74、紅国への旅2〜ドラゴンの子供、約束、第二師団

「難しそうですけど、駒がぷかぷかしながら動くのは楽しそうですわね」

 

 オリヴィアが興味津々の表情で魔法チェスを見ている。ハルシオンは魔法チェスをもう1セット取り出した。

 

「んふふ、お嬢様方。よろしければ動かしてみてはいかがです? この玩具はあらかじめ魔力を充填するタイプの仕掛けですから、魔力が吸われて疲れたりすることもありませんよ」

 

 フィロシュネーは安心しつつ、魔法チェスのセットを借りた。

「姫様。わたくしもナイトやクイーンを空中散歩させてみたいのですわ。でも……ま、負けるのは、嫌ですわね」

 オリヴィアが悩ましい顔で答えると、セリーナが勝敗抜きのお散歩ゲームを提案する。

「それなら、どちらも負けないルールで空中浮遊だけ楽しんだらどうでしょうか」

「それはどういうルールなの」

「これから考えるんですっ」

 

 楽しそうに駒を動かすフィロシュネーたちに、ミランダが手にしたジュースを差し出した。

 グラスの底にカットフルーツが沈むオレンジ色のジュースと、青いシロップのセットだ。

「香水を新しくなさったのでしょうか、姫殿下? 素敵です」

 優しい声で微笑むミランダに、フィロシュネーは嬉しくなる。

「ミランダ、ありがとう。この香水は、わたくしの国の預言者がくださったの」

「姫殿下は、預言者様との仲も良好でいらっしゃるのですね。それに比べて、わが国の陛下はどうも情けない、いえ。こほん」

 ミランダの本音が一瞬ポロリ。フィロシュネーは「大変ですわね」と苦笑した。

 

「わが国の残念なお話はともかく、さてさて。こちらのブルーシロップを加えると、あら不思議」 

 ミランダが気を取り直すように言ってセットで差し出されたブルーシロップを垂らすと、ジュースの下側の色がオレンジ色から鮮やかな緑に変わる。そして、沈んでいたカットフルーツがふわりと浮いた。

 

「わぁ……っ」

 見た目を楽しませる演出に誘われて、みんなで一緒に飲んでみると、味わいは甘くて爽やかだった。


 そんな風に皆がジュースや魔法チェスを楽しんでいたところ。

「警戒! 警戒!」

 騎士たちが騒ぎ出して、慌ただしく陣形を取る。

 

 何事かと驚いてみていると、近くの森から小さな生き物がぽてぽてと駆けてくるではないか。


 その生き物は、白くてふわふわしていた。目はくりくりしていて、宝石のよう。

 手足は太くて、爪も立派。うかつに触れると、怪我をしてしまいそう。

 背中には、羽が生えていた。

 

「あれは、ドラゴンです! まだ子供のようですが」

 驚きの声につづくのは、「可愛い」という呟きだった。

 

 ぽてぽてと駆ける子ドラゴンの後ろから、男たちが現れた。荒々しい表情や獰猛な眼差し、手には刃物を持っている。彼らからは、犯罪者のような雰囲気が漂っていた。

 

「子ドラゴンを追いかけている人間たちがいるようです。見るからに悪党といった風体ですね」

 氷雪騎士団の報告に、フィロシュネーは素早く指示を下した。

「助けてあげてくださる?」

 

 騎士団は素早く行動を起こし、得体の知れない人間たちを捕まえ、子ドラゴンを保護した。


「きゅ、きゅう……っ?」

 状況が理解できるのだろうか。子ドラゴンは愛らしい声で鳴いて、ちょっと怯えている。しかし、フィロシュネーの首に輝く『ドラゴンの石』に気付くと、ほてほてと頼りない足取りで近付いてきた。

(この石が仲間だとわかるのかしら)

 フィロシュネーはドキドキした。

「きゅああ」

 鳴き声がどことなく物悲しい。

 

「フィロシュネー殿下、危険です!」

「あんまり危険そうじゃないわ」

 フィロシュネーはネックレスを外して、近づいてくる子ドラゴンの前に置いてみた。


「きゅうん、くるる」

 子ドラゴンは『ドラゴンの石』に頬をこすりつけ、喉を鳴らした。


「か、かわいい~っ!」   

 そんな子ドラゴンを見て、皆が歓声を上げる。


 一方、フィロシュネーは紅国に旅立つ前に預言者ダーウッドと交わした会話を思い出していた。 


『姫殿下、思い出していただきたいのですが、姫殿下は対象に接吻することでうつろいの術を解くことができます』

 ダーウッドは、「うかつに呪いを解くとドラゴンがその場で暴れ出すかもしれないから気を付けるように」と忠告したのだ。

 

(も、元に戻してあげたい。でも、危険なのよね?) 

 子ドラゴンが石に寄り添い、きゅうきゅうと鳴く様子を見て、フィロシュネーは心が痛んだ。

「あのね、その石、あなたにあげるわ」

 言葉が通じるかはわからないが、フィロシュネーは小さな声をかけた。子ドラゴンは、つぶらな瞳でフィロシュネーを見る。言葉を理解している気配だ。

「あなたの仲間を、元に戻してあげます。もっと人がいないところで。できるだけ早く。……約束します」

 しかし、自分は王女という身分なのだ。これから紅国の王都に向かうのだ。到着後は、紅国の迎賓館に宿泊して、歓迎パーティにも招待されていて、音楽祭にも参加して……。

(人がいないところって、どこぉ……? わたくしの旅程にそんなタイミング、あるぅ……?)

「あ、あなたのお仲間って、大きくて狂暴かしらぁ……? 暴れないでくれるなら、元に戻しやすいのですけどぉ」

「きゅ?」

 

 石にされたドラゴンって、どんな気持ちかしら。怒っているかしら。怒るわよねえ。

 フィロシュネーは新たな難問を抱えつつ、子ドラゴンと仲良くなろうとした。 

「この子、何を食べるかしら。ドラゴンってもっと巨大で危険な生き物だと思っていましたわ」

 フィロシュネーは林檎を差し出してみた。


 皆が一挙一動に注目する中、子ドラゴンはきゅうきゅう鳴きながら四つん這いで近づき、ふんふんと鼻を寄せた。


「に、匂いを嗅いでいるぞ」

「しーっ、しずかに」  

 氷雪騎士団の騎士たちがいっしょに固唾を飲んで見守る中、子ドラゴンは思い切った様子であんぐりと口を開けて、ぱくっと林檎に齧りついた。しゃくしゃく音を立てて咀嚼する姿は、可愛い。


「食べたあ!」

「おおっ!」

 

 騎士たちから歓声が上がる。子ドラゴンはそんな騎士たちをみて、威嚇するように「きしゃあ!」と鳴いた。すると、騎士たちは「うおおおお!?」と大興奮。


「俺を見て鳴いた!」

「いや私だ」

「育てたい」

「育てて背中に乗って空を飛ぶんだ……」

 

 騎士たちが夢見る少年みたいになっていく! フィロシュネーは学友たちと視線を交わしてくすくす笑った。子ドラゴンは少しずつ懐いて、触らせてくれるようになっていく。

 

「わたくし、もう抱っこもできますわ」

 子ドラゴンを抱きあげたフィロシュネーがふわふわの温もりに癒されていた時。


「北方から紅国の騎士団が近づいてきます」 

 知らせの声が響いて、氷雪騎士団の騎士たちは夢見る少年の顔から一転して、姫を守る騎士たちの厳めしい表情へと変わった。


 北の方角から紅国の旗を掲げた一団が現れる。先んじて自分たちの所属を示し、挨拶する先遣せんけんの騎士は、友好的だ。近付いてきた騎士団旗の徽章きしょうに、フィロシュネーの胸の鼓動がドキリと高鳴る。

 

 あれは。

 あの騎士団は。

 

「友好国の皆様をお迎えにあがりました。我々は、ノーブルクレスト騎士団の第二師団に属する中隊です」

「第二師団は、サイラスの所属する師団だったわね」

 

 子ドラゴンを抱きあげて、フィロシュネーは声を弾ませた。

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