58、お姫様にふさわしいのは(1章エンディング)

 お姫様を迎える家を用意するなら、立地は景観の美しい場所がいい。


 美しく豪華で、風格があり伝統的で。歴史的価値を感じさせる由緒正しい屋敷で。

 いや、新しい屋敷もいいかもしれない。姫は若いのだし。新生活を送るのだし。古いより新しいほうがいいのか。


 内装は高級で贅沢に。快適で安全に。青国にはない魔法技術もみせてみたい。

 紅国は良いところでしょう、と言ってやるのだ。居心地がよく、高貴なあなたにも相応しい場所なのだと。国元を離れて不安でしょうが、すぐに慣れますよ、と言ってやるのだ。


 庭は、季節ごとに変化する草花や木々、美しい池や噴水、散策するための小道があるといい。

 部屋は青国にいた時より立派で広くて、優雅で美しいインテリアが施されている部屋を。慣れるまでは青国風の雰囲気を基調として、頃合いを見て少しずつ紅国風に変化させていくのはどうだろう。

 

 侍女は素直で従順な気性で、王族の世話をするのに適した上流の家柄の者がいいのだろうか。あのミランダのように年上で優しく、護衛も務まる女性がいい。そんな人材いるのだろうか。ローズ陛下にねだれば探してくれそうではある。年齢が近くて、親しく打ち解けられるものがいてもいいかもしれない。

 もちろん、家令も下流出身の主人をサポートできる優秀な人材で……優秀な人材はやはり良い家柄出身が多いのだろうか。そうなると俺の家は、使用人が俺より血統のよい人間ばかりになる可能性もあるのだろうか。恐ろしい。


 ああ、そうそう……書庫も充実させるのだ。

 恋愛物語をありったけ集めて棚に並べて、読むための長椅子にはふわふわのクッションと大きなぬいぐるみを置いて……。



 青国から届いた手紙をひらけば、あの姫君の香りがする。

 春を想起させる初々しい花の香りだ。


 つづられた文字は、小さめだ。

 筆圧は弱く、流れるような筆致。



『わたくしの婚約者候補であるノイエスタル様へ


 ご多忙の中、わたくしからの手紙をお読みいただきありがとうございます。お手紙を書くのは初めてで、緊張しています。


 この手紙を書くのに至ったのは、あなたとの出会いがわたくしにとって大切な思い出となり、今でも忘れられずにいるからです。あなたとお話しした時のこと、あなたの気高さや優しさ、あなたが持つ熱い情熱、すべてが私を魅了しました。


 わたくしたちは遠く離れた場所に住んでいるため、お会いすることも難しいかもしれません。わたくしはあなたを想って、手紙を書くことにしました』


 この手紙は本当にあの姫が書いたのだろうか。別の姫ではないだろうか。あの姫が書いたにしても、ノイエスタル様というのは果たして俺のことだろうか。別のノイエスタル様がいたりするのではないだろうか。

 しかし、続く文言を見るに、本人らしい。そして、間違いなく手紙は俺宛てらしい。


『身分が上のわたくしからわざわざ文通を始めて差し上げるのですから、ノイエスタル様はお返事を書いてくださいね。わたくしが貸した本は読んでいますか』


 本は58ページ読みました。

 心の中で返事をしつつ、先を読む。


『アーサーお兄様と、とあるお方がわたくしにもう少しお嫁にいかないでほしいと仰るの。ノイエスタル様はどう思われまして? 模範解答を期待しています』


 模範解答ってなんですか、姫。

 俺に姫の脳内当てクイズを仕掛けないでくださいますか、姫。

 

『お兄様は、黒旗派の一部をシューエンにまとめさせて氷雪騎士団という騎士団をつくりました。わたくしの騎士団です。紅国に行くときには、ついてくるの』


 変な組織がついてくるらしい。身の安全と尊厳を保つためを考えれば、良いことだろう。

 

『空国のアルブレヒト陛下が予言者ネネイに逃げられた、という噂は紅国に伝わっていますか? わたくし、アルブレヒト陛下がネネイに怒鳴りつけていたのを知っていて、それが原因かしらって思うの。やっぱり、感情的になって怒鳴ったりするのはよくないですわね。ノイエスタル様も、お気をつけて』


 何を? 何を気を付けるんですか、姫?

 カッとなって女性に怒鳴ったりしようにという意味ですか? 俺はそんな男だと思われているのですか、姫?


『わたくし、ミランダとも文通をしているの。あなたとミランダに同時にお手紙を出したら、どちらからのお返事が先に届くでしょうか? わたくしが最近お話する婚約者持ちのご令嬢は、お返事の早さで相手の愛が測れると教えてくれたのですが』


 上流階級の姫君と文通することに不慣れな俺に速度を期待されても、無理ではないでしょうか、姫?

 ……先にミランダに「俺より遅く返事してくれ」と頼んだほうがいいかもしれない。


『ご令嬢は、セリーナといいます。セリーナは紅国の貴族令息と婚約をしたのです。セリーナが婚約者の自慢をするので、わたくしは自慢し返してあげたのですわ』 

 

 口元が思わず緩みそうになる。

「俺は、お友達に自慢できる婚約者候補ですか」


 さて、お返事はどう書けばいいのだろうか。

 いっそ、手紙より先に愛馬にまたがり、国境を越えて会いに行くのはどうだろう――外交問題になるか。


 至高の姫君に相応しい男は、現在の自分より、もっと上等でなくてはならない。

 見劣りせず、隣にいて誇らしいと思ってもらえなければならない。


 ただの男では寄り添う資格がない。

 あのお姫様にふさわしいのは、比類するものがないほど能力が高く、身分階級も可能な限り高位で、とびきり特別な――、


『大好きなカントループ』


『シュネーをたすけて』


 ……あの空国の王兄ハルシオンのように、唯一絶対の神のように頼りにされる存在でなければならないのだ。



『尊きお姫様へ』


 お返事としてつづる文字は、達筆とはいかないが、丁寧さが伝わるように。


『お手紙を受け取り、大変うれしく存じます。また、姫がお元気であるご様子に、ほっと胸を撫で下ろしております』


 この後は何を書けばいいのか。

 はて。甘い言葉をつづれと言われても困るが。

 

『姫と共に歩む未来を夢見ながら、日々精進しております……』


 やはり、先にミランダに手紙を書こうか。

 そのほうがいい気がする――、


『いつかあなたが、大好きなカントループではなく俺に「たすけて」と仰るようになればいいと思っています』


 一度書いてから、くしゃりと紙を丸めて捨てる。


 たすけて、と仰るような事態にそもそも陥らせてはいけないのだ。しかも、これでは嫉妬しているようではないか。

 いい大人がみっともない……。

 

 


 * * *

 


 後日、手紙を受け取ったフィロシュネーは「なんだか事務的」と言いながらも香りを楽しんだ。

 そしてお友達令嬢に「特別に見せてあげます、ごらんになって。すごく丁寧に書いてくださったのよ」と手紙を自慢したのだった。



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