第15話 日本中が俺を知っている

 女性の肩を借りて歩くこと数分、地獄のような痛みに耐えて、ようやく彼女の拠点に辿り着いた。

 拠点は一階建ての銀行の建物。ここに傷を治療できる仲間がいるらしい。

 裏口のドアから入り、急いで仲間の元へ向かう。

 中にいたのは大学生と思しき背の低い女性一人だけだった。 


「うた! この子にヒールお願い! 出血で死にそうなの!」


「夢ちゃん急にどうしたの────ってうえええ! ひどい怪我!? ぐろすぎぃいいい」


 うたと呼ばれた仲間の女性は、血だらけの左腕を見るなり顔を青ざめて気絶してしまった。

 ばたんきゅーという擬音が似合う見事な気絶ぶり。すぐに治してもらえるって話だったんだが、聞いてた話と大分違う。


「うた! しっかりして! 起きて! 気絶してる暇ないわよ!」


 目の前で倒れた仲間をビシバシと容赦無くビンタで起こす女性。


「うぅ……わたしグロだめだって言ったよね。血とか傷口とかほんとムリ……」


 気絶から目覚めると、吐き気を堪えるように口に手を当てて涙目で訴えかけてくる。


「ほら、私が付いててあげるから気を強く持って。うたがヒールしてくれないと彼死んじゃうから」


「わたしってこんな役回りばっかり……でも、ありがと、わたし頑張る」


 血が苦手な回復要員って大丈夫なのか?

 そんな心配が頭によぎるが、治してもらえるならなんでもいい。


「『ヒール!』」


 仲間の女性は俺に負けず劣らずの弱々しい表情で、血だらけの腕に手を翳した。

 すると、淡い緑色の光が腕を包み込む。暖かで安らぎを感じる優しい光だ。

 傷口はみるみるうちに塞がり、痛みは嘘みたいに消えていった。


 すごい。これがファンタジーに必要不可欠な『ヒール』の力か。治療薬要らずだ。


「傷は治ったけど、流れた血までは元に戻らないからしばらく安静にね。というか、少し横になった方がいいかも」


「あ、そうなんですか?」


 ヒールをかけ終わってすぐ、ひどい倦怠感を覚えた。

 この倦怠感はヒールの影響だろうか。便利そうに見えて、しっかりデメリットもあるらしい。

 ここはお言葉に甘えよう。

 窓口に設置された長椅子に横たわり目を瞑る。すると、抗しがたい眠気がふいに訪れ、俺は眠ってしまった。


 ××××××××××


「あ、起きた」


 目が覚めた俺の視界に映ったのは、見知らぬ天井……ではなく、ドアップの女性の顔だった。


「えーっと、確かうたさん……でしたっけ? 何してるんですか?」


 横になった俺の顔をじっと覗き込むヒール使いの女性。

 長い黒髪がカーテンの様に俺の顔を覆い、女性特有の甘いシャンプーの香りに鼻口をくすぐられ、どきりとしてしまう。


「ん……君を見てた」


「そ、そうなんですか……?」


「うん」


「……」


「……」


 なんというか、不思議な人だった。


「目が覚めたのね」


 うたさんとの謎に見つめ合う気まずい時間。

 それを終わらせてくれたのは、ワニ型モンスターを共に戦った女性だった。


「傷は……もう大丈夫そうね。それじゃ、改めてお礼を言わせてもらうわ。ありがとう。おかげで命拾いした」


 律儀な性格なのか、俺にペコリと頭を下げる。


「とりあえず自己紹介をしましょうか。私は高城たかじょうゆめ。そんで、この子が緑川みどりかわ唄葉うたは。私も唄も大学生よ」


 俺は改めて二人の姿をしっかりと見ることができた。

 二人とも大学生ということは、歳は20代前半ぐらい。

 高城さんは、身長が高めで170センチ近くはある。茶髪のミディアムヘアーで、動きやすいようにかメンズのトップスと迷彩柄のズボンを履いた軽装備だった。

 逆に緑川さんの背は低く、動きやすそうには見えない女子女子した服装。緑川さんは回復要員で戦わないから、別にいいのだろう。


「よろしくねー。ちょっとケガの確認していい?」


 そう言うと、俺の左腕を取ってジロジロと眺め出す緑川さん。

 傷の確認だろうか。確かこの人はグロいのNGな人だったはずだよな?


「わたし傷口はダメだけど、傷跡は好きなの」


 なんか知らんがフェチだった。


「それで、君の名前は?」


「あ、えっと、俺は北原弓弦です。一応高校生です」


 すると二人は、


「「え!? 北原弓弦!?」」


 声をハモらせて、ものすごく驚いた反応を見せた。

 そのまま好奇の色を浮かべた眼差しで俺をジロジロと眺めだす。

 一体なんなんだ?


「ふーん、普通の人間なんだね。てか高校生じゃん、ウケる」


「いや、待って夢ちゃん。人に擬態した宇宙人かもよ」


 は? 突然なんだ?

 人をウケるだの、宇宙人だのと。

 名前を言っただけで、何故そんな反応されるんだろうか?


「あのー、俺のこと知ってるんですか……?」


「知ってるもなにも有名人じゃん」

「うんうん」


「ゆ、有名人!?」


 ますます話しが見えてこない。


「え? もしかして自覚なし? CWに名前載ってるよ。多分日本中が君の名前を知ってるんじゃないかな?」


 俺は緑川さんの言葉に、あわててCWを開き日本地図を出した。

 そして金沢市エリア13をタップ。すると吹き出しが出現し、


────────────────────

 金沢市エリア13

 エリアボス:アビスベアー

 討伐者:北原弓弦

────────────────────


 何故かは分からないが、サッと血の気がひいた。

 日本中の人たちがこの情報を知っているのだろうか。


「『ジェネシス・ワールド』が始まって10分も経たないでエリアボスを倒したんだよね? 絶対人間じゃないと思ってた……」


「てか、もしかして運営側の人間?」


「は?……いやいや、違います! エリアボスを倒したのは偶然だったんです!」


 あらぬ疑いをかけられて、俺は全力で否定する。

 アビスベアーを倒せたのは、本当に偶然だった。というかそのあと三日も気絶したのだから、詩織さんの看病がなかったら間違いなくあの世へ行っていただろう。


 それにしても、俺は日本中の人たちにそんな風に思われてるのだろうか……なんだかものすごく嫌だな……


「まぁ確かに運営側の人間だったら、わざわざ大怪我して私を助けないわよね」


 高城さんの言葉にほっと胸を撫で下ろす。


「そういえば、随分と強力な武器を持ってるのね。あの時の地震もあなたの仕業なんでしょ?」


 高城さんが言っているのは、鰐型モンスターを地面から引き摺り出す時に使った三叉槍の力のことだろう。

 初めて使った技だけど、上手く扱えてよかった。改めて星5武具の万能性に驚かされる。


「ええ、俺の武器は──」


 と、そこでふと俺は思った。

 この二人に武器の性能を教えてもいいものかどうか。

 二人に教えたことで、今後不利になるようなことがあるかもしれない。

 とはいえ、嘘をついたり秘密にしたら二人に警戒されかねない。

 結局俺は、正直に答えることにした。


「水を操ることと、地震を起こすことができるんです。まだ他の能力があるかもしれないですけど、今のところはこの二つです」


 そう言って、海神の三叉槍を装備して二人に見せる。

 天空神の雷霆のことはあえて控えておいた。あまりにもピーキーな武器だし、しばらくは使うつもりはないし。


「ちなみに北原のレベルは何?」


「今のレベルは27……あ、さっきの戦闘で28になりました」


「高っ!? どうりで強いはずだわ。あの地底鰐も一撃だったし」


 へー、と緑川さんも薄い反応ながら驚いていた。

 地底鰐というのは、鰐型モンスターの正式名称の事だろうか?


「エリア13のエリアボスも倒してるし、これほど頼りになる味方はいないってやつだね………味方、って思っていいんだよね? 弓弦くん」


「うた、少なくとも彼は信頼できるわ。それはさっき話したでしょ」


 緑川さんが抱く俺への疑念を、高城さんは言下に打ち消してくれた。

 どうやら地底鰐から助けた行動が、高城さんに良い影響を与えているらしい。

 とはいえ、二人の俺に対する態度はいささか奇妙にも思えた。

 妙によそよそしいというか、抜け目ないというか。彼女らの気兼ねがなんであるにせよ、こちらを警戒しているように見える。


「ヒールもかけてもらいましたし、何か力になれることがあるなら手伝います。俺にできる範囲でですが」


 俺はとりあえず二人にそう提案する。

 もちろん、このエリアを早くクリアしたいという逸る気持ちはある。渚のためにも他の事にあまり時間は割きたくない。

 とはいえ、こちらに敵意がないことは示しておかないと。

 それにしても、明確な敵であるモンスターが溢れてる現状、同じ生存者である俺を警戒する必要はないと思うんだが……


「ごめんなさい。あなたにそんなことを言わせるつもりはなかったの」


 と、俺の提案に高城さんは気が咎めたのか、律儀に謝ってきた。


「ただ……私たちにも色々あったのよ。世界が崩壊してからの四日間はあまりにも濃密で、平和な日常に慣れきった私たちにとっては濃密すぎたのかも」


「……? どういう意味です?」


「実は私たち、昨日までショッピングモールを拠点にしてたんだ」


 と、緑川さんが答えてくれた。


「ショッピングモールに居たときは、水とか食料には困らなかったんだけどねー。避難してる人たちがたくさん居て、その中の一部の男たちの振る舞いが酷かったの」


「そうなんですか?」


「最初はみんなで協力して生き残ろうとしてたけど、レベルが上がって、強力なアイテムを手に入れてから男たちは傲慢になっていったの」


「大きな力を手にすると、人を見下すような奴らもいるのよね。こんな非常時にでも」


 なるほど。つまり二人は、レベル差がありすぎる俺を警戒していたと言う訳か。

 世界が目まぐるしく変化する間、ずっと気を失っていた俺はその考えに至れなかった。


「実は俺、ショッピングモールへ向かう予定だったんです。このエリアに入ったのがついさっきで、拠点を探してて」


「それなら、あそこへ行くのはやめておいた方がいいわ。厄介なことに巻き込まれると思うから」


 ショッピングモールは拠点としては優良物件だ。

 広大な店舗内には様々な物資が眠っている。けれどそれ故にたくさんの人が集まることは容易に予想できる。


「拠点が必要ならここを使ったら? 銀行だった建物だし防犯は割としっかりしてるわよ。モンスターに襲われる心配はまず無いはずよ」


「いいんですか?」


「もちろん。地底鰐から助けて貰った恩もあるし。でも、食料は全く無いから調達する必要はあるけど」


 と言うわけで、俺は目的の拠点を早くも確保し、新たな仲間と共に食料を調達することになった。

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