第8話

 25歳を過ぎてから、両親から結婚はまだかとせかされるようになった。東京に来てから、毎年お盆と年末年始に実家に帰るようにしているのだが、年々そこに足を運ぶのが億劫になっている。

 姉の渚は「あんたのことが心配なのよ」と言っているが、わたしからすれば余計なお世話だ。



 今年の八月、こんなことがあった。

 妹のいつきが結婚した。高校からの同級生とだ。結婚式を誕生月である八月に行うということで、前倒しで実家に帰ってきたのだった。

 式には両親とその兄弟家族、姉のなぎさとその家族も出席していた。久々に会う顔もいたので、式の前に挨拶に回った。

 だが彼らは決まってわたしにこんなことを言った。


「まさか樹ちゃんに先を越されるとはねえ。灯ちゃんはまだお相手はいないの?」


 ええまだ、くらいの軽い返事で済ませてはいたが、内心はぴきぴきと張りつめていた。「先を越される」とは? どういう意味ですか? 結婚しないことであなた達に迷惑をかけてるんですか?

 そんなもやもやを残して結婚式は始まった。

 だが、いざ始まるともやもやは一気に晴れた。それだけ樹の晴れ姿が美しかったのだ。バージンロードを父と腕を組んで歩く妹の姿は、わたしから涙を流させるのに充分だった。

 来て良かったな、そう思いながらふと横にいる母を見た。母も泣いていたのだが、それだけならまだしも、鼻からも口からも、穴という穴から出せる体液を出しているのではないかと言いたくなるほど涙で濡れていた。

 急にわたしの涙は引っ込んだ。


 姉もその様子を後ろから見ていたようだ。


「お母さん泣き過ぎ。笑いそうやったわ」


 式後、わたしは両親と姉一家と一緒に実家に帰っていた。帰宅してリビングに入って早々、姉がこの話を始めた。


「そんなん言われてもなあ、我慢できひんかって」


「渚ん時は俺の方が泣いたからな。おあいこや」


 父は礼服を脱ぎながら会話に入ってきた。


「これで後は……」


 母のこの言葉でわたしは大体察した。そしてその推察通りの台詞が飛んできた。


「灯だけやね。あんた、職場とかにええ人いいひんのかいな」


「前からうてるけど、わたしは何も考えてへんよ。仕事が楽しいから」


「そんなん言わんと、今日みんなから言われてたやろ? 結婚はまだかって。樹の方が先に結婚したから、みんな心配してるんよ」


 これを引き継ぐように父も言った。


「灯、お前が言うみたいに今はそれでええか知らんけど、行き遅れたらどうするんや」


「行き遅れって、その考えが古いわ。それに、お姉ちゃんにはもう二人も子供いるし、樹も多分、本人が望むんやったらそのうちできるやろ。これで孫にも困らへんやん」


「そういう問題やなくてやな……」


 わたしと両親の話に気まずくなったのか、姉の夫が二人の子供を連れてリビングを出た。それを見て姉が間に入った。


「まあまあ、今日は疲れたやろし、ゆっくり休みましょ。せっかくの樹の結婚式やったんやから」


 そこから話題は樹の結婚式のことに移ったが、あの時のもやもやが、またわたしの心の中を巡りだした。

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