第2話

 早いもので十月も終わろうとしていた。この時期になると、和泉いずみ部長はいつもそわそわとし始める。


 彼は分かりやすく旧世代の社員だ。女子社員に対して「彼氏できた?」と平気で訊いてくるような人間である。飲みニケーションとかいうのが当たり前で、バブル期の頃はほぼ毎日のように飲み歩いていたらしく、比較的落ち着いてからも、週一ペースで部下と飲みに行っていたという。


 ところが部長に逆風が吹き始めた。働き方改革の波が向かってきていたのだ。

 以前から職場の労働環境に不満を持っていた層はいたのだが、和泉部長を始めとした旧世代組の顔が大きかったために声を出せなかったという。しかし働き方改革が本格的に顔をのぞかせるようになると、待ってましたとばかりに人事部や総務部が動き始めたのだった。

 ハラスメントに関する対策室を新しく作り、労働法規に則って社則を徹底的に洗い出した。これにより、会社の環境は大きく改善されたのだった。

 これに反抗したのが、旧世代の中でも特に過去の栄光にすがっていた者たちだ。和泉部長もその一人。彼らはこれまで社内でやって来たことを否定されるのを恐れたのだ。

 和泉部長は中でも飲み会を減らされることを嫌がったようだ。社内の働き方改革の一環として、飲み会にルールが敷かれ、就業後の飲み会を禁止しようとなったのだ。これに和泉部長は異議を唱えたのだった。彼にとって飲みニケーションは生き甲斐も同然だ。それを禁止されるようなものだから、慌てるのも無理はない。

 結果、飲み会の禁止は撤廃されたものの、参加の強制はしないようにという程度でとどまった。

 飲み会はわたしも好きではない。そんなに親しくもない会社の人間とどうして酒を飲まないといけないのか。そう思ってはいるが、それでも禁止はやりすぎかなと思う。だがそこに異議を唱えたのが、飲み会大好きのうちの部長というのが何とも恥ずかしい。さすがにやりすぎだとかいうもっともらしいことを言っていたそうだが、本心は飲み会を消されるのを嫌がっただけなのは想像に容易たやすい。


 和泉部長が経理部に配属されたのは、実は二年程前のことだった。元はうちの会社でもかなり花形の部署にいたそうだが、いつしか地味な経理にまで回ってきたのである。こちらも理由は明らかだった。働き方改革の流れについてこれていない人間は、それとなく社内でも端にいるような部署に流れている、と言われている。それもそれでどうかとは思うが、日頃の彼の言動を見ていれば、致し方なしとも思うのだった。


「鈴木さん、ちょっと訊きたいんだけど」


 和泉部長がこちらに来た。この時期の彼のそわそわは、忘年会と新年会のことだと想像がついた。だがここは気づいていないふりをしよう。


「何でしょう?」


「他の人にも訊いて回ってるんだけど、忘年会と新年会、来れる?」


 本当にここまで予想通りだと、嬉しくも何ともない。


「すみません、年末は実家に帰らないといけないので……新年会は出れますから」


 もっともらしい理由をつけて断った。


「そうか、ずらせないもんね?」


 こいつは働き方改革で何を言われているのか忘れたのか? これも参加の強要みたいなものだと考えないのか?


「さすがに、ちょっと」


「仕方ないね、分かった」


 そのまま部長は別の社員に声をかけに言った。彼は何のためにこの会社にいるのだろう。

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