78、預言者ネネイは死にたくない

 十年。二十年。三十年……時が経ち、王が代わる。

 

 オルーサ様が「次は青王になる」と言ったとき、ネネイは以前のダーウッドの心情を理解した。

(次は、あなたが成長を見守ってきた王が殺される)

 

 自分の大切な空王は、殺されないで済む。

 そんな安堵と。

 ダーウッドの大切な青王が殺される対象に選ばれてよかった。

 そう思ってしまったことへの罪悪感。

 

「ごめんなさい。青王クラストス陛下は、オルーサ様に交代される予定です」

「それは良きことですな。クラストス陛下は、ちと気弱すぎて、頼りないと思っていたところでした。オルーサ様になれば、安心、安心と」

 

 平静を装うダーウッドを見て、ネネイは胸が締め付けられる思いがする。

(そんな風に強がって)

 私が動揺したように、もっと動揺を見せてくれればいいのに。

 そんな思いを抱く自分に気づいて、ネネイは自分が醜い生き物だと思った。

 

 預言者は、王族との距離を縮め過ぎないようにして、情が移らないように対策をする。

 王族は、オルーサ様が気まぐれを起こせばすぐに死ぬし、不老不死の預言者と違って、年々老いていつか死ぬ定命の生き物だ。

 情が移ると、辛いのだ。

 

 けれど、王族というのは預言者に懐く生き物だ。

 だいたいどの王族も、預言者が特別な存在だと思ってくれて、親密な関係を築こうと寄ってくる。

 預言者を侍らせることができるのは王族だけ――そんな特権意識で事あるごとに呼び出すし、王位継承争いをしていれば、競うようにして機嫌を取ってくる。

 

「次の王様はあなたです」

 と自分を選んでくれたら、という期待に胸をふくらませて、それはもう熱のこもった目で見つめてくるのだ。そして、王様に選んだらとても喜ぶのだ。


 そんな風に懐いてくる王族は、子供を作ってどんどん世代交代する。可愛がっていた王の子供は、やはり可愛い。代々、揺り籠から墓場まで見守っているのだ。預言者という生き物が王族を我が子のように特別に愛してしまうのは、仕方ないのだった。

 

「わ、私、もう、こういうのがいやです」

「ネネイ。その発言、廃棄されてしまいますぞ」

「ひ、ひぃ」

 廃棄、というのは、預言者が代替わりさせられることだ。心がすり減って使いものにならなくなったら、殺されるのだ。

 

 死んだら、どうなるのだろう。

 痛くて、苦しくて、……その先は?

 

 自分の心は、思い出は、どこにいくのだろう。

 心臓が止まって、私という存在は消えてしまう?

 それは、怖い。とても怖い。

 

「は、は、廃棄は、いや。し、死ぬのは、怖い」

 

 だから、従う。

 だから、世界中を欺きつづける。

 

 ――そして、異変は起きた。

 

「殿下、殿下! いかがなさったのです!?」

 空国の第二王子ハルシオン殿下に特異な症状があらわれて、ネネイは王子に近付いた。

「は、ハルシオン殿下が呪術王の生まれ変わりだと主張なさっていることを知る者は、誰ですか?」

 

 ネネイはその者たちの口を封じた。本来であれば、オルーサ様や組織にも知らせなければならないその情報を、ネネイは秘めた。隠そうとした。

 父、オルーサ様の事情を詳しく知らないネネイは、強い力を持ち、古代の呪術王の記憶を持つハルシオン殿下を守らなければならないと思ったのだ。


(古代の呪術王とオルーサ様は、どちらが強いだろう)

 オルーサが知れば、きっと暗黒郷を管理するにあたっての不穏分子だと思ってハルシオン殿下を殺すだろう。

 

 逆に、ハルシオン殿下を生かして成長させたら? 

 オルーサ様を倒せるようになるのでは? 


 ネネイはそんな恐ろしい思い付きを胸に隠した。


「空国の王族に変事があると聞いたぞ、ネネイ?」

「ハ、ハルシオン殿下は、お、お心を病まれました」

「ふうん」 

 

 オルーサ様は、気にする様子もなく、気紛れを起こしたように空王を殺した。

 王子が目撃していた。オルーサ様は王子を猫に変えた。

 

「この王子はどっちだ? ネネイ?」

 術をかけて猫にされたのは、ハルシオン殿下だった。

「では、アルブレヒトが呪いをかけたことにしておけ」

 

 オルーサ様は、底冷えのする声で言い放った。

「お前は何か隠しているな、これは罰だぞ。ネネイ。心せよ。次はない」

  

 ハルシオン殿下が乱心なさって、父である空王と戦った。相打ちのように空王はたおれて、ハルシオン殿下は猫になった。さも真実のように語れば、アルブレヒト殿下は信じた。

 

「アルブレヒト様。あ、あ、あなたが、次の空王です」

 アルブレヒト殿下は、ネネイにすがりついて泣いた。

「ネネイ! 私はどうすればいいか、わからない。頭がぐちゃぐちゃだ。……しかし、父も兄もこうなってしまっては、私が王になるしかないのだな」

 

 兄の存在に苦しんでいたアルブレヒト殿下は、兄を愛してもいる。ネネイは、それを知っていた。

 

「私が王になる。私は、……猫になった兄に、せめて平穏な余生を過ごしていただきたい」

 

 ああ、言わなければなりません。我が君。

 

「アルブレヒト様……あ……あなたが、乱心なさったハルシオン殿下を呪術でお止めしたことになさいませ。残念ながら父君をお救いすることはできませんでしたが、駆け付けたアルブレヒト様は、ハ、ハルシオン殿下を猫に変えて、父君を守ろうとなさったのです。父君は……ご病気の発作で、亡くなられたことになさいませ……」


 ……ああ、私を見つめるその面差しに、お仕えした何人もの王様が重なる。 

 フレデリク様の子孫。

 私の、大切な空王陛下たち。


『ネネイ。心せよ。次はない』

 ……死にたく、ない。 


「ネネイ、私の王位継承に付き添ってくれてありがとう。父や兄に不幸があった今、私を王だと言ってくれる預言者の存在は、とても大きい」

「わ、わ、我が君。私が、お守りします。お支えします」

 

 アルブレヒト様は、実直な方だ。繊細な方だ。

 ハルシオン殿下の存在を意識しすぎて自己評価が低めで、けれど責任感を胸に立派に勤めを果たそうとなさっている。

 夜は遅くまで。朝は早くから。いつ眠っておられるのか心配になるくらい、政務に意欲をみせている。

 

 愛しい王族。

 可愛い王様。

 ネネイは、そんな王様が好きなのだ。


「お前が見守っていてくれる。お前が私を空王だと保証してくれるのだから、私はお前にふさわしい王になる」


 そう言って一生懸命に、立派であろうと背伸びするような眼をするから、ネネイは頭を下げて誓うのだ。


「我が君、アルブレヒト陛下の治世を、誠心誠意、お支え申し上げます」

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