第12話 フレンド申請

 狼との死闘を終えて、ようやく我が家に辿り着いた俺はリビングで治療を施してもらっていた。

 受けた傷は、両腕の軽い火傷と右肩の裂傷。元看護師である野中さんの治療を受け、包帯をしてもらい、後は回復を待つのみ。


「傷、残っちゃうかもね……」


 肩に受けた傷を思い、物憂い表情でこちらを気遣う野中さん。

 適切な治療を受けたとはいえ、肩は未だ焼けるほど痛い。


「本当に助かりました。野中さんがいなかったらヤバかったです」


 あのまま狼と戦い続けていたら死んでいたのは俺の方だった。

 レベル25でも全く油断できない。いや、逆にレベルが上がっていたから戦えていたというべきか。

 どちらにせよ、たった一匹のモンスターに苦戦し、これほどの傷をこしらえるとは先が思いやられる話だった。


 だが喜べることもある。バトルログを見るとこうなっていた。


 ────────────────────


 一角小兎を討伐。

 50EXPを獲得。

 10GPを獲得。


 魔司莉加狼を討伐。

 4,000EXPを獲得。

 レベル26に上がりました。

 レベル27に上がりました。

 800GPを獲得。


────────────────────


 レベルが2つ上がっていた。

 こうしてみると、あの狼がどれほどの強敵だったのかが伺える。魔法とか普通に使ってきたし、序盤で出会っていいモンスターじゃなかったのかもしれない。

 それと、一緒に狼に挑み、治療をしたことで野中さんとの心の距離も縮まった。

 野中さんの方から、「昔見たいに詩織お姉ちゃんって呼んで」と提案してもらった。

 流石にお姉ちゃん呼びは恥ずかしいので、詩織さんと呼ぶことに。

 

「そういえば、のな……詩織さんは10連ガチャで何が出たんですか?」


「ん? 10連ガチャ?」


 俺の問いかけに首を傾げる詩織さん。どうやらCWについては全く知らないようだった。


 ××××××××××


「へー、これってそんなことができたんだ。私ずっと家にいたから知らなかった。突然出てきた時も、怖くて触れなかったし」


 俺がCWの説明を一通り終えると、詩織さんはもの珍しそうにCWをいじり出した。


 ずっと家にいた、というのは何も『ジェネシス・ワールド』が始まってからの話ではない。

 詩織さんは今、確か無職だった。

 同じ看護師である母の話によると、詩織さんは高校を卒業後に看護の専門学校に進学。四年の修業を終え、資格を取得して総合病院に就職したが、看護主任の悪質な嫌がらせに耐えかねて程なくして辞めてしまったとか。

 それで『ジェネシス・ワールド』が始まったときも、昼間から家にいたのだろう。


 と、そんな余計な事を考えていると、詩織さんはなんの躊躇いもなく10連ガチャを引いた。


────────────────────


        ゴミ箱

        タライ

        入れ歯

   ☆    治療薬(低)〈道具〉

   ☆    落武者の鎧〈武具〉

        ガーデンパラソル

        髭剃り

   ☆☆   サバイバルナイフ〈武具〉

        サスペンダー

        コンタクト


────────────────────


「ねぇ、これっていいの出た?」


 俺にガチャ結果を見せて尋ねてくる詩織さん。


「あー、普通……ですね」


 いや、どちらかと言えば悪い方かも。

 まあ、外に出る予定のない詩織さんにとってガチャの結果はそう重要ではない。

 それでも髭剃りと入れ歯は絶対いらないな。


「あ、詩織さん、メニューバーの『フレンド』ってとこタップできますか?」


 俺は詩織さんにCWを説明したことで、二つの機能について思い出した。


 『フレンド』と『レギオン』。

 この二つは、『ジェネシス・ワールド』が始まる前は使えなかった項目だ。

 三日経っている今なら使えるかもしれない。


 ということで俺もメニューバーから『フレンド』をタップ。

 ページは切り替わり、画面上部に『野中 詩織』と名前が出てきた。名前をタップすると『フレンド申請しますか?』との文字。

 もちろん『はい』だ。


 詩織さんの方で俺のフレンド申請を許可すると、画面に一つの変化が現れた。

 詩織さんがフレンド登録されて、名前の横にハートマークが五つ出現したのだ。

 どうやらそのハートは、俺が持つ詩織さんへの好感度を表してるらしく、好感度によってゲージが溜まっていく仕組みのようだった。

 ご親切に、画面上部にも説明があった。


────────────────────

♡♡♡♡♡……他人レベル

♥♡♡♡♡……知人レベル

♥♥♡♡♡……友人レベル

♥♥♥♡♡……親友レベル

♥♥♥♥♡……恋人レベル

♥♥♥♥♥……夫婦レベル

────────────────────

 好感度のレベルは他人から夫婦までの六段階。

 俺の詩織さんに対するゲージは、三つ目のハートの半分ぐらい。

 つまりは、友達以上親友未満。

 この一日でお互いの距離が縮まったことと幼なじみ補正で、まあまあ妥当なところだろう。

 当の詩織さんはというと……


「え」


 詩織さんのCWを覗き見ると、俺への好感度が親友レベルのハート三つだった。俺よりハートが半分多い。

 なんだか嬉しい不意打ちだった。

 俺に友達が少ないからだろうか、そんな事実を知って、詩織さんにより親しみを感じる自分がいる。

 単純な男だと笑うがいいさ。


「お! ゲージが増えた!?」


 自分への高い好感度に喜んでいると、俺のハートに変化が現れた。

 現在の心情を反映したのか、ハートのゲージが一気に伸びて、半分溜まった。

 つまり、俺の詩織さんに対する好感度も親友レベルになった。


 なるほど、これは相手への好感度をリアルタイムで反映しているらしい。

 好感度が一目で分かるのは少し怖い気もする。

 けれど、このハートの量は、別の機能と連動している重要なものだった。

 ハートの横には5つの枠があった。そして枠の中に文字が書かれている。書かれているのは……


 『メール』『パーティ編成』『アイテム貸借』『瞬間移動』『アイテム交換』


 現在、詩織さんに対するハートは三つのため、『メール』『パーティ編成』『アイテム貸借』の枠が光っていた。

 俺は今、詩織さんとこの三つの機能が使える事になる。

 これはかなり重要な機能だ。順番に詳しく調べた方がいいだろう。


 まずは『メール』から。

 メールの枠をタップすると、『メールを作成しますか?』と文字が出現。

 CWを使ってフレンドと自由にメールのやり取りができるようだ。ネット回線が途切れ、連絡手段が無い今、かなり貴重な機能と言える。


 次に『パーティ編成』の枠をタップする。

 『野中詩織とパーティを編成しますか?』と文字が現れ、下に『はい』『いいえ』の選択肢。

 パーティといえば、ファンタジーでは定番の概念で、かなり惹かれる文言だった。


 しかし、俺はしばらく迷った末に、『いいえ』のボタンを押した。

 パーティにどんな機能が秘められているのか分からないが、もし詩織さんとパーティを組めば、彼女を戦いに巻き込むことになる。

 トラウマを抱えている詩織さんにそんな無茶はさせられない。


 今すぐにパーティを組めないからと言って慌てる必要もない。これからまた別の人と出会う機会だってある。

 その時に良さそうな人とパーティを組んで、色々と調べればいいだろう。

 まあ、その人と友達以上の関係になる必要はあるのだが……それが一番のハードルかも。


 俺はそのまま、最後の『アイテム貸借』を調べることにした。

 文字から察するに、アイテムを貸し借りできる機能なのだろう。

 ガチャで星アリのアイテムが出ない俺にとっては天の救いとなる機能だ。

 スマホゲームなんかでも、フレンドのキャラを借りたりできるし、その仕様を似せているのかも。

 早速俺は詩織さんから『治療薬』を借りることにした。


 相手に貸せるアイテムはどうやら一つまでで、貸している途中は自分ではそのアイテムは使えないらしい。

 詩織さんに上手いこと設定してもらい、『治療薬』を選択する。

 すると『使用期限は24時間です。200GPを消費して、アイテムを借りますか?』と訊いてきた。

 アイテムを借りるのに必要な200GP。ガチャ一回分。


 俺は迷うことなく『治療薬』を借り、そのまま使用して肩の傷を治してみた。

 試験管に入った緑の液体を傷口に流す。ヒリヒリとしたむず痒さに襲われ、みるみるうちに傷口が塞がっていった。傷跡は残ったが、痛みは完全に消えていた。


 『フレンド』の機能には、今後の展開を補助する重要な要素がいくつもあった。

『メール』、『パーティ編成』、『アイテム貸借』。

 どれも相手が存在して初めて成り立つ機能だ。

 今後、『ジェネシス・ワールド』を生き抜く過程で、重要な役割を果たすと容易に想像できる。


 そして、もう一つの項目である『レギオン』は未だ何も機能していなかった。

 メニューバーから『レギオン』はタップできるのだが、開かれたページには何も書かれていない。ただ空白な画面が映し出されるだけだ。

 『レギオン』は一体どうすれば使え、どのような機能が眠っているのか。

 これもいずれは分かるのだろうか……?

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