75、紅国への旅3〜あなた、偽者ね!

 フィロシュネーは目をキラキラと輝かせた。

 

「第二師団は、国境や都市の防衛、暴動鎮圧、女王陛下の護衛などの役割を担当する師団よね」

 声が弾むのを抑えられない。なにせ、近づいてくる騎士団の先頭に見える黒馬には見覚えがあるのだから。


「ゴールドシッターがいるわ。ほら、先頭の……」

 その声が聞こえたのだろうか。黒馬ゴールドシッターははしゃぐように耳をピンッとさせ、元気いっぱいに土を蹴って加速した。

 土を蹴る馬蹄の音が耳に心地よい。勢いがありすぎて、ちょっと心配になる。

「と、ととと止まれ、ください!?」

 迫る黒馬へと氷雪騎士団から慌てて停止要請の声が飛ぶと、グレートヘルムを被った騎手が応じる。

「よしよし、しめしめ」

 手綱を引く声が懐かしい。馬から降りる背でゆったりと広がるマントが、鮮やかな赤色で目を惹き付ける。グレートヘルムを外して挨拶をする立ち居振る舞いは、洗練された雰囲気を漂っていた。

 

「ノーブルクレスト騎士団第二師団に所属するサイラス・ノイエスタルと申します。ここより、皆様のご護衛につきましてノーブルクレスト騎士団第二師団が担当させていただきます。青国の皆様を心より歓迎申し上げます」

 

 聞き手を魅了する声は、堂々としていて、理知的だ。元々サイラスは彼は傭兵時代から声を荒げたり乱暴な言葉使いをしないタイプではあったが、発音も発語の速度や所作も、以前と違う。どことなく上品な雰囲気が漂っている。


 紅国のの上流階級では、余裕を持って話す傾向がある。これは、経済的・社会的な安定があり、時間的余裕があるため。また、騎士という職業柄、上品かつ冷静であることが求められるため、ゆっくりと落ち着いた口調で話すことが多いのだ。

 そんな紅国で女王の騎士として礼儀作法や教養や寵姫たちの理想のスパダリ教育を日夜叩き込まれたサイラスは、寄せ集めの平民出身者が多い氷雪騎士団の騎士たちと比べると、まるで元々上流階級の生まれであるかのように優雅であった。

 

(あらぁ? な、なんだか別人のよう……偽者だったりして?) 

 フィロシュネーは内心で困惑しつつ、優雅に微笑んだ。

(落ち着いてシュネー。わたくしは、青国の代表者よ。今は私情よりも、王妹おうまいとしての振る舞いを優先するのよ)

 

「フィロシュネー・ニュエ・エリュタニアです。ノーブルクレスト騎士団の皆様、そしてサイラス・ノイエスタル様におかれましては、あたたかに青国の代表団を迎えてくださり、大変光栄に思います。よろしくお願いいたしますね」


 自分に向けられるサイラスの笑顔が眩しい。貴公子然とした気配がある。

 

「おお、私の愛しい姫。このような素晴らしい日に、姫と再会できたことを感謝いたします。姫がますます健やかに成長され、より美しく輝いていることに、心から敬意を表します。愛の女神よ、この日の幸せを感謝します。あなたと過ごす時間が永遠に続きますように。私たちの愛を守り、導いてください」

 

 なんか、愛の女神に祈ってる!

 フィロシュネーは、危うく子ドラゴンを落としそうになった。

 

(あ、あ、あなた、偽者ね! あ、愛の女神がなんですって? さては<輝きのネクロシス>の亜人でしょう。オルーサやダーウッドみたいに、移ろいの術で姿を変えているのね?)

 

 あやしい。とてもあやしい!

 愛の女神に祈るような男じゃないでしょう、あなた。「私」なんて言わなかったでしょう。王様相手でも「俺」と言っていたでしょう!

 

(いえ、台本を暗記したのかも……まだ、わからないわ。ひとまず、余裕よ。取り乱しちゃだめよ。こういう時に威厳を示すのよ、シュネー。今わたくしは、試されているわ……)


(本物だとしても、偽者だとしても、わたくしは負けない!)  

 ただでさえ、子供扱いされているのだ。誕生日もむかえたことだし、以前よりも大人っぽい振る舞いをするべきなのだ。

 自分に言い聞かせるフィロシュネーに、ゴールドシッターがぬっと首を近づけてくる。

   

「ゴールドシッター、あなたも元気そうね」

 自分を覚えていてくれるのだ。

 そう思うと、嬉しい。

「姫は俺よりゴールドシッターですか」

 小声で笑うように言うサイラスは、さっきまでと違って懐かしい気配だ。一人称だって、さっきまでの「私」じゃなくて「俺」と言っている。こちらが素だ。フィロシュネーは「本物っぽい」と安堵した。

 

「ところで、姫。恐れながら、その生き物はミストドラゴンでは?」

 目を細くすがめるような表情が懐かしい。頬が熱くなっているのが自分でもわかる。フィロシュネーはゴールドシッターに視線を移して気持ちを落ち着かせつつ、ドラゴンの存在と密猟者たちのことを説明した。

 

「それは重大な事件ですね、姫。実は最近紅国の周辺に、怒れるミストドラゴンが出没するようになり、我々第二師団は対策に追われておりました。子供を密猟する者がいるなら、それがミストドラゴンが怒っている原因のひとつに違いありません」

 

 ノーブルクレスト騎士団は、密猟者の身柄を引き受けてくれた。


「あっ、この子はわたくしが預かってはいけないかしら。懐いてくれていて、可愛いものだから」 

「魔宝石も、子ドラゴンに気に入られているようですね」

「え、ええ。大切にしているのだけど、事情があって子ドラゴンに触れさせていますの。お気を悪くなさらないでほしいのだけど」

「子ドラゴンが魔宝石に興味を示したのでしたら、姫の安全のためにも魔宝石を差し出すのは仕方ありません」  

 

 周囲には、耳目が多い。

「あなたのプレゼントの魔宝石、ドラゴンなの。紅国で流行している魔宝石、全部ドラゴンなの」とは言いにくいが、伝えた方がよい情報でもある。どうしよう。フィロシュネーはチラチラとサイラスの顔色を窺った。

 

「落ち着いたら、他の方がいない場所で二人でお話したいのです」

 そっと伝えると、サイラスは夏の日差しのように眩しい笑顔を咲かせた。

「私とお話したいと思ってくださるのですね。光栄です。いついかなるときでも、私はあなたを優先いたしますよ」

「ねえ、それ、なんなの……あなたの中に別の人格でも芽生えてしまったの? ぜ、前世を思い出したとか?」

 

 話すときの声のトーンが普段より柔らかで甘い。笑顔が美しい。

 貴公子だ。きらきらした格好よい貴公子がいる――フィロシュネーは怖くなった。すると、サイラスは意外そうに首をかしげる。

 

「なぜ怖がるんです。お気に召しませんでしたか。これ、好評なんですよ」

「誰に……」

 

 言いかけて思い出す。

 浮気だ。自分は浮気を疑っていたのだ。

 

「そう、そういうこと。あなた……女性遊びをしてそうなってしまったのね! 女性にさぞ、もてるのでしょうね? 遊び慣れてしまったのね」

「えっ」

 

 フィロシュネーはうるうると涙ぐんだ。

 

「婚約は、破棄ですっ」

「まだ婚約していません、ではなくて。誤解ですよ姫」

 

 サイラスは思わずといった様子でツッコミしてから、首を横に振って無実をアピールしている。

 

「女王陛下の寵姫たちが……」

「あ、あ、あなた、女王陛下の寵姫たちと関係がありますの?」

「っ? いえ、姫が思っておられるような関係ではなく」


 周囲を固める互いの騎士たちがにやにやしながら見守っている。

 サイラスの弁明の声を背景に、一行は北上するのだった。

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