第17話 昨日の仲間は今日の敵

「そう言えば、警戒するモンスターに魔司莉加狼はいないんですか?」


 ふと思い出した。俺がこのエリアに留まる原因となったモンスター。あの狼も相当厄介じゃないだろうか?

 見つかるとウザいくらい追ってくるし、魔法も平気で使ってくるし。

 けれど、名前が挙がらなかったと言うことは警戒するような敵ではないのだろうか。


「マツリカオオカミ? 狼のモンスターは見たことないわね。うたは何か知ってる?」


「ううん。わたしも知らなーい」


 二人とも全く心当たりがないようだった。

 そうなると出現するモンスターはエリアごとに違うのだろうか。

 だとするなら、このエリアにあの狼がいないのはめっちゃ嬉しい。できればもう顔も見たくない。

 と、そんな風に情報を整理しながら歩いていると、目的のコンビニにたどり着いた。


「うわ……ひどい有様ね」


 そのコンビニは、正面のガラスが全て割られ、店内は荒れ放題になっていた。

 誰かがすでに物色した後なのだろうか。

 商品棚は乱雑に薙ぎ倒され、色んな商品がゴミのように床に散らばっている。

 そんな散乱した店内で、もぞもぞと動く巨大な一つの塊が見えた。


「あれは……グレイトラットね」


 茶色の毛並みに丸っこいフォルム。

 2メートルはありそうな巨体で、毛の生えていない細い尻尾がウネウネと揺れていた。見た感じ、ネズミの後ろ姿に酷似している。

 そんな巨大鼠はこちらに気付く様子を見せず、店内に残った食料を漁っていた。


「どうする? まだこっちには気づいてないみたいだから、今のうちに倒しちゃう?」


 声を潜めて作戦会議。


「そうですね。見た感じ一匹だけですし、俺が行きますよ。実は不意打ちはこれが初めてじゃないですし」


 俺は息を殺してゆっくりとコンビニに入り、グレイトラットに近づく。

 床に散らばった細かなガラスを踏む音にも全く反応しないグレイトラット。

 よほど食い意地が張った奴なのか、気付かれることなく至近距離まで近づけた。

 せめて苦しまないように、胸の中心を狙って一思いに突き殺す。


 ──ザシュッ!!


「ギュゥピィッ!?」


 グレイトラットは一瞬の断末魔を発し、すぐに消えた。


「……二人とも、もう大丈夫です」


「改めて思うけど、一撃って凄いわね」


「わたしの出番がなさそうで安心♪」


 ××××××××××


 三人で手分けして店内を物色すること30分。

 もともと他の誰かに荒らされた後だったうえ、ほとんどの食品が腐りかけで、あまり目ぼしいものは残っていなかった。

 ただ冷蔵庫の中にはまだ飲み物が残っていて、飲料は補充できた。


 手分けして、ごちゃごちゃしたコンビニ内で食料をかき集めていると、


「よお、夢、唄葉。こんなトコで会うとは奇遇だな」


 突然、四人組の男がコンビニに入って来て、その内の一人が無遠慮に声を掛けてきた。


「…………うげ、最悪」


 高城さんの毒づく小さな声。


 四人ともそれぞれ違った武器を武装しており、気さくな調子でこちらに近づいてくる。

 声を掛けてきた雰囲気からして、高城さんと緑川さんの知り合いだろうか。

 見た感じ、全員大学生っぽい。

 二人に一瞬だけ視線を向けると、高城さんは心底うんざりそうな顔、縁川さんは少し強張った顔をしていた。


「ちょっと、それ以上近づかないで。いまさら何の用?」


 高城さんの声色は不機嫌さ隠そうともしない刺々しいものだった。

 そんな態度に、男たちはにやにやとふざけて笑う。


「おいおい、パーティメンバーに随分とつれない挨拶だな」


、パーティメンバーね。あんたらのパーティは昨日抜けたはずでしょ?」


 なるほど。この人たちが以前高城さんとパーティを組んでたというパーティメンバーか。

 俺はこの人たちを高城さんと会う前に一度だけ目にしている。グレイトラットと戦っていた四人組の男たちだ。


「私たちは忙しいの……北原、うた。コイツらは無視して他の店回りましょ」


「ちょっと待てよ」


 コンビニからさっさと出ようとする俺たちを、リーダーと思しき男が引き留める。


「昨日の件は目をつぶってやる。食料がなくて困ってんだろ? 戻ってこいよ。こっちには食料や物資が山ほどあるぞ」


 ふむ。この男たちがショッピングモールを拠点にしている生存者か。そして高城さんの態度を見て、以前聞いた振る舞いが酷い男たちというのもこの人たちだと分かった。


「それに、もしもの時は守ってやれる」


「は? いまさら守って欲しくてアンタらの元へ戻ると? やめてよ」


 高城さんの最後の一言には、驚く程の軽蔑が込められていた。

 それで説得は不可能と察したのだろう。

 男は忌々しげに舌打ちをして。


「なら唄葉だけでも返してもらうぞ。闇鍋のクソガチャのせいで、ヒール使いは貴重なんだよ」


「返してって、相変わらずの物言いね。それではいそうですかってなると思った?」


 高城さんの一貫した態度に、他の男たちもイラつき始める。


「おいおい、そんな口聞いて良いのか?」


「こっちは穏便に済ませてやろうと思ってんのによ」


 そう言って、気の短い男の一人は武装した武器を見せつけた。

 まさに一触即発の雰囲気。


「マジかよ……」


 俺は戦えない緑川さんを庇うようにさりげなく後ろへ遠ざける。


 こっちはモンスター意外と戦うことなんて想定していない。

 それが人と戦うなんて……出来ることなら避けたい。

 とはいえ、ここを穏便に済ませるために男たちの要求を呑むなんて事は出来ないだろう。それを二人に強要するのはもってのほかだ。


 高城さんもそれを分かって、アッシャーの鉤爪を構えて戦闘態勢に入る。


「緑川さんは後ろに下がっててください」


「あ、う、うん……!」


 徐々に近づいてくる男四人に三叉槍を構える。


「なんだこのガキ。俺らと戦おうってのか? マジかよ」


 できるなら引いてくれるとありがたいが……


「4対3……いや、唄葉を庇いながら4対2で戦えると思ってんのか?」


 まあ、引いてくれるわけないか。

 しかも以前の仲間ということもあり、緑川さんが戦えない事も把握済み。


「誠也、このガキを痛めつけてやれ」


 リーダの指示で、誠也と呼ばれた一人の男がCWを操作し出す。

 すると男の手に一枚ののっぺりしたお面が現れた。それをおもむろに顔にはめると、男の顔がみるみる内に虎に変化した。


 あり得ない現象を目の当たりにして、俺は少なからず動揺する。

 特殊なアイテムの使用……人の体に虎の頭。かなり異様な見た目だった。


「おっ、今回の『ビーストマスク』は虎か。ご愁傷様」


 隣の男はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

 顔が虎に変化した男は、獣の低い唸り声を発して、


「グラァアアッ!」


 俺へと一直線に突進してくる。

 とっさに三叉槍で薙ぎ払うと、男の身体は軽々と横に吹っ飛んだ。

 そのまま壁に設置された陳列棚に盛大にぶつかって気を失う。


「は……?」

 

 その光景に、男たちは間の抜けた声を漏らした。


「嘘、だろ……一撃?」


「あ、言ってなかった? 彼があの北原弓弦よ」


「は? 北原弓弦って、エリアボス討伐の北原弓弦か……?」


 男たちは呆気に取られ、まるで化け物でも見るような目でジロジロと俺を眺めだす。

 おい、そんな反応されるとちょっと傷つくぞ。


「マジかよ……ホントに実在してたんだな」


「どうする? まだやる?」


 高城さんが俺の名前を出したのは、それで男たちが引いてくれると期待しての選択だったのだろう。

 事実、エリアボス討伐という俺の肩書きが影響してか、男たちは明らかに動揺していた。

 しかし──


「はっ、よく見たらまだ高校生じゃねぇか。どうせエリアボスを倒せたのもマグレだろ? おいお前ら、油断せずに行くぞ」


 男たちは先程までの油断を消し去って、再び戦闘態勢に入った。

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