第11話 VS強敵

 よし! なんとか攻撃は成功した!

 空中に浮かぶ水の牢獄に沈む狼。流石の狼も突然の攻撃に目を覚ますが、時すでに遅し。後はこのまま溺死するまでの間、水を維持し続けるだけだ。


 当初の見立て通り、敵は水中での呼吸が不可能らしく、もがき苦しみ、激しく犬かきしている。ごぼごぼと口から空気の泡を吐き出していく。

 奴がもがくほどに水のコントロールに支障をきたしていくが、決して気を緩めはしない。

 一瞬でも集中力を損なえば、水は全て弾けてしまうだろう。

 だが、この程度なら何分だって維持できる。意地でもやり遂げてみせる。


 そう決意し、水の中の狼を鋭く見据える。

 このまま倒し切るだろうと少し安堵したのも束の間、水中で暴れ回っていた狼が突如動きを停止させた。


 抵抗をやめた? どうしたんだ、諦めたのか?


 狼はまだ死んではいない。

 にも関わらず、もがくのをやめた。

 代わりに水の中から俺を憤怒の形相で睨みつけている。犬が威嚇するみたいに、犬歯を剥き出しにして。

 そのあまりの殺気に悪寒が走り抜けたかと思うと、次の瞬間──操っていたはずの水が


「なっ!? 嘘だろ!!」


 気を緩めたつもりはない。

 それなのに、狼を覆っていた水は全てぶち撒かれ、地面に流れてしまった。もはや操ることは不可能。


 頭が一瞬でパニックになる。


 もしかして魔力が切れた!? さっきの検証で魔力を使いすぎて、こんな大事な時に使い切ってしまった!?

 いや、魔力ぎれとは何か違う感じがする。まるで別の何者かの意志でも介入したみたいに魔法が強制的にキャンセルされた感じだ。


 どうする!? どうする!? どうする!?


 水の牢獄から解放された狼はというと、肺に水が溜まっているのか、繰り返し咳き込んでよろめいている。

 こちらへの警戒は消えている。絶好のチャンス。迷っている暇はない。


「くそっ! やるしかないッ!」


 逃げ出したい気持ちを抑え込み、相手との距離を一気に詰める。そして三叉槍を狼の身体に勢いよく突き立てた。

 がむしゃらに放った刺突だが、寸での所で攻撃に気付いた狼に機敏な動きで躱されてしまった。

 俺の攻撃を間一髪で避けた狼は、大ぶりの攻撃によって出来た隙をすかさず突いてくる。

 野性味溢れる動きで、俺の腹にタックル。


「ぐは……ッ!」


 威力は然程乗っていなかったが不意をつかれ、肺の空気が一気に抜けた。

 そのまま俺は後ろに転げ飛ぶ。


 クソッ! マズいマズいマズい──ッ!!


 後方に飛ばされたことで視界から狼が外れてしまった。

 急いで起き上がる。そして槍を構えて戦闘態勢を取る。

 幸いなことに、狼はよろめきながらも追撃はせず距離を取っていた。

 

「ガフッ、ガハッ!」


 直ぐに距離を詰めてこようとはせず、未だ苦しそうにむせている。

 さっきのタックルは、奴にしてみてもしゃかりきの一撃だったわけか。


 だが安心などできない。この先は完全にその場凌ぎの対処が必要となる。戦闘経験が皆無の俺は勘だけが頼り。

 こちらのアドバンテージは、初撃の影響で狼が未だに肺の中の水を取り除けていないこと。


 ならばうだうだ考えず、もう一度こちらから畳み掛ける! 今度は絶対に外さない!


 そう一歩を踏み込もうとした時、狼は異様な素振りを見せた。

 奴はおもむろに口を大きく開くと、その喉を俺へと向けたのだ。

 鋭い牙がずらりと並ぶ顎の間に、突如として小さな種火が発生し、みるみるうちに赤熱した火球に変化する。


「嘘だろ!? 魔法も使えんのかよ!?」


 ゴウッ!


 狼の口から放たれた火の玉が無慈悲にも迫る。

 予想外の遠距離攻撃に避けること叶わず、俺は腕でガードし受け止めた。


「熱ッ!!」


 見た目の凶悪さとは裏腹に、熱と威力は弱く、ガードしたら火球は弾けて消えた。

 それでもガードした腕の皮膚がヒリヒリと焼けてしまった。熱傷の突き刺す痛みに襲われる。


「魔法まで使えるのかよ……!!」


 飛び道具があるのならもう無闇に突っ込めない。

 今の攻撃は距離を詰めようとした俺に対する牽制だ。この狼、なかなかに小賢しい。


 それに魔法が使えると分かれば、先ほどの不可解な現象にも納得する。

 俺が操っていた水が弾けたのはコイツ自身の仕業だったのだ。

 魔法の扱いはあちらに一日の長がある。それで俺が押し負けた。


 もはやアドバンテージは消えたも同然。

 狼は姿勢を低くして犬歯剥き出しに底冷えするような唸り声を発していた。

 背を向けて逃げ出したい気持ちを抑え、気を飲まれまいと睨み返す。

 だが俺の精一杯の反抗を歯牙にもかけない狼は、力強い跳躍を見せて距離を一気に詰めてきた。


 限界まで開いた顎が、俺の頭を噛み砕こうと無慈悲に襲う。

 すんでのところで俺は槍を横に構え、つっかえ棒にして凌いだ。


「痛ッ!」


 噛みつき攻撃は防げたが、他の攻撃は対処しきれなかった。

 急接近されたことによって、太く鋭い爪が右肩に深く喰い込み、神経を焼き切っていく。痛みに堪えきれず、俺は狼の腹を思いっきり蹴飛ばした。


「キャウンッ!」


 レベル25の恩恵だろうか。

 狼はかなりの高さまで吹っ飛び、落下して地面に叩きつけられた。だが致命傷には至らない。

 素早く起き上がった狼と再び睨み合う構図になる。


 引っ掻かれた右肩が痛い。物凄く痛い。

 こういう時はドーパミンが出て、痛みを感じなくなるとか聞くけど、普通に痛い。

 それでもまだ戦える。


 一進一退の攻防。

 どちらが先に致命傷を負ってもおかしくない。

 いや、遠距離攻撃という手札を持っている限り、狼の方が断然有利だ。

 近づけば奴の爪牙の餌食になり、距離を取れば魔法で狙われる。逃げようにも犬の二倍以上の体格に根ざした類まれなる膂力が、それを許さないだろう。

 最初の攻撃が失敗した時点で、俺の負けは決まっていたのかもしれない。

 天空神の雷霆を使おうにも、CWを開いて装備するまでに、かなりの隙を生むことになる。

 

 我が家は直ぐそこだと言うのに、狼の後ろの扉がこれほどまでに遠く感じるとは。

 果たして俺は、この局面を生きて乗り越えることができるのだろうか……?


 未だかつてない命の危機に、思考を極限まで巡らせていると、突如ガチャリと玄関の扉が開いた。

 そして扉の影からフライパンを持った野中さんが躍り出る。


「やああああーーッ!」


 勇気を振り絞るように声を張り上げる野中さんは、狼めがけフライパンを思いっきり振り下ろした。

 後ろから急に現れた第三の存在に対処できず、フライパンは見事狼の頭を強打。

 ゴンッ! という鈍い音が鳴り、狼は大きくよろけた。

 しかし倒れる寸前のところで踏みとどまった。そして狼は、背後に現れた野中さんに恐ろしいほどの殺気を放つ。


「ひぃいい!?」


 あまりの迫力に野中さんの喉から悲鳴が漏れるが、そこに唯一の勝機は生まれた。


 二対一の挟み撃ちの構図では、前後に挟まれた相手に勝ち目はない。

 俺は最大級のチャンスを見逃すことなく、一気に肉薄すると、狼の股下に三叉槍を潜り込ませるようにして力の限りに突き上げた。


「キャアアアアンッ!!」


 今度の攻撃は致命傷だった。

 三叉槍は狼の下腹部に深々と突き刺さり、そのまま上に持ち上げる。肩の痛みを無視して槍を力任せに思いっきり捻ると、肉が抉れ、傷口から鮮血が吹き出した。


 苦悶のうめきをあげる狼。

 大量の血を吐き、すぐに絶命した。角ウサギと同じように黒いモヤとなって消え去っていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ようやく終わった……

 かなり危なかったが、野中さんのおかげで命拾いした。


 死闘を終えた俺は死の緊張から解放された事で、足の力が抜けた。

 野中さんの手を借りて立ち上がる。そうして俺はようやく我が家に帰ることができた。


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魔司莉加狼を討伐。

4,000EXPを獲得。

レベル26に上がりました。

レベル27に上がりました。

800GPを獲得。

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