第14話 エリア10

 翌日の朝。俺は再び探索に赴いた。

 魔司莉加狼に負わされた肩の傷は『治療薬』によって完治したため、何の障害もない。

 昨日の探索範囲は家の周辺で、状況の把握は微々たるものだった。今日はもう少し範囲を広げ、より詳しい情報を集めたいところ。

 特に他の生存者はいるのかとか、エリアの壁はどうなっているのかとか。同時にレベル上げのためモンスターとも積極的に戦っていく。


 そう考えて探索をいざ開始すると、俺は改めて自分の不運さを呪った。


「くそッ! また狼かよっ!!」


 人がいるかもと淡い期待を胸に、大通りの方へ向かう道すがら、魔司莉加狼に再び会敵してしまった。しかも、今回は一体じゃなくて三体も。

 昨日戦った個体より一回りほど小さいが、挑んでやろうなんて気は全く起きない。

 というわけで俺は、出鼻を挫かれる形で、戦略的撤退という捨てはちの逃走に浮き身をやつしていた。


「ああもう! ホントしつこいなぁ!」


 かれこれ20分は逃げている。

 レベルが上がったことで四足歩行の獣と同等の速度で走れてはいるが、いっこうに引き離せない。

 さすがにスタミナも切れ始めてきた。このままじゃジリ貧だ。


 とはいえ、現状を打破できる手段も方法も考えつかない。

 水を操ろうにも走りながらでは到底集中できない。

 迎え撃つには、三対一は余りにも不利すぎる。

 昨日の今日でもう絶体絶命のピンチ。いざとなれば一か八かで戦うしかないが、その前に一つ試したいことがあった。


 今俺が逃げながら向かっているのは、エリアの壁。

 エリアボスであるアビスベアーを倒したことで、エリアが開放されているのなら、次のエリアへ行けるはずだ。

 そしてもし、モンスターはエリア移動ができないとしたら?

 この命懸けの鬼ごっこも終わる。無謀な賭けに出て戦うよりはこちらの可能性に賭けた方がマシだ。


 というわけで、空に延びる壁を目印にエリアの境界線にまで逃げてきた。

 壁に手をつくとCWがポップアップし、『エリア10に移動しますか?』と問いかけてくる。躊躇っている暇はない。もちろん『はい』だ。

 すると壁をすり抜け、簡単に向こうのエリアに移動することができた。後ろ振り返ると壁の前で狼どもは立ち止まっていた。予想通りモンスターは壁を越えての移動は不可能のようだ。


「ふぅ……命拾いした……」


 一息ついて胸を撫で下ろす。

 だが長々と安心してもいられない。

 目の前の危機は抜け出したが、むしろよりマズい状況に陥ったと言って過言ではない。

 エリア10に移動したということは……


 壁に近づき手を触れてみると、やはりエリア13に戻ることは不可能だった。

 我が家に戻るには、エリアボスを討伐して、エリア10の解放が必須条件。

 このエリアで生き残るために、ひとまずやるべきことに優先順位をつける。

 まずは拠点探し、食料の確保。そして次点にレベル上げとエリアボスの偵察だ。


 取り敢えず今の状況を詩織さんにメールで伝えて、家にしばらく戻れない事を伝える。

 しておいて良かったフレンド登録。メールを受け取った詩織さんから、何か自分にできることはないかとの返信が来た。

 我が家は重要な拠点のため、自宅警備を任せる。

 詩織さんのためにも、なるべく早くこのエリアを開放しよう。


 これが最善だったと信じるしかない。

 まずは拠点探しだ。寝泊まりが出来そうな建物を見つけなければ。

 CWの地図でエリアの範囲を確認すると、ショッピングモールがある事が分かった。ゲームが始まる前、食料などを買い揃えた場所だ。

 ひとまずの目標として、そこへ向かおう。


 先ほどのようなマヌケは犯さぬよう、慎重すぎるくらいに警戒して進む。

 そしてしばらくすると、エリア10の様子がエリア13と異なる事に気がついた。

 どこからか人の声が聞こえてくるのだ。

 声の方へ向かうと、4人組の男が2メートルを超える巨大鼠と戦っていた。

 男たちは武器を手に敵を取り囲んで、熾烈な戦闘を繰り広げている。


「尻尾の攻撃に気をつけろ!」

「これでも喰らいやがれッ!」


 初めて目にする詩織さん以外の生存者。

 しかも『ジェネシス・ワールド』に順応してるであろう人たち。


「おい、そっちに逃げたぞ! 追え! 追え!」


 男たちは逃げるモンスターを追って建物の奥へ消えてしまった。


 男たちとモンスターが去っていった方向を眺めながら、俺の胸に喜びと興奮の感情が沸き起こった。

 この世界で戦っているのは俺だけではなかった。しかもモンスター相手に引けをとっていないどころか、仕留める寸前まで追い込んでいる。

 四日目ともなると、彼らのような戦う意志を持った人たちも存在している。合流はできなかったが、もし次があったら声をかけてみようか。

 独りで戦うより仲間がいた方が生存の確率は上がるし、エリアボス討伐の可能性も上がる。状況が状況のためコミ症なんて言ってられない……うん、頑張ろう。


 そんな嬉しい発見に希望を抱きながら、ショッピングモールへ向かう道すがら、住宅街の一角に設けられた公園にまたもや生存者を発見した。


 武装した一人の女性が、一匹のモンスターと睨み合っていた。

 今回のモンスターは巨大鼠ではなくデカい蜥蜴とかげ……いや、あれはわにだ。テレビ番組なんかで良く見かけるサイズ。

 よく見ると女性は左脚を庇いながら鰐と戦っていた。怪我をした脚からあふれる血がズボンを真っ赤に染めている。チラリと見えた女性の横顔は絶望に歪んでいた。


「────ッ!」


 頭で理解するよりも早く、身体が動いていた。

 柵を飛び越えて公園へ侵入すると、俺は女性の横に並んで応戦の意を示す。

 女性は急に現れた俺に一瞬驚いた表情を見せるが、即座に状況を理解してくれた。


「気をつけて、もう一匹いる!」


 女性の警告を受け、俺はサッと周囲へ視線を巡らす。しかし、開けた公園内には前方の鰐型モンスターしか確認できない。


「もう一匹はどこにいるんですか!?」


 どこかに身を潜めながら隙を窺ってこちらを狙うモンスターがいるのだろうか。その事実にぞくりと悪寒が走る。


「もう一匹は地面に──」


 女性の言葉が言い終わるより早く、俺は目の端で奇妙な動きを捉えた。

 自分の立つ場所から1メートルも満たない斜め下の地面が波打ち、波紋を広げたのだ。

 次の瞬間、波紋の中心から大きく顎を広げた鰐が飛び出してきた。

 全く予期していなかった地面下からの強襲に反応が遅れた俺は、盛大に左腕を噛みつかれた。


「ぐぁあッ!!」


 鰐の鋭い歯が腕に食い込み、耐え難い痛みと熱に襲われる。

 さらに鰐は物凄い力で地面へ引きづり込もうとしてきた。

 視界がチカチカと明滅する。

 痛みから逃れたい一心で、俺はガラ空きの脳天に三叉槍をぶち込んだ。

 硬い皮膚に覆われている頭を容易く貫き、一撃で絶命させる。


「うそ、一撃!?」


 頭を貫かれた鰐は黒いモヤとなってすぐに消えた。

 後に残ったのは、噛み跡から流れる痛々しい流血。

 しかし、治療してる暇はない。敵はもう一匹いる。気をしっかり保たなくては次の攻撃を防げない。


「くそっ! 痛すぎるっ!!」


 そうと分かっていても、絶えず激痛を訴える左腕に思考がかき乱されて集中できない。


「大丈夫!? まだ戦える!?」


 もう一匹のモンスターを警戒しながら、こちらを気遣ってくれる女性。

 痛みで動けない俺を囮にして逃げ出さないのは正直ありがたい。

 とはいえ、敵の能力が厄介すぎて二人ともやられかねない。


「地面に潜るなんてチートすぎだろ……」


 ヒットアンドアウェイの戦法を取られたら厄介だ。

 地面から飛び出してきたタイミングを狙うか、今みたいに体の一部を犠牲にして攻撃を当てるか。

 ……さすがにもう出血は避けたい。


「地面に潜られる前に倒すしかない……!」


 しかし、こちらの動きを予想したのか、敵は緩慢な動きで地面へ潜ってしまった。


「できれば私の背中を守って! 後ろから襲われるのが一番マズい!」


 言われた通り、女性の背中に自分の背中をくっつける。

 これでお互いの死角は減ったが、地面から襲ってくる敵をどう倒せば良い?

 なんとかして奴を引き摺り出さなくては。


 何かいい方法はないのか?


 焦りと痛みと恐怖で混沌とする思考から、俺は一つの可能性を見つけ出した。

 海神の三叉槍は海だけでなく陸も操れる。その権能が示す通りなら──


「地震を起こすしかない……」


「え? なに?」


 現状を打破するにはこれしかない。

 俺は三叉槍の石突を地面へ突き立てた。そして想像を膨らませる。大地を支配し、揺り動かすというイメージ。

 身体から魔力が失われる感覚。


「じ、地震!?」


 どうやら上手くいったようだ。グラグラと大地が揺れ始め、踏ん張っていないと体勢を崩しそうになる。

 地面に潜っていた鰐は、慌てた様子で地面から浮上してきた。そして前後不覚に陥って混乱している。


「後はお願いします!」


「わ、分かった!」


 突然の地震に驚く女性だったが、俺の指示で直ぐに現状へと意識を戻した。

 鰐との間合いを即座に詰め、サッカー選手顔負けの蹴りで、その横っ腹を鋭く蹴りあげる。

 鰐は裏返って足をジタバタさせながらもがいていた。


「やぁああッ!」


 女性は手にはめている鉤爪を、鱗に覆われていない無防備なその腹に何度も突き刺す。


 しばらくすると、モンスターは黒いモヤとなって消えた。

 終わりを確認した女性は、こちらへ駆け寄って来た。


「君、大丈夫? すぐに治療したほうが良いよ。治療薬持ってる?」


「いや……持ってないです」


 詩織さんから借りた治療薬は昨日使ってしまった。

 次の使用までにまだインターバルが残ってる。


「ひとまず私の拠点で治療できる仲間が居るから着いてきて。肩を貸すわ」


 俺は女性の肩を借りて、ヨロヨロと歩き出す。

 歩くたび噛みつかれた左腕に激痛が走ったが、なんとか気を保ち続けた。

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