見えてた。
最後に会ったのは俺がまだ中一だった時だけど、高校の制服を着た詩織さんの姿を今でも覚えている。
家で勉強を教えてもらったり、渚と三人でテレビゲームをしたり。渚も俺もそんな詩織さんが大好きだった。
「あの時助けたのは……助けなきゃって思ったからです。詩織さんは幼馴染ですし、それに俺、ガチャで良いアイテムが出て、助けられるかもしれないのに、何もしないでいるなんて出来なくて……」
緊張のせいか、うまく言葉が纏まらない。
そんな俺の言葉を詩織さんは静かに聞いてくれていた。
「でももし、ガチャで出たのが弱いアイテムだったら、助けを求めてたのが知らない人だったら、俺はきっと見捨ててました。俺って最低ですよね」
「ううん、そんなことない。最低だなんて、思うわけない。私がこうしていられるのは、弓弦くんの優しさのおかげなんだから」
できることなら、これからも詩織さんを守ってあげたい。
でも、詩織さんと渚を天秤にかけた時、俺にとっては渚の方が大切だった。
やはり、詩織さんには申し訳ないけど、渚のいるエリア6まで行く。
その間は独りでこの家に居てもらうしかない。
そのことは正直に話さなくては。
「詩織さん……ちょっといいですか?」
寝返りをうって詩織さんの方を向く。
すると既に此方を向いていた詩織さんと見つめ合う形になった。
一人用のベッドで二人が寝ているため、鼻先が触れ合いそうな至近距離に詩織さんの綺麗な顔が迫る。
「渚ちゃんを助けに行くんだよね? 弓弦くん、昔から渚ちゃんのこと大切にしてたから」
その問いかけに、俺は頷いた。
「私のことは気にしないで。私も渚ちゃんのことが心配なの。それに命を助けてもらって、そのうえいつまでも守ってもらおうなんて思わないよ」
夜目が効いて、薄暗がりの中で詩織さんの真剣な瞳を見た。
その瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
やっぱり詩織さんは、いつまで経っても俺の憧れのお姉さんだ。
「それに、これでも自宅警備は得意だから!」
その謎の自信に、俺は思わず笑ってしまう。
「わかりました。詩織さんのためにも、渚は絶対に助けます。そしてこの家にも戻ってきます。そしたら、今度は三人で一緒に乗り切りましょう」
俺は強い決意を胸に秘めて、そっと目を閉じた。
それが俺の覚悟。俺が今すべきこと。
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