救いの手

 舞い上がる粉じんの中心に、ぼんやりと光が見える。

 トリは桜木町駅と周りの建物を破壊しながら、ゆっくりとイセザキモールに向かっていた。


 二〇分もしないうちに、応援が駆けつけた。社長の松信健太郎はじめ、百名余りの社員が本店前に集結した。


「ここを潰されたら、私たちは終わりだ。この世から本を滅ぼすだと? 文房具を滅ぼすだと? ふざけるなっ!」

 健太郎は、粉じんの舞う方角を睨みつける。

「有隣堂だけじゃない、全ての本屋の存続のためにも、ここは絶対に守る!」


 健太郎の指示で、本店前に社用車を寄せバリケードを作った。

 モップや消化器、ジャンボ鉛筆など片っ端から武器になりそうなものをかき集め、戦闘に備える。来るなら来い。


 トリは、ついにイセザキモールの入り口に辿り着いた。


 翼を空高く広げ、羽ばたく。

 ぶぉんっ! 激しい突風が吹き荒れる。

 砕けたコンクリートが飛び散り、本店を襲う。バリケードが崩れ、窓ガラスが割れ、社員たちはバタバタと倒れた。


 暗闇の中、そこら中で呻き声が聞こえる。ケガ人が大勢出たようだ。

 無事か? 大丈夫か? 声を掛け合いながら、お互いの安否を確かめる。


「あれっ? ブッコローは……?」誰かが言った。ブッコローの姿はどこにも見当たらない。突風に吹き飛ばされたのだろうか。


「あ、これ」アルバイトの男性が、ボロボロになった緑の本を見つけた。


「ブ、ブッコローの本よ。どうしよう……彼、本がないと、大変なことに……」

 渡邉郁が苦しそうな声で答える。コンクリートの破片が当たった彼女の額からは一筋の血が伝っていた。


 知の象徴である緑の本は、ブッコローのエネルギー源だ。本を手放してしまうと、ブッコローはたちまち力を失い、最悪の場合、命をも失ってしまう。


「俺、探してきます!」アルバイトの彼は本を片手に、足を引きずりながら走り出した。


 いつの間にか、トリは本店の前に立っていた。

 傷ついた有隣堂の社員たちを満足そうに見下ろしている。


「うごごごごごぉぉぉ」

 低い唸り声が響く。

 やがて、トリの胸に付いたカクヨムのシンボルマークが光り出した。全身から小さな光の粒子が現れて、マークに吸い込まれるように集まっていく。マークの光は、徐々に強さを増す。目を開けていることができないほど眩しい。


 これって……? アニメの最終回とか、ハリウッド映画のクライマックスで敵がやる、アレだ。すごくヤバい、アレだ。全てを焼き尽くす、必殺技的なビームだ!


 もうだめだ。為す術がない。

 怒りと悔しさと恐怖の中、全員が愕然とトリを見上げる。もう、終わりだ。


 ビームが放たれた瞬間、目の前に巨大な影が現れた。

 背中でビームを受け止め、有隣堂社員たちを包むように両手を広げ、立ち塞がっている。

 巨人は苦痛で顔を歪め、全身をよじらせながら、それでも倒れない。小さな煙が背中から上がっている。

 ビームが止むと、巨人は大きなため息をついた。


「痛てててててっ。こりゃ、効いたなあ……」

 紺色の着物に、黒い帯、キャメル色のベレー帽を被った巨人は、キツネ目で岩のような顔をしている。進太郎が巨人の前に歩み寄る。

「ひ、……ひい爺ちゃん?」

「お、おう。お前は孫か? いや、ひ孫だろ」

「はい、健太郎です」

「そうか、俺によく似てるなあ。ははは……」


 巨人は有隣堂の創業者、松信大助だった。

 同じ顔をした巨大な大助と、小さな健太郎。全員ただただ呆気に取られて、二人を見比べていた。


 トリは力を使い果たしたのか、全身の光を失い立ちじっと尽くしている。ただ、死んだわけではないようだ。わずかに呼吸をしている。


 ちょうどその頃、本店の五〇メートルほど先を捜索していたアルバイトの彼が、瓦礫の下に埋もれかけているブッコローを見つけた。うつ伏せになって倒れたまま、ピクリとも動かないブッコローを……。

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