第3話 ガチャ

 少し長い休み時間が終わり、六時間目という名の待機時間。

 休み時間を挟んだことでクラスメイト達は多少落ち着きを取り戻し、下校まで何事もなく過ぎていく…………だろうなーと俺はテキトーな予想図を描いていた。

 だが現実は予想の斜め上をいく。


 六限目が始まった今、教室は異様な熱気に包まれていた。


「おい、引くぞ……! 俺は引くんだ!!」


 一人の男子生徒が机の上に立ち、CWを食い入るように見つめている。

 彼はそのまま何の躊躇いもなく画面をタップすると、両手を組んで祈り始めた。

 そして──


「うぉおおお! 十万円ゲットォオオ!」


 彼が歓喜の雄叫びを上げると、それに伴い周りで見ていた生徒も興奮したように騒ぎ出す。


 異様な光景だった。

 さっきまで謎の物体に怯えてたと言うのに、今ではほぼ全員がCWに触れており、それぞれ仲間内で騒ぎあってる。


 何故こうなったかと言うと。

 先生達はこのCWに危険性は無いと判断し、学外の状況も考慮して、念のため待機時間を設けた上で生徒達を安全に家に帰そうとした。

 だがその考えが甘かったのだ。


 十分間の休み時間で教室以外への移動が出来たことにより、生徒達の間で情報共有が行われたのだ。

 俺でもCWの正体に気づけたのだ。他に気づいた生徒がいてもおかしくない。

 謎の物体がCWと呼ばれるモノであること。

 様々な機能が備わっていること。

 そしてガチャが引けること。

 それらの情報が一気に広まった。


 その結果、生徒達は世にも珍しいテクノロジーに夢中となり、今のお祭り騒ぎのような状況が出来上がってしまった。

 先生は校内放送で再び職員会議に呼ばれたため、この状況を止めれる者は一人もいない。


「あのチンパンジー達はなんなの?」


 教室の中央でどんちゃん騒ぎをする陽キャどもに冷たい眼差しを向ける一条さん。


「多分、ガチャを引いてるんだと思う」


「ガチャって、メニューにあった項目のこと?」


 メニューにあった六つの項目のうちの一つ。

 『ガチャ』はアイテムをランダムで入手できるゲームシステムのことだ。

 アイテムとは、そのゲーム中でのみ使用出来るモノであり、大抵はガチャやドロップによって手に入る。

 ガチャにおけるアイテムは、それぞれ排出率が設定されており、確率が低いほど価値が高くなる。


 多分、このCWのガチャもその辺の仕様を踏襲しているのだが、そもそものレベルが違っていた。


「どうやら、ガチャで手に入れたアイテムが現実世界でも手に入るらしいよ?」


 もう理解の範疇を超えている。

 先ほど、10万円を手に入れて騒いでた陽キャの高橋君の手にはお札が握られているし、教室に有るはずのないアイロンや電子ピアノや羽毛布団なんかが、どこからともなく散乱している。

 まさにカオスだ。


 ちなみに休み時間中、俺と一条さんはCWについて一通り調べ終えていたから、一条さんもある程度の理解はしている。


 メニューにあった項目は六つ。

 ホーム、ステータス、アイテム、ガチャ、フレンド、レギオン。

 最初のホームとステータスからはある程度の情報を得ることが出来たが、後の4つからはそれほど重要な情報は得られなかった。

 まず、『アイテム』をタップしたところ新しいページが開き、ホーム画面で受け取った『ノーマルガチャ10連チケット』のアイコンが1つだけ存在していた。

 アイテムでは、獲得したアイテムの一覧が見れるのだろう。


 『フレンド』と『レギオン』に関しては、タップしても何の反応もなかった。

 この二つはカウントダウンの終わりと共に使えるようになるのかもしれない。

 そして最後に、一番気になっていた『ガチャ』だ。

 アイテム一覧にあったノーマルガチャ10連チケットを使えば、今すぐにでもガチャが引けるんだろうが……俺はまだ引いていない。もちろん一条さんも。

 どんな結果になるか分からないし、もう少し様子を見た後で引いても問題ないと思ったからだ。

 まあ、他のクラスメイトはじゃんじゃん引いてるが。


「ちょっと友達の所で様子見てくるか」


 手っ取り早くガチャの詳細を知るには、他の人が引いている所を見るのが一番だろう。てことで俺は、クラスで仲の良いヤツらが集まっている教室の隅へと移動した。


 ××××××××××


「よ、よお。みんな何やってんの?」


 俺は教室の隅で話し合ってる顔なじみの三人に声を掛け近づいた。

 普通に声を掛けたつもりが、どこかぎこちなくなってしまう。

 いつも思うんだが、途中で会話に加わる時の第一声って何を言ったら良いんだ?

 自然に会話に入る方法を教えてくれ。


「おー北原君。今、幸太がガチャ引くところなんだけど、見る?」


 どうやら良いタイミングで声を掛けたらしい。

 ちょうど幸太と呼ばれるメガネの男子生徒がガチャを引くところだった。


「やっぱり欲しいのは現金だよなー。あとノーパソとか? 出るか分かんねえけど」

「現金っていっても必ず大金が出るとは限らないだろうから、僕は高く売れる物が良いかな」

「10連だけじゃ欲しい物出すの難しいと思うよ?」


 三人も既にガチャについてある程度の情報は得ているらしい。

 あれが欲しいこれが良いと、ガチャで手に入るアイテムについて言い合っている。


 俺は三人の話に耳を傾けながら空いてる近くの椅子にスッと腰掛けた。

 俺も会話に混ざりたいのだが、途中から入った手前、少し話しずらい。今は聞き手に徹しよう。

 ……まあ、いつも通りってわけだ。


 悲しいかな。多分三人は俺の事を友達と思ってない。

 あっちから話しかけられた事はほぼ無いし、休日に遊びに誘われたことは一度もない。学校で会って、俺が話しかけに行って、こうして会話に参加する程度の仲。まぁ俺はそれでも有難いけど。


 そういえばこの前、母さんとショッピングモールで買い物してた時に、三人がファミレスで楽しそうにしている所を見かけた事がある。

 その時はなんで俺を誘ってくれなかったんだと、心に深い傷を負ったが、三人の中で俺はそういう立ち位置なのだろう。もう諦めたよ。

 多分、俺が入ってないグループラ○ンもあるはず。心が痛い。


 と、そんな感じで居心地の悪さと共にトラウマを掘り返していると、いつの間にかガチャを引く決心をしたらしい。

 幸太君のCWはガチャの画面に切り替わっていた。


 ちなみに、ガチャの画面は他と違って少し手の込んだものとなっている。

 正面には意匠を凝らした銅の扉が大きく描かれており、左右にラッパを持った2人の天使があしらわれている。まさに運命の扉といった感じだ。

 扉の下には「1回」「10連チケット」と書かれた二つのボタン。


「お願いします、神様! 良い物をください!」


 幸太君がかけ声と共に「10連チケット」と書かれたボタンを勢いよくタップする。

 すると正面に描かれていた扉が重々しく開き、そこから漏れた光が画面全体を白く塗り替えた。


 そして──


「「「「おおー!」」」」


 派手なエフェクトと共に、弾き出されたアイテムが、一つ一つ画面に映し出される。


 やっぱりガチャのこういう演出は良い。

 緊張感と高揚感があるというか……つい力が入ったり、神頼みしたくなったりして。

 それで良いものが手に入った時は、誰だって嬉しくなる筈だ。

 ま、このガチャに関しては何が良くて、何が悪いのかまだ分からない事だらけだけど。


「もう全部出たのか……」


 全てのアイテムの排出が終わった時点で、獲得した10個のアイテムが一覧で表示された。

 と言うわけで、幸太君のガチャの結果はこうだ。


────────────────────


       靴下

       100円

   ☆   ロングソード<武具>

       イヤフォン

   ☆   魔法薬(低)<道具>

       塩ラーメン

       単4電池

   ☆   魔除けの香<道具>

       4Kテレビ

  ☆☆☆  危険察知<スキル>


────────────────────


 これはまた、色々と出てきたな……


 見た限りではアイテムは星アリと星ナシの2種類に分けられている。

 星はアイテムのレアリティを表していて、星の数が増えるごとにレアリティが上がっていくとみていいだろう。これもゲームでは定番だ。

 そして星アリのアイテムを見るに、今後に危険なことが待ち受けているのはもはや確定である。武器とか回復薬とか、戦わせる気満々すぎる。


 それにしても──


「かなりの闇鍋だな、このガチャ……」


 個人的に一番ツッコみたい所。排出されるアイテムにまとまりが無さすぎる。

 剣とかスキルとかは、今後のことを考えれば必要だと分かるが、「靴下」とか「単四電池」とかは訳が分からない。完全にネタ枠じゃん。

 しかも見た感じでは、星ナシのアイテムの排出率が一番高そう。

 このガチャ、クソすぎない?


 その後──幸太くんがガチャを引き終わると、続くように二人もガチャを引いた。

 結果は幸太くんのと似たり寄ったりで、星アリと星ナシの割合はほぼ五分五分。

 星アリは戦いに関係のあるアイテムで、星ナシは関係のないアイテムばかりだった。ちなみに現金も星ナシに入るみたい。

 そして、三人が引いた中で一番のレアリティは星3だった。

 

 三人分のガチャ結果を見終えた俺は自分の席に戻った。

 三人は俺にもガチャを引かせたがってたが、勿論俺はそれをやんわりと断った。

 ガチャを引くには運気を高めてからじゃないとダメなのだ。流されて引いて、ゴミみたいな結果だったら目も当てられない。


 てことで、自分の席に戻った俺は一条さんにガチャの結果を話す。

 ガチャには様々なアイテムがあるが、星アリのアイテムが重要である事。

 武器などが手に入るガチャがこのゲームではネックとなる事。

 あとは、明日は学校を休む事も勧めた。明日の12時にカウントダウンが0になるのだ。ゲームが始まった時に学校にいては、自由に動けない可能性が大きい。


 それを聞いた一条さんは、厳しい表情を浮かべながらも、納得した様に頷いた。その表情からは大きな不安が読み取れる。

 こんな状況だから仕方ないことだ。


 周りのクラスメイト達を見ると、不安なんてないみたいにCWについて談笑してる。

 ガチャに夢中ってのもあるけど、もしかしたら無意識の内にこれからの事を考えない様にしているのかもしれない。


 まあ、何はともあれ明日には全てが変わってしまうだろう。

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