77、後悔しても、もう遅い
退屈な明日に、愉しみを。
それは<輝きのネクロシス>の幹部たちが、合言葉のように唱える言葉。
けれどこの夜、ひとりの幹部呪術師の明日は奪われようとしていた。他ならぬ仲間の呪術師の手によって。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
森の中で二人の呪術師が激しく戦っている。
一人は闇を操る術に優れた呪術師で、もう一人は火炎を操る術に長けた呪術師だった。
「許して、見逃して、助けて」
闇の呪術師が腕をかざすと、森の中が一瞬で真っ暗になる。
「許しません。見逃しません。助けません」
火炎の呪術師は右手を突き出し、炎を燃え上がらせて周囲を明るく照らした。
「ひぃっ……」
火炎が闇を貫き、闇が炎を消し去る。術の応酬が続く中、森の木々が傷つくことはなかった。互いに、周囲を巻き込まないように気を使っているのだ。
闇の呪術師を襲おうとする炎を、闇の呪術師は手で弾き飛ばした。そして、立ち眩みを覚えてふらついた。
「はぁっ、……はぁっ、は……」
疲労が足元からじわじわと全身を侵食して、気を抜くと意識を失ってしまいそう。
同じく疲労しているはずの火炎の呪術師は魔宝石を取り出し、魔力を引き出した。闇の呪術師には、魔宝石がない。勝敗はついたも同然だった。
「許して、ください」
闇の呪術師、預言者ネネイは地面に手をついて、命乞いをした。
「死にたくない、です。死ぬの、怖い、です」
ほろほろと涙があふれる。
火炎の呪術師は、無言で首を横に振った。
「オルーサ様に、組織に、害を成したのです」
だから、許されないのだ。
「ネネイ。後悔しても、もう遅い」
声は冷ややかだった。
「ひ、ひ、ひみつ、は、洩らしません」
火炎の呪術師は、ネネイのせいで秘密が知られてしまうのを怖れている。ネネイはそれを知っていた。だから、必死に言った。
「預言者のこと、ばらしません。あなたは、い、今まで通り、預言者として仕事ができる……ひぅ」
別の角度から殺気を感じて、ネネイは絶望した。もうひとりいる。組織の者が、他にも見ている。
「ネネイが私になりすましてハルシオン殿下に助言をしたせいで、私があやしまれているのですよ」
火炎の呪術師ダーウッドは、ネネイにまったく覚えのないことを言いながら術を放った。
「きゃうっ……!」
全身が変えられる感覚に、ネネイは
抵抗することもできず、瞬きする時間すらなく。
ネネイのいた場所に、小さな石がコロンと転がる。その身体が
「おかげで、仕事も増えました」
石を拾い上げて呟くダーウッドの声は、氷のように冷たかった。
「さあ、済みましたぞ。これで、私が忠実なる組織員だとわかっていただけましたでしょうな?」
仲間を見るダーウッドの眼は、とても不機嫌だった。
* * *
「わたしの小さな預言者どの。星はいかがですか」
ネネイが最初に預言者を名乗ってお仕えした王様は、フレデリク様という方だった。父親くらい年齢が離れた王様であるフレデリク様は、ネネイを抱き上げて星をみせてくれた。
ネネイはあたふたしながら、星空を見た。
「はい。き、きれいです」
見たままの感想を言うと、フレデリク様は笑った。
「預言者どのの目を楽しませることができて、よかったです」
ネネイはそこで失敗に気付いた。自分は預言者なのだから、もっと神秘的な発言をしないといけない場面だったのだ。
「す、す、すみません」
今から、挽回できるだろうか。ネネイはあわてて、言葉を探した。
「え、と……」
青国で預言者をするダーウッドは、ネネイより少しだけ早く青王に仕えていた。ダーウッドは、ネネイに預言のコツを教えてくれていた。
コツは、解釈の余地がある言葉にすること。
世の中の出来事を日頃から調べるようにして、木に実った果実が熟して落ちるように、これから起こる可能性が高いと思われることを言うのがよい。
預言者を造った父オルーサ様と<輝きのネクロシス>の組織員が予定している犯行も、預言して構わない。
新たな事件を企ててもいい。例えば「明日、空から伯爵が降ってきます」と預言して、自分や組織員が伯爵を誰かさらって、空から落として真実にしてしまってもいいのだ。
「フ、フ、フレデリク様」
ネネイは必死に言葉を選んだ。
「はい」
立派な王様が、自分のような小娘に敬意を持って礼儀正しい態度を取る。ネネイは罪悪感を覚えた。
「あ、ああ、あ、あしたは、晴れです」
言ってしまってから、ネネイは「あっ」と思った。お天気の予想は、オルーサ様や<輝きのネクロシス>を頼っても、真実にしにくい。
「明日はお天気がよいのですね。嬉しいことです」
フレデリク様が目を細めている。
その夜、ネネイは一生懸命「明日、晴れてください!」と祈りながら眠った。けれど残念なことに、翌日は雨が降ったのだった。
「ご、ご、ご、ごご」
ごめんなさい。
私は、預言なんてできないのです。許してください。
泣きべそをかきながら謝ろうとするネネイに、フレデリク様はニコニコした。そして、「午後になったら晴れるのですよね」と頭を撫でてくれたのだった。
その日は一日中雨が降って、夜になっても晴れと呼べる空模様にはならなかったけど、ネネイは怒られたりはしなかった。心配するネネイに、フレデリク様は我が子が描いたという青空の絵を見せて、言ったのだった。
「わたしの小さな預言者どの。わたしの愛する息子が、絵を描いたのです。預言のことは伝えていなかったのに、見事な晴れ空を」
何を言わんとしているかわかって、ネネイは目を見開いた。
「預言者どのは、この絵のことを預言なさったのですね」
フレデリク様は優しく言って、ネネイを安心させてくれたのだった。
「ダーウッド、ダーウッド。私の王様は、とても優しいのです。私、あの王様に忠誠を誓って、王様のために尽くそうと思います」
「その王様は、もうすぐ殺される予定です」
<輝きのネクロシス>の会合でダーウッドに話すと、返されたのは残酷な現実だった。
「え……」
「オルーサ様は、現在は青王になりすましておられますが、王太子が新青王として即位したあとは空王としてお過ごしになるのです」
ダーウッドの声のトーンが、ネネイには引っ掛かった。感情を抑えていて、ネネイを心配する気配で申し訳なさそうに告げるけど、その声には安堵のような感情も潜んでいるのが感じられたから。
しばらくして、フレデリク様は殺された。
けれど、殺されたことに誰も気づかなかった。オルーサ様が、なり替わったから。
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