76、俺が悪かった。見捨てないでくれ、戻ってきてくれ

 妹フィロシュネーが紅国に旅立った後の青国の王城で、青王アーサーは日々を忙しく過ごしていた。


(今、直系の王族が俺の他にいないぞ)

 時折思い出す現実は、恐ろしい。


 アーサーと妹フィロシュネーの母、第一王妃はとうの昔に逝去済。第二王妃や第二王女も、もういない。

 妹フィロシュネーは他国に嫁ぐ可能性が高い。妹には隠しているが、アーサーはねや教育もまともに受けていない。婚約者も数年前に亡くなったきり未定だったりする。

 

 アーサーに何かあった場合、もっとも玉座に近いのは王位継承権一位の従兄弟の放蕩男爵四十三歳、男児あり。二位は男爵の病弱な弟三十八歳。三位は祖父の妹が嫁いだ先の家系の侯爵、子供が複数いる。四位は遠縁の子爵。全員、王族の瞳なし……。


(俺の国は大丈夫なのだろうか? いや、大丈夫ではない。すでに紅国の半属国状態になっているし、ぜんぜん大丈夫ではない。しかし、青王が不安そうにしていては皆いよいよ国家の終焉を感じてしまうだろう) 

  

 ゆえに、アーサーは皆が安心するように振る舞わなければならない。

 それは、王としての仕事なのだ。

 

 感傷にひたる暇もなく、青王アーサーは会議室で新宰相や新外務卿と紅国からの国政の改善案の中身を検討した。会議後は休む暇もなく、移動。隣国、空国から空王アルブレヒトが訪ねてきているのだ。以前の紛争で青国が占領されたことによる被害や損害の賠償と、空国の一部を青国に譲渡する件について、すでに約定を交わしている。


「お待たせいたしました、アルブレヒト陛下」

「いいえ、全く問題ありません。お会いできることを楽しみにしていました、アーサー陛下」

 

 年齢の近い空王アルブレヒトとは、何度か少年時代に挨拶だけした記憶がある。挨拶以上の会話は記憶にない。神経質というか、生真面目で会話の弾まない相手だったのだ。それに、父王はアーサーを外交から遠ざけがちであった。


 空国では王兄の幽閉や、空王の退位を迫る声も出ているらしい。空王アルブレヒトは積極的に王の権力を振るっていたが、預言者が不在になったあたりから正当性や神性が疑われるようになり、アルブレヒト自身の動きも翳ったのだと聞く。すっかり弱気になってしまったのだ。

 

「私は王として失格なのです」

 今も、憔悴した声で弱い姿を見せる。

 

(外交の場でそんな振る舞いをしてしまうようになっては、確かに失格だな)

 アーサーはよっぽど「俺だって自信がないが、失格だと思われないように努力しているのに」と言いたくなった。

 しかし、ぐっとこらえて笑顔を浮かべた。即位したてのアーサーにとって、相手をしやすい外交相手なのだ、このアルブレヒトは。退位されたあと、次の王に油断できない相手が就いてしまったら、アーサーも困る。

 

「アルブレヒト陛下は、なすべきことをひとつひとつ立派にこなしておられるではないですか。世継ぎ作りに励んでいるという点において、まず王として勤めを果たしていますし」

 

 外交官の視線が痛い。世継ぎ作りは偉いんだぞ。青国の現状では、本当はハーレムをつくって毎晩子種をばら撒いていくぐらいでもいいくらいなんだぞ。しないが。……まず、やり方がわからないんだ……。槍の振り方ならわかるのだが。

 

「席を外すように」

 アーサーは話しやすい環境をつくり、親しみをこめた笑顔を浮かべた。

「我々は年齢も近く、少年時代からの旧知でもあり、共に悪しき呪術師の被害者で、紅国の……半属国仲間でもあります」

「半属国。……まさに」

 アルブレヒトは情けない顔をした。

(こら。王がそんな顔を外交の場で見せるな)

 アーサーは内心で苛つきつつ、辛抱強くアルブレヒトの話を聞き、励ました。

(俺だって大変なんだぞ。お前のほうが先に王になったくせに)

   

「アーサー陛下。頼み事をきいてくださいませんか」

「我々は友です。ぜひ頼ってください」 

 

 縛ってくれと言われたらどうしよう。ひそかに危惧するアーサーは、余裕の表情をキープした。

 アーサーの態度に安心した様子で、アルブレヒトは懐から手紙を出した。

 

「預言者ネネイを探しているのです。ご存じかと思いますが、わが国の預言者だったネネイは、この手紙を残してある日突然いなくなってしまいました」

 

 もちろん知っている。王の正統性や神性を保証してくれて、その知見や神秘なる預言の能力で王を助けてくれる預言者がいなくなったのは、大事件だ。アーサーは空王が預言者に見捨てられたという知らせを聞き、「自分は見捨てられないように気を付けよう」と思ったものだった。


「手紙を読んでいいのですか」

 もう見ているが。

 アーサーは遠慮なく手紙を読んだ。ネネイは「もうお仕えできません。申し訳ございません」と書いていた。それだけだ。なんと、短い。いや、手紙があるだけマシなのかもしれない。

 

「アーサー陛下、お願いです。青国の預言者どのにネネイの場所を占うよう頼んでいただけないでしょうか」

「ぬう?」 

「私が王として不甲斐ないせいで、ネネイにもつらい思いをさせました。謝りたいのです。私は退位するので、次に空王になる人物の正統性と神性を民に保証し、新王を補佐してほしいのです。私が愚王として退き、隣に預言者がひかえる新王が立つことで、空国の民は良き時代の到来を感じて希望を抱くことができるでしょう」

 

 アーサーはここでアルブレヒトを少し見直した。

 アルブレヒトも、国や民のことを考えているのだ。


「アルブレヒト陛下の国や民を思うお気持ちは、素晴らしい。その気持ちを胸に、ぜひあなたが国を率いてください。預言者ネネイ捜索はもちろん協力しますが、預言者が支える王はあなたであるといいと、俺は思いますよ」


 アーサーは作り物ではない笑顔を浮かべた。

 そして、アルブレヒトの手を引いた。


「アルブレヒト陛下、運動場で体を動かしましょう。太陽の下、風にさらされて汗を流すと元気が出ますよ! 前向きな気分は、大事です! 筋肉をつけましょう。槍を振りましょう!」


 アーサーは戸惑うアルブレヒトに自分流の筋肉トレーニング方法や槍の型を教えた。そして、爽やかな汗を日差しにキラリと輝かせながら本音をこぼした。


「実はここしばらく、わが国の預言者も姿が見えぬので探しているのです。いやあ、ネネイとダーウッド、どちらが先に見つかるでしょうね!! はっはっは」

「は!? え、えっ? アーサー陛下?」


 どうだ、驚いたかアルブレヒト。

 俺ももしかしたら預言者に見捨てられたのかもしれぬのだ!


「何がいけなかったのだろう。預言に従わなかったからか。即位式で槍を投げたからだろうか。俺が童貞で女の扱い方がわからぬのがばれて、世継ぎが絶望的でもうダメだと思われたのだろうか?」

「ア、アーサー陛下……」


 アルブレヒトが仲間を見るような目になっている。

 そうだぞ、俺たちは仲間なんだ。紅国の半属国、やらかし問題国家の王で、年齢も近いし、預言者だっていなくなった……。

 

 二王は見つめ合い、同時に「すーっ」と息を吸った。


「……俺が悪かったああああああ!! 見捨てないでくれえええええ!!」

「私がわるかったあああああ!! 戻って来てくれえええええ!!」

 


 広々とした運動場を駆けながら、二王が声を揃えて叫ぶ。

 

 そこにはもはや、威厳も神性もなかった。

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