第2話 ブッコローのお店
暇である。
自宅兼店舗がある森に戻り、先日のボーペン絡みのドタバタを思い返しながら店番中のブッコローは思った。
陽の光がかすかに差し込む室内は薄暗く、店が鬱蒼とした森の中にあるせいで日中でもこの暗さであるが、ミミズク的には丁度いい。
ブッコローがいるこの部屋は、外から見ると巨大な長方形の岩をくり抜いて作ったように見え、目を移せばそんな部屋がいくつも規則的に並んでいる。だが窓や扉がある部屋は地上部分の2部屋のみで、その他は植物の侵入を許してしまっている。岩全体を見ても伝うように木々が生い茂り、より一層光が届きにくくなっている印象を与えていた。
その内の一部屋であるこの店は、店内も凹凸のない平らな石で出来ている。
床の上には統一感のない木製の台がいくつか並び、台上には雑多で無機質な物体と、古びた本が積まれており、この本の一冊を読める者がいれば、巨大な岩は『ビル』と呼ばれ、石の名前が『コンクリート』であると理解できただろう。
「あんときザキさんの一言が無ければなー。完売だったのになー。」
ため息交じりにつぶやく視線の先には、商品棚、というには簡素ではあるが一番状態のいい木製の台があり、売れ残ったボーペンが5本鎮座していた。
ブッコローが店番をしているここは、何に使うか分からない古代の遺物ばかりを扱う商店であるが、一部の古代文明マニアの間では割と知られている。そしてそのマニアたちは、商品の使い道についてあれこれ思案、あるいはいじくりまわすのが楽しいようで、使い方が分かれば喜んで購入し、分からなくてもその質感や造形に惚れて購入する。ボーペンの使い方を発見したのも、常連のマニアであるザキさんであり、それを市場で売ろうと勧めてきたのもザキさんである。
「売れる寸前で余計な事言ってくれたのもだけどな。」
結局売れなかったのだから、利益はない。とはいえ、熱心な常連のおかげで最低限の生活はできており、仕入れについても拾ってきているようなものだから原価はゼロである。とはいえ良い暮らしはしたい。それに人間の食べ物は旨いが、買うのにお金が必要だ。もう野生には戻れない。
ちなみに、たまに訪れる客の要望に応えるため簡単ではあるが宿も提供している。マニアからしたら夢のような店であるが、一般人からしたら『わざわざ行くには遠い、変なものを売ってる商店兼宿屋』程度の認識を持たれているらしい。
それゆえ客足はまばらで来客数0の日も珍しくないが、今日は来客があるようだ。ブッコローは気配を感じ取ると、どんな人物であるのかを探る。
(・・・一人、武器類は持ってなさそうだな。聞いたことない足音だし、大分疲れてそうな歩き方だから宿屋目当てか?)
ひとまず敵意はなさそうなので安心である。もっとも、この森には頼りになる用心棒がいるので、多少のチンピラであれば撃退できるだろう。
そんなことを考えながら客の到着をしばし待つ。
数分後、ようやく客が店の前に着いたようだ。ゆっくりと木の扉を開けながら、恐る恐る客が入ってくる。
「変なモノ売ってる宿屋ってここかい?ちょっと泊めてほしいんだが・・・」
そう言って入ってきたのは一人の男。歳は30代後半だろうか?服装は町で見かける一般的なモノではあるが、足元を見ると大分傷んでいるのが分かる。
(やっぱ宿目当てかな。商品目当てで来るなら準備を整えてるだろうし・・・。)
となると道中でトラブルに巻き込まれた系だろうが、余計な詮索はしない。宿代がもらえればそれで十分だからだ。
(しかしいきなり失礼な客だな。よく分からない物を売ってる自覚はあるが、知らないヤツからいきなり言われる筋合いはないぞ。)
「お客さん、ウチは宿屋もやってるけど、本業は古代文明商店なんでね。変なモノとか言わないでもらえます?あ、宿なら一晩銅貨5枚ね。」
そう言ってさっさと代金をいただこうとするが、男はしゃべるミミズクを見て一瞬驚きの表情を見せる。
「ああ、フクロウがやってる店があるって噂には聞いてたけど、ホントにあったんだな。」
「お客さん、僕ミミズク。ね?」
そんなやり取りをしながら、男は物珍しそうに店内を見回し、手近な商品をつかんでまじまじと見る。男が眺めるそれは手のひらサイズの薄い板で、ツルツルとしていて光を反射している。裏側も光を反射するほどではないが同様に平面であり、かじられたリンゴのような絵が描いてあった。だがただそれだけの板で、叩いたり振ったりしても何も起きず、ツルツルの面に映った男の顔には「なんだこれ?」と書かれているようだ。
「なあ、これ何に使うんだ?」顔に書かれた言葉がそのまま口から出る。
「使い方を見つけるのも楽しみの一つですよ」と、常連がよく言っていたセリフで返す。返すのだが、結局のところブッコローにもさっぱりである。大体店内の商品で使い方が分かっているものの方が少ない。そしてそれすら本来の用途、古代の人々と同じであるかは解明されていない。
「やっぱ変な店だな」
そういいながら持っていた板を台に戻し、男はブッコローのもとへ向かう。
結局それが何かは分からなかったが、顔が映っていたし鏡の一種なのだろう。そして見たことのない店と商品に気を取られていたが、さっさとベッドに飛び込みたい欲求を思い出し、ポケットのコインを鷲掴みにしてからブッコローの前、カウンターに並べる。銅貨に交じって金貨・銀貨も何枚か見えるが、
「銅貨5枚だったな」
そう言うと男は銅貨5枚を相手側へ押し出し、残りを回収しようとする。
「お客さん、知らないのかもしれませんけど、このお金も遺物だって知ってました?」
この話も常連の受け売りだが、どうやらそうらしい。そして、古代文明もこのコインをお金として使っていたようで、それが現代にも受け継がれて流通しているのだそうだ。確かに現在の技術ではここまで精巧なコインは作れまい。種類ごとに形・大きさ重さ等が均一に作られている点はもちろんのこと、刻印も実に見事で、銅貨であれば「10」という数字と裏に何かの建物。銀貨であれば「100」という数字と裏に何かの花。金貨に数字は書かれていないが、中央に穴が開いており、その周りに稲が描かれているなど、よくここまで細かい細工ができたものだと感動するレベルである。
「言われてみれば、今これを作れる技術は誰も持ってないだろうな」
男は少し関心した様子でつぶやく。
「でしょー?みんな遺物のお世話になってるんだから、もっと見直してくれてもいいと思うんですよね。」
「でもお金はともかく、ここにある物は何の役に立つんだい?珍しさと、ある種の美しさ以外価値があるとは思えないが・・・」
全くもって男の言うことは正論である。遺物については、ごく少数の便利な物以外は観賞用としての価値しかない。その価値を感じるのもまたごく少数のマニアだけなのだが。
それならと、ブッコローは壁の額に入った小さな絵を男に勧める。
「あれなんかお勧めですよ。かつてはお金として使われていたらしい長方形の絵です。近くで見ると、金銀銅貨なんて比較にならない精度の絵が描かれてますよ。ちなみに裏までびっしりです。美術的価値も高いので、うちに来るお客さんは大体買われますね。」
確かに精巧な絵であるが、結局のところそれ以上でも以下でもない。『かつては』お金として流通していたのかもしれないが、今ではただのコレクターズアイテムだ。
使えるとしたら、マニア同士での物々交換の時くらいだろう。
「絵をお金として使ってたって言うけど紙だろう?ボロボロになって使い物にならないじゃないか。それに今ではただの『精巧な絵』だよ。物好きしか買わないだろうさ」
いいからさっさと部屋の鍵をくれと男が催促するので、ブッコローは引き出しから鍵を取り出す。
「はいはいこれ鍵ね。部屋はここ出て右の扉のとこですよ。鍵かかってるんでそれで開けて入ってね。帰りは鍵おいて出てって大丈夫ですけど、太陽が真上に来る前には出てってね。」
と言ってぶっきらぼうに鍵を渡す。お金は持っていたから商品を勧めてみたが、その魅力は伝わらなかったようだ。やはり常連客の感性は一般人とはかけ離れているのだろう。かく言うブッコローの感性も一般人寄りではあるが。
「商品のことはともかく、宿があって助かったことは事実だから感謝しとくよ。」
そう言い残して男は店を出ていった。
「今日の売り上げは銅貨5枚かぁ・・・」
人気の無くなった店内につぶやきが漏れる。ここでの商売は、たまに来る宿泊客かあるいは常連のマニアしか相手がいない。それに常連のマニアといえど、同じ商品を2つも3つも買うことは当然ないわけで、売り上げを増やすには顧客の新規開拓か新商品の(文字通り)発掘、あるいは用途の解明が必要となる。そんな中、満を持してボーペンの売り込みに市場へ出向いた訳だが結果は惨敗。これをきっかけにボーペン需要を掘り起こそうとしたのだが、そう甘くはなかった。
「しっかし他に売れそうな物は・・・」
店内を見渡す。自分で言うのもなんだが、ガラクタばかりで売れる気がしない。
(なんでザキさんはこんなもの買っていくんだろうか?そういえば面倒くさくて聞き流してたけど、『家でこんな風に使ってます』的なことを言ってたような・・・)
「それだ!」
ブッコローはひらめいた。分からないのなら、分かる人に聞けばいいだけだ。独特な感性の持ち主だとしても、一般人に通ずるところはあるかもしれない。なんなら一緒に使い道も探ってみよう。きっとその辺のノウハウは誰にも負けないだろうから。
そうと決まれば新商品の発掘にでも行くとしよう。今日はもう客は来ないだろうし、ザキさんが来た時に見てもらう商品は多いほうがいい。
思い立ったブッコローは入口に向かい、扉に鍵をかけてからカウンターに戻る。カウンターの裏の壁には、2階の自宅に通じる扉のほかにもう一つ扉がある。ブッコローがそこを開けるが、そこには壁しかない。ように見えるのだが、下の方にミミズク1羽がやっと通れる穴がある。人間がこれを見つけたとしても、中に入ることは不可能だろう。
そんな穴の先に商品の発掘ポイントがあるのだが、ブッコローは先代から、入口に近いポイントしか教わっておらず、そこにある物は大体が店内に陳列されているため新規開拓が必要だった。これまでは面倒くさがって奥へ行くことはしなかったが、お金の匂いがブッコローを動かした。
「なんかこう、綺麗で便利で小さいものがあればいいなー」
穴の中をブッコローが進む。期待に胸を膨らませながら。
果たしてその先に待つのはどんな遺物なのか・・・
それが何なのか、どう使うのか、まだ誰も知らない。
きっとこれらは文房具 @sagi_usagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。きっとこれらは文房具の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます