2、虫好きの子供



 けれど、私はその蛾を追い払うことも殺すこともできなかった。


 傍観するより他なかった。

 いつも履いているスニーカーを脱いで、壁をバンと叩いて、ずるっとするだけですべて終わると分かっている。分かっているが、その単純で明白で、数秒で終わる行為がどうしてもできなかった。

 その手ごたえを想像して抵抗があったのもある。

 ただ、それだけでもなかった。


 虫が怖いのだ。


 子供の頃は、虫が怖いと思ったことはなかった。

 小学校の庭園の石をひっくり返してコオロギを捕まえてどれが一番飛ぶかを競ったり、土手でショウリョウバッタを捕まえては変な汁を吐くのを見てもケラケラしてた。

 トンボも麦わら帽子にくっつけたり、クヌギの木を蹴ってクワガタを獲った。

 子供の頃の私にとっては、カブトムシよりもミヤマクワガタが一番カッコいい昆虫だった。

 自由研究もセミの抜け殻を集めて、食品トレイに虫ピンで提出したこともある。


 まったくもって、昆虫に対する抵抗感はなかったのに、どこを境に昆虫嫌いになってしまったのか自分でも覚えてはいない。


 なにかラインがあったとするなら、『女児』から『少女』になったタイミングなのかもしれない。


 男子に紛れて外遊びをしていたのが、気がつけば女子とつるみ少女漫画をたしなみ、手芸やお菓子作りをするようになった。

 それまでとうって変わって、女子の中の女子というような模範的な少女になったのは、恋をしたわけでも何でもない。


 女子という集団の中にいるための協調性だとも言えるし、単に少女漫画や小説の世界に傾倒しただけとも言える。


 同時に、昆虫はおもちゃではないと成長と共に理解したのだろう。

 それまでも、命を悪戯にうばったことはなかったが、昆虫は脆く儚い。

 捕まえたときに不可抗力で足がもげたり、狭い場所に一か所に入れると虫同士で傷つけあって命を失うこともある。


 経験的にそれが分かると、自分がやっていることの重大さを理解する。


 私が遊びでやっていたことが、昆虫の命を奪う行為になる。そういうことが分かってしまうと、もう同じことは出来なくなる。


 そう、自分の力加減ひとつで奪える命があるという事実自体が怖いのだ。

 そして、それに近づきたくないがゆえに嫌悪の対象としてしまう。私は、たぶんそうやって虫嫌いになってしまった。

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