3、マウンテンバイクを恨む
白い蛾を見つけて一週間以上経過した。
12月のはじめに、初雪が降った。
気がつけば、蛾はどこにもいなかった。
死体すら見かけなかった。
木枯らしに吹かれて、どこかに飛ばされてしまったのかもしれない。
けれど、白い大きな蛾がいた壁に枯れ葉のような茶色いものが付着していた。
たぶん、あの蛾の卵なのだろう。
(これこそ、今度こそ仕留めないと春になったなら毛虫がわらわらと出て来て、えらいことになるのではないか?)
私は、最悪のことを想定し片方のスニーカーに手をかけた。
けれど、あの蛾が残したものだと思うと自分では手を下すことができなかった。
今度こそ管理人さんに言おう。大きな蛾よりはまだましだ。
(まだましなのに、どうして私がやらないのか?)
やはり自分は卑怯者のような気がした。
そうして、その冬もずっとその壁の枯れ葉状の卵を見守ることになった。
自分で始末もできず、管理人さんにも言えず。ただ、どうなるか見ているだけでいると、罪悪感や無力感にさいなまれる。
そうして一カ月もすると、今度はその気持ちは憤りに変わった。
(どうして、私がこんなに心を痛めないといけないのか? 他にもっと、この仕事をなさなければいけないひとがいるのではないか?)
蛾の卵は、私の自転車の目の前の壁にあるわけではない。
2台ほど、隣のマウンテンバイクの目の前にあるのだ。
どうみても、男物のデザインの自転車だ。
白い蛾がいたときでさえ、その自転車は同じ場所にあった。
別に、サドルにほこりがたまっているわけでもない。
放置自転車ではない。乗っている証拠だ。
だとしたら、私のようにその人はすべてを見ていたはずだ。
蛾やその卵を退治する責任は私よりその自転車の主の方にあるのではないか?
そうして私は、蛾の卵の処分をマウンテンバイクの主に責任転嫁した。
これだけ考えても、できないことがこの先にもできる気がしなかったからだ。
つまり、蛾の卵を処理することをあきらめた瞬間だった。
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