嘘をついた日

レヴリー

毒吐き

 光の差す窓辺に佇んで、並々と注がれた水を惜しげもなく吸える私は、

いかに優雅な生活を送っていることか。

 この窓に映る景色の中の有象無象に紛れることしかできない花の醜さよ。

 私は凛と背筋を伸ばし、己が咲かす花にただただ集中すれば良いのだ。

 あんな愚かな場所よりも、環境が整っている私が何よりも美しい花を咲かせる

ことなど造作もないことなのだ。




 ふと足音が聞こえ、ぬっと影が動いた。

 そこから生み出される風は黒色をはらんで私の葉を揺らす。

 ひとつだけの芯でその風に耐えていると、窓に映る有象無象の彩があざ笑う様に

揺れた。

 私の姿のどこが面白いのか。

 私は身なりを正して風に正面を向ける。

 お構いなしに影はどす黒い空気で私を揺らし続けている。

 私はその風に身を委ねる。

 そうすればこの優雅な生活は保たれるのだ。






 窓から見える景色に青さなんて感じない。

 だってこの場所の何が悪いのだろうか。

 私に必要なものがすべて整っているのだ。

 明るく、遮る物無く光を浴びることができ、この黒が滲んだ水をいくらでも

飲みこむことができるのだ。

 どこに不満があるのだろうか。

 私は背を伸ばしてこの花を開く日をただ心待ちにすれば良いのだ。

 



 今日は物と物がぶつかる音が聞こえる。

 その音の黒い波紋が私の元へ届く。

 自分が今いる場所さえも揺らがす振動にだって耐えられる。

 だって私はここを彩る素敵な花になるのだから。

 今日だってほら。影が揺らいで私に近づいてくる。

 この風に吹かれるのがなんだというのだ。

 また少し黒くなった水をごくりと飲み込み、1つだけ私を支える芯で風に

耐えるのです。

 

 ふと窓に映る景色を見るとそこも真っ暗になっていた。

 ほら。どこにいたって真っ黒になるのだ。

 私だけではないのだ。だから私は大丈夫なのだ。

 この芯で耐えれる程の風なんて、なんてことないのです。






 もうすぐで、もうすぐで私の花が開くときが来る。

 窓に映る景色はその青さよりもカラフルな色合いが目に飛び込むように

なっていた。

 その光景に、私にはまだ色を認識することが出来るのだと安心する。

 きっと花が開けば世界は変わるのです。

 私にも綺麗な色を向けてもらえる時が来るのです。

 それがやっともうすぐやってくる。

 この場所にやって来た日以来の胸のときめきを感じる。

 久々に、本当に久々に水が自分の中を駆け巡るのを感じる。

 自分の力で初めて葉を揺らした。




 今日も遠くで何かの音がする。

 きっと今日もこちら側は暗く、黒いのです。

 それにしても今日はいつにも増して騒がしい。

 私のところに影が2つ揺らぐ。

 今日は普段よりも風が強かった。

 濁った水をなんとか飲み込んでこみ上げてきたものを押さえつける。

 もうすぐで私の花が開くのです。

 きっと綺麗な素敵な色の花が咲くのです。

 それを見ればこの場所も華やいで風も収まることでしょう。

 もうすぐなのです。

 今はまだ芯を支えに風に耐えるのです。

 だって影たちだって私が咲くのを楽しみにここに飾っているのでしょう……?






 今日はなんておめでたい日なのでしょう。

 窓から差す光だって、ほこりまでも輝かしく照らしているのです。

 お水はもう真っ黒になっているけど、私の開いた花の養分になってくれる

でしょう。

 あぁ早く。少なくなった水を飲みほして、あと一歩。最後の力に変える。

 開く瞬間を心待ちにしてくれていたのか、影たちも私の近くでうごめいている。

 風は変わらず私を揺らすけど、物がぶつかる音も直ぐ近くで聞こえるけど。

 そこで私の身体が傾いた。

 今まで強風にだって耐えていたのに。

 今までにない衝撃の後、私を支えていた縁が粉々に足もとに散らばっていた。

 幸いなことに既に水は飲み干していてこぼれることは無かった。

 私の、私の花の色はどんな色になったのでしょう。

 きっと、きっと、あの窓に映った景色のような綺麗な色をしているでしょう……?

 私がこの場所で花咲かすことが出来たのなら、この場所を華やかな場所にする

ことが出来るのでしょう?

 早く私の事を見てくださいな。

 きっとそんな風を、振動を、黒色を、生んでられない程、息をのむほどの素敵な

お花なのです。

 



 だから、大丈夫。大丈夫なのです。

 自分の身体に耐え切れないほどの黒色がのしかかって――








 

 

 私は、そっとそっと息をのみ込みました。

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嘘をついた日 レヴリー @reverie_0874

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