きっとこれらは文房具

@sagi_usagi

第1話 ブッコローとボーペン

 掘っ立て小屋が並ぶ町の市場の一角に、しゃべるミミズクの威勢のいい声が響く。

「世にも不思議なこの物体、名付けてボー(棒)ペン、1本銀貨1枚だよー」

 その声に合わせているのかいないのか、そばに立つ女性が独り言にしては大きな声で「ブッコローさん、羽ペンなんかよりずっと凄いです。インクに浸さなくてもずっと書き続けられるんですから!」と、ミミズクに向かって興奮気味に話しかけている。

 ブッコローと呼ばれたそのミミズクは、その会話を続けるように「そう!羽ではなく棒のようなペン。略してボーペン。凄いのはそのインクの持ちなんです!」と、店の前を通りかかる客たちに熱く語りかける。 

 この街には珍しいしゃべるミミズクと、そんなミミズクとピントのずれた会話を繰り広げる常連客であろう女性が織りなす不思議な世界観からか、店の周りには徐々に人が集まり始めている。

 そんな様子を見ながらブッコローは、

(そろそろ実演して見せる頃合いかな。まあしゃべるミミズクが珍しいのは知ってたから客寄せはこなせると思ってたけど、意外と人が集まってきたな。)

と予想外の反応に驚きつつ、この商売に手ごたえを感じ始める。

 周りの客たちの反応も上々で、ここでこのペンの凄さを目にすれば、持ってきた5本のボーペン完売も十分あり得るだろう。そしたら銀貨5枚、町で一杯ひっかけてから帰っても、妻からは感謝されこそすれ怒られることはないだろう。などと皮算用しつつ、実演に移る。

 まずはボーペンの尻付近にある突起を下にスライドさせる。すると、ペンの先から尖った部分が顔を出すのだ。

 「ほぉ・・・」と客たちの目が変わる。

 「このギミックかっこいいですよね~。あ、これ発見したの私なんですよ!」と、常連の女性が嬉々として周りの客にアピールしている。

 次に、この尖った部分をインク瓶の中の液に浸す。

 (羽ならともかく、ありゃ金属じゃねぇか?それじゃあインクも付かず、字なんか書けねえと思うがな)と、客がざわつきだす。

 「そんなことないです!不思議なことにちゃんと書けるんですよ~。しかも羽ペンと違ってまたインクに浸さなくてもずっと字を・・・」

 「ザキさん黙ってて!」

 ブッコローが慌ててザキと呼ばれる女性の言葉を遮る。

(せっかくの実演のネタばらしをされちゃあ、インパクト半減しちゃうよ・・・)

 「ザキさん、ネタバレ禁止」

 そう言って釘を刺しておく。

 仕切り直して、いよいよ真っ白な紙にペン先を近づけ、接触させる。

 ペン先が触れた紙には微量のインクが付着するが、到底字を書けるようには見えない。周りの客たちもそう思っているようで、半信半疑の目で成り行きを見守る。

 (だよなぁ。俺も最初あり得ないと思ってたもん。あ、ザキさんがめっちゃしゃべりたそうにこちらを見ている)

 そんなザキさんに「ダメです」とアイコンタクトを送りつつ、いよいよペン先を動かしていく。

 すると1文字・2文字・3文字と、まっさらな紙に次々と字が書かれていくばかりか、インクの濃さも全然変わらない。

 「おお~!」と見ていた客たちはみな感嘆の声を上げていた。その中にザキさんも含まれているようだが。

 (なんであらかじめ知ってるのに同じ反応してるんだ)

 と内心呆れつつ、さらに畳みかける。

 「みなさん、このペンじゃなくてインクがすごいんじゃないか?と思ってたりしません?あるいはイカサマとか?」

 と問いかけると、皆一様にうなずく。

 「ですよねぇ。なので皆さんにも実際に書いてもらいます。やりたい人~」

 「「はい!」」と、これまた皆一斉に手を挙げる。もちろんザキさんも。

 「ザキさんはダメ。仕込みだと思われるでしょうが!。・・・じゃあそこのお姉さん書いてみる?」

 そう言って自分好みの若くて可愛い子を指名する。

 (せっかくだし、イカツイ男よりかわいい子の方がいいもんね。役得ってやつ?)

 などと考えつつ、まずは羽ペンを女の子に渡す。

 女の子は羽ペンをインクに浸し、紙に字を書いていくがいくつも書かないうちに掠れてしまい、すぐに書けなくなってしまう。

 すかさずボーペンを渡し、紙に字を書いていってもらう。

 「せっかくなんで、『ブッコローさんへ』って書いてもらっていいすか?」

 と役得っぷりを発揮しつつ手元を見てみると、当然すらすらと字が書かれていく。

 「さあこれでお判りでしょう。このボーペンは無限に字を書けるのです。羽ペンなんか使えたもんじゃないですよ~。1本銀貨1枚、早いもん勝ちだよ~」

 と必殺のセールストークを放つ。これで完売間違いなしだろう。

 「無限にはかけないですよ?私試したから分かります。大体5000m、10万文字くらいが限界です。」と、ザキが言い放った!

 (え、無限じゃないの?)

 (なくなったらまた銀貨1枚出して買わないといけないのか?)ザワザワ・・・

 買い一色だった場の雰囲気が変わる。

 (やばい。変な汗出てきた。しかしザキめ、余計なことを・・・ここは何とか挽回しないと。)

 「ザキさ~ん、本当に計ったんですかぁ?というか使ってるうちに壊しちゃったんじゃないの~?」

 と、とりあえず踏みとどまってみる。

 「ブッコローさんこそ嘘言っちゃだめですよ。私、ちゃんと5000m歩いて書いたんですから。紙を敷いて、しゃがんで書いていくの大変だったんですよ?」

 (ダメだ・・・挽回できない。ザキさんの変態的なその行動力にしてやられるとは・・・って、ん?)

 「ザキさん、5000m分紙を敷いて、5000m歩いて線を書いていったんですか?」

 本当にそうであれば恐ろしく非効率的だ。

 「そうですけどなにか?」

 まるで当然と言わんばかりの返しだが、おそらくブッコローの常識の方が正しい。

 周りの客たちも呆気に取られている。

「ザキさん、言いにくいんですけど、幅25cmの紙があったとしますよね?そこを左右に1往復で50cm、10往復で500cmってやっていけば、歩く必要も大量の紙も要らなかったんじゃ・・・」

「・・・あ」

一瞬何を言ってるか分からないという顔をしていたザキさんだったが、ようやく自分の過ちに気づいたらしい。

「そう・・・ですね。」

なんというか、行動力は変態的だが、深く考えて行動しているわけではないようだ。


そんなやり取りもあってか、ブッコローも客たちも、ボーペンのこととか銀貨1枚とか、無限に書けるとか書けないとかの話はすっかり頭から抜けてしまったようで、ザキさんの天然っぷりに苦笑したり、中には腹を抱えて笑う人もいたりと、幸か不幸か有耶無耶になってしまったようだ。

もちろん商売どころではない。

ただ、インチキ商人の汚名だけは避けられたようで、ひとまずほっとする。

(次は何を売るかなぁ。)

そんなことを考えながら在庫となってしまったボーペン5本を仕舞い、ブッコローは家路につくのであった。

 

 


 


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