第10話 三叉槍

 ギリシャ神話の中でも知名度の高いポセイドンは度々、映画や漫画のモチーフとしてファンタジーに登壇することがある。

 作中での役割は様々だが、荒ぶる海を鎮めたり、逆に地上に大きな地震を齎したり。強大な力を持つ神として、敵であったり味方であったりする。

 そんなポセイドンは大抵、トライデントと呼ばれる三叉の矛を持って描かれることが多い。


 ガチャで手に入れた『海神の三叉槍』もそれをモデルとしているのだろう。

 俺の持つイメージ通りなら、この三叉槍を使って水を操ることが出来るはずだ。

 説明欄にも海と陸を支配すると書かれてあった。海の水と天然の水は厳密には違うが、物は試し。


 仮にも『海神の三叉槍』は星5のアイテムだ。

 今後のガチャ運を全て犠牲にして手にした武器なのだから、それくらい出来てもらわないと割に合わない。というか、海の水しか操れませんとかだったら、俺は浜辺でしか戦えないぞ。


 近くの側溝には水が流れてる。あまり綺麗な水とは言えないが、試すには打って付けだ。

 魔法の扱い方なんて知らないから、『天空神の雷霆』を使用した時と同じ感覚でいく。

 手に握られている長槍を力強く握り、側溝を流れる水へと意識を集中させる。自分の意思で水を操るのだと強くイメージ。


 すると、驚くほど自然に水は宙に浮いた。

 もしかしたら出来ないかもなんて思っていたのだが、なんの障害もなくすんなりと操れた。あまりにも簡単すぎて拍子抜けするほど。


「さすがは星5のアイテムだな」


 不安定にふわふわと浮かんだ水の塊。見た目はシャボン玉に近いが、綺麗な球ではなく不恰好でグニャグニャの形だ。


 自分が水を操っている事に、少なからず高揚感を覚えるが、状況が状況のため喜んでなどいられない。

 これをどう攻撃に繋げるかが問題だ。

 水を自分の近くまで近づけ、指でつついてみる。強度はゼロ。本当にただ水が浮いているに過ぎない。

 このままこいつをぶつけたところで、犬をずぶ濡れにするのが関の山だ。そんなのおもちゃの水風船と大差ない。

 これを攻撃へと転じるには、もっと硬くしなくては。そしてできるなら鋭さも加えたい。

 イメージは針だな。


 魔法ってのは案外集中力がいるらしい。ゲームや漫画みたいに技名を叫んでカッコよく決めたいところだが、現実はそんなに甘くないようだ。

 水の針を頭の中にイメージし、必死に力を込めるが一向に言うことを聞いてくれなかった。

 変化は微々たるもので、浮かび上がる水は力なくうねるだけ。

 強度も全然変わってない。


「水を浮かせる所までは上手くいくんだけどなー」


 俺の魔力が足りないのか、まだコツが掴めていないのか。

 レベルが25になり現在の魔力量は17,780。これが一般的に多いか少ないか判断は出来ないが、レベル的に見たら魔力量が原因だとは考えにくい。

 ならば上手くいかないのは、不慣れが原因か。

 まぁ、魔法なんて四日前まで現実には存在してなかった。漫画などのファンタジー作品で慣れ親しんだ概念とはいえ、そのニュアンスは意識しづらく、扱うのはもっと困難を極める。

 こればかりは訓練を積んでいくしかないな。


 形態や強度の変化が不可能ならば、勢いをつけると言う方法もある。スピードが出れば、その分ぶつけた時の威力も増す。

 少し移動したところに、立派な庭木を見つけたため、的として利用させてもらう事にした。

 木をへし折るほどスピードが出ることを祈りながら、浮かした水の塊を思いっきりぶつけてみた。


 木はびくともしなかった。


「うん、これも全然ダメだな」


 俺は才能がないのかもしれない。

 ただ幹が濡れただけ。水鉄砲の方がマシってレベル。へこむ。


 差し当たっては、やはり浮いた水の状態のままで対処するほかない。

 もう思い付く方法といえば、大量の水を操って犬をすっぽり覆うことぐらいだ。

 やつも陸地で生きているのなら、水の中で呼吸はできまい。ちょっと残酷な方法だが、それで溺死を狙う。その間暴れはするだろうが、俺が集中して水の塊を維持してれば良いだけの話だ。

 某忍者漫画の中にも水遁の術であったな。


 そうと決まればあと知るべき能力の情報は、操れる水の体積とその距離。

 再び意識を水へと集中させる。側溝の水を操って徐々にその体積を増やしていく。一気に操ろうとするとコントロールが効かなくなるため、ゆっくりと自分のペースで進める。

 喜ばしいことに、奴の身体全体をすっぽり覆うくらいの量の水は維持できるようだった。

 

 次にそのまま水を動かして、徐々に距離を離していく。俺との距離が離れていくにつれて、維持するのが難しくなった。

 ぼたぼたと水がこぼれていき、小さくなりながら遠ざかる。

 約20mくらいのところまで離れるとその大きさはバレーボールぐらいしか残っておらず、次の瞬間、コントロールを失って全て弾けてしまった。


 およそ5メートルの距離までは近づかないと、当初の作戦には使えないことがわかった。そこまで近づいて気付かれずに素早く実行するしかない。厳しい条件だ。


 やはり一撃必殺の『天空神の雷霆』を使った方がいいだろうか?

 今はレベルが上がって魔力量も増えているから、三日間も気絶する事はないと考えられる。

 だが、もし気絶したら?

 そうなれば俺は道端に転がる餌に早変わり。

 あの犬は殺せるが、その後に他のモンスターに襲われゲームオーバー。

 やはり『天空神の雷霆』はリスキーすぎる。


 そうと決まれば、うだうだ悩まずに意を決して当初の作戦で挑むしかない。

 家を出たのが昼も過ぎた頃だったから、もう太陽が沈みかかっている。そろそろ夜が来る。

 日が沈み、夜になれば、危険度はグッと上がるだろう。時間はいつまでも待ってくれない。


 俺は一度大きく深呼吸して、再び水の塊を生成する。

 魔法を使用するには、集中力が大事だ。不安と緊張に速まる鼓動を落ち着け、冷静さを保つ。

 犬の身体を覆えるくらいまで水を浮かせると、俺はそのままゆっくりと家の玄関へ近づいた。


 まだ、犬は優雅に眠りこけている。

 不用意に音を立てないよう、慎重に歩みを進める。

 水の維持と足元の注意を並列で行うのは至難の技だが、今は気合いで乗り越えるしかない。

 落雷の影響で砕けたコンクリートのとこなんか、特に危険ポイント。

 くそ俺め、こんな歩きづらくしやがって。


 それでも犬はよほど深い眠りについているのか、俺は目標の距離まで気付かれずに近づくことができた。

 後はやつを水の中に沈めるだけ。


 それにしてもこの犬、近くで見ると想像以上に異様なモンスターだ。

 闇に近い漆黒の毛並みが全身を覆い、通常の犬より数倍大きい体格を誇っている。前足から覗く爪は鋭く研ぎ澄まされ、尻尾の先まで筋肉が引き締まっているのが分かった。

 もし起きていたとしたら、相当凶悪なモンスターだっただろう。それにこの犬、なんか犬にしてはあまりにも野生的な気がするし。犬というよりは狼に近いのかもしれない。


 頼むぞ……上手くいってくれ!


 俺は恐ろしい想像を振り払うように心の中で祈って、予定通りの攻撃に移った。

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