59、死の商人の娘が王女様の学友になったお話


 私の住む国には、いろいろな噂がある。


 王族はとっても怖くて、気分屋で、神の一族だとか。

 呪われていた大地が解放されたとか。

 隣国との戦争の裏には他国の邪教集団がいたのだとか。

 隣国の王も自国の王も邪神に惑わされていたのだとか。国王陛下は邪神に食べられてしまったのだとか。

 

 日常を過ごしていたらある日、戦争がどこかで始まって。怖いね、大変ね、これからどうなるんだろう、と近くにいる誰かと話している間に戦争が終わったと聞いて。

 世界は、私に関係ないところで動いている。だから私たちは、いつも他人事みたいに世界の出来事を眺めていた。

 

 * * *


 

 十四歳のセリーナ・メリーファクトは、緊張と不安で胸を高鳴らせていた。

 『名前のない王都』の一角にあるアインベルグ侯爵家で開かれるお花見会に招かれたからだ。


 商人だった父は、昨年の突発的な国の戦乱とその後の国の立て直しに乗じて大いに金儲けをして、貴族に準じる地位を確立した。

 そのため、現在の父は『死の商人』とか『成金』とか呼ばれている。

 

「ごらんになって。商人貴族の娘ですわ」

 ひそひそと交わされる声は、最近よく聞く呼び方だ。

「セリーナ様ね。ああいう方のことは、成金令嬢というのですわよ」

 可愛らしいお花のような貴族令嬢たちは、扇で口元を隠して楽しそうにしている。


『セリーナ、上流階級の方々は身分や礼儀には厳しいから、気を付けてね』

 お母様が心配そうにしていたのを思い出す。お父様はお花の髪飾りをセリーナの髪に飾ってくれた。

『セリーナなら大丈夫だ。礼儀作法の先生も褒めてくださったし、ドレス姿もこんなに可愛らしい! どこから見ても上流階級のお姫様だよ! 楽しんでおいで』 

 

 セリーナは礼儀作法の先生から、お花見会での上品な振る舞い方を教えられていた。

 血統こそ平民のもので、そこは誤魔化せないけれど、せめて外見は。立ち居振る舞いは。そう思っていたのだ。

 なのに。


「なぁに、あのドレス。成金アピールして下品ね」

「貴族と同じ格好をしたら、貴族になれると思っているのかしら」

「ねえ、あの髪飾り」

 髪飾りについて言及する声に、セリーナはぎくりとした。

「あの髪飾り、アインベルグ侯爵家のお庭で咲くレルシェのお花をモチーフにした髪飾りですわ」

「お花見する花の偽物を身につけてくるなんて、無粋ね」

「お花を愛でる会なのに、ねえ」


(ええっ? だめなの?)

 令嬢たちの会話によると、どうもセリーナはやらかしてしまったらしい。

(は、外すべき? でも)

 お父様が自分のために買ってくださったのに。可愛いよと言って、上流階級のお姫様っぽくしてくれたのに。

 その髪飾りに対して陰口を言われたのだと知ったら、お父様はどんなに悲しむだろう。

 そう思っただけで、涙が滲んでくる。


「下賤の血はこれだから」

「卑しい生まれの方がここに混ざってるのが、なによりも嫌ですわ」

「興が削がれますよね。せっかくのお花の美しさも台無しです」


 ふわりと甘やかな香りがしたのは、その時だった。

「ええっ、無粋なのぉ?」

 いかにも無垢で純粋、といった声が後ろから響く。


 周囲がギョッとする気配でセリーナの背後を見ている。注目している。釣られて視線を移したセリーナは、息を呑んだ。


 吸い込まれそうな青い瞳。それが、たおやかに首を傾げる所作に合わせて薄い紫に変わる。

 王族の証である、『移り気な空の青チェンジリング・ブルー』だ。


「王女殿下!!」

 生まれながらの高貴なお姫様。

 

 そんな言葉がぴったりの真っ白なお姫様は、アインベルク家の騎士に囲まれ、シューエン公子にエスコートされ、扇をぱらりと優雅にひらいて微笑した。

 

「わたくし、皆さんにレルシェのお花をモチーフにした髪飾りを贈ろうと思っていましたの。お友達とお揃いの髪飾りって、素敵だと思いませんこと?」


 お姫様はそう言って、セリーナの髪飾りに指先を沿わせた。


「メリーファクト準男爵にオーダーして用意させましたのよ。セリーナ様のは、見本なのですわ」


(え、えっ? そうなの? お父様?)

 聞いてない。セリーナは、そんなこと全然聞いてない!


「そ、そうでしたの? まあ~! 素敵ですわね、さすがフィロシュネー殿下!」

「王女殿下とお揃いなんて、光栄ですわ!」

 髪飾りに陰口を叩いていた令嬢たちが慌てふためいて媚を売っている。

 フィロシュネー殿下、と呼ばれたお姫様は、扇を横にしてそんな令嬢たちにニコニコと先端を向けた。


「やだぁ。ウィンタースロット男爵令嬢ったら。あなたは先ほど、無粋って言っていたじゃなぁい」

「ひぅ……っ」


 ウィンタースロット男爵令嬢が、喉から引き攣った音をこぼして血相を変える。


「あなたと、あなた。それにあなたも。わたくしがオーダーした髪飾りをバカにしたわね。許されると思って?」

「申し訳ありません王女殿下!」

「そんなつもりではなかったのです!」


「なにより無粋なのは、わたくしのお友達を出自を理由にいじめたことですわ。やだ、やだ」

「やだやだでございますね! 僕も同感なのでございます」


 エスコート役である可愛いシューエン公子様が隣で同調している。


「お友達に集団で悪口を言う方がここに混ざってるのが、なによりも嫌ですわ。興が削がれます。せっかくのお花の美しさも台無しです」

「僕もそう思うのでございます、フィロシュネー殿下!」


 セリーナがぽかんと見守るうちに、お姫様は罪状を言い放ち、令嬢たちを退場させた。そして、セリーナに「その髪飾り、とっても可愛い!」と微笑んだ。


 お姫様の特別な瞳に自分が映っている。セリーナはそれがすごいことなのだと思って、奇跡に出会ったみたいな気分でドキドキした。




 後日、セリーナは父から喜びの知らせを受けた。


「セリーナのおかげで王女殿下から髪飾りの注文を受けたぞ! セリーナを学友にしたいと仰るのだ。すごい名誉だ! すごいぞセリーナ! さすがパパの娘だ!!」


 お父様はセリーナをぎゅうっと抱きしめて、嬉しくて仕方ない、という想いを全身で伝えてくる。


「セリーナは礼儀作法のお勉強を頑張ったもの。王女殿下のお気に召す振る舞いができるなんて、鼻が高いわ。努力はやっぱり、身を結ぶのね」


 お母様はそう言って目元を拭っている。喜んで泣いている。

 

 フィロシュネー第一王女は、社交の場にあまり顔を出さなかったお姫様だ。

 聖女として大地に加護をもたらし、混乱する民の希望となり、悪い魔法使いの企みを暴いたという噂がある。

 要するに、とてもすごい。


「他国への婚約の話がいくつもある方だ。そうだ、セリーナにも婚約の話が……」


 こうしてセリーナは、お姫様の学友団の一員となったのだった。

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