幕間の二、

 幕間の二、


 私の呼びかけに、きつは答えてくれたみたいだ。きつは、この世界に、少しずつ向かって来ている。あの世とこの世の狭間にある異界、怨霊街に。


 だが、怨霊街に辿り着いたとして、ここまでやって来られるだろうか?


 異界の大海原に浮かぶ孤島、遥か彼方に怨霊街を見つめる、流刑地のようなここに。


(ああ、恨めしや)


 薄汚れた着物の女は岩場で祈りを捧げながら、ふと疑問に思った。


 ——そもそもなぜ、こんなところに来る羽目になったのか?


 思い返せば、随分昔の事になるが、記憶はまだ鮮明だった。


 薄汚れた着物の女は、その頃、絡新婦のお滝のように、番いのいない孤独と、復讐心に苛まれていた。


 そこにやはり天狗のお面を被った山伏が現れ、誘われたのである。


 ——復讐させてやる。


 お面の下から聞こえた声はくぐもっていたが、その言葉ははっきりと頭に響いた。


 ——自分の事を嘲笑った者や、傷つけた者達に対して、私とともに、復讐するのだ!


 薄汚れた着物の女は、天狗のお面を被った山伏に差し伸べられたその手を掴み、怨霊街へと辿り着いた。


 今、『酒呑童子』を名乗って怨霊街を取り仕切っている者、あれは天狗なのだ。


 昔から、天狗と言えば、人を攫う事で知られている。


 いわゆる、神隠し、だ。


 薄汚れた着物の女も、神隠しに遭うように天狗に誘われ、ここ、怨霊街にやって来た。


 そして、怨霊街で、一時を過ごした。


 自分の事を選ばなかった、妖怪の女子を選ばなかった男達に復讐する為に……。


(きつ)


 薄汚れた着物の女は願っていた。


 きつがここに来る事を。


 きつと出会える事を。


 きつは地獄を巡り巡った果てに怨霊街を目指す事になり、数奇な出会いが生まれ、今や、人間の男や狒々と一緒に旅をともにしている。

 

 だから、きつはここにも、もうすぐやって来てくれる事だろう。


(私が閉じ込められた、絶海の孤島にも)


 怨霊街の顔役の他には、誰も知る事のない洞穴に、大渦に妨げられ、決して外には出られぬ海の檻に。


(この世は、殺すか殺されるか、食うか食われるか、騙すか騙されるか、だ)


 誰もいない孤島で生き残る為にも、今度こそ忘れてはならない。


(今度こそ、殺す側に、食べる側に、騙す側になるのよ!)


 次は絶対に、悔しい思いをしてなるものか。


 すでに罠は仕掛けているし、獲物は決めてある。


(ねえ、きつ?)

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